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迷宮のレオーネ  作者: 朽木真文
外伝 異変・迷宮裏街
58/68

ST51 葬送の狩人

 葬送。その、「弔い」を行う部隊は全部で四十を超える数が存在し、その実力によって高い方はイから始まり、ロ、ハを通りその隊の名が変わっていく。葬送特有の序列のようなものである。

 その中でも、メの隊に所属する如月茉莉花は、最近新たに加わった四人の隊員に違和感を感じていた。

 中空に閃く幾つもの試験管。薔薇の如き鮮烈な深紅、夜空のような深い藍、輝く金貨の如き黄金など、様々な毒々しいその色の液体は揺らぎながら、そして大地に音を立てて落ちる。

 硝子が光の破片となって飛び散り、内包されていた液体が様々な効果を発揮する。

 それらは敵である魔物の脚に絡み付くように粘り、霧となり行動を阻害し、或いは幾つもの小さな爆発を起こした。


「お二人!」

「分かってます」

「了解だ」


 試験管を投げ放った張本人、その黒髪の少年が叫ぶと、その両脇から躍る人影が二つ。一片の解れも無く梳かれた髪の少女と、手入れのされていないような乱れ髪と丸眼鏡の少女だ。

 それぞれが手に持つのは葬送特有の仕掛け武器。一方は諸刃の長剣、もう一方は槍のように長い両刃剣。

 それらを閃かせ、少女たちは膝を曲げ、そして跳んだ。眼前に聳えるように立つ巨躯の人型の魔物、オーガに対して。


「久しぶりだからな。春名、しくじるなよ?」

「言うようになりましたね、頭だけで戦闘はからっきしだった貴女がっ!」


 軽口を叩きながら、少女たちがオーガの足元を駆け抜けた。その鋭く、確かな斬撃はいとも容易くオーガの腱を切り裂く。

 オーガも人型、腱を立たれれば立つことも出来ない。大きな音を立てながら、オーガは膝から崩れ落ちた。そして、その首は剣先が届く距離へと。

 それを確認してか、乱れ髪の少女が眼鏡の位置を直しながら気怠げに口を開いた。


「莉子」

「分かってますっ!」


 二人の少女達に続くように駆けていた少女が、息を切らしながら跳んだ。

 彼女はまるで猿のように迷宮第二階層、その各所に生える木々の幹を蹴りながら跪いたオーガの尚も高い首目掛け、その矮躯は空を軽く駆け上がっていく。

 振るわれるそのオーガの腕さえも踏み台にし、高く、さらに高くその生命を繋ぐ細い頸椎へと。


「オォォォォ!!!!」

「はぁっ!」


 その剣先は一切のブレもなく歪みもなく、まるで糸で繋がれているかの如くオーガの頸先に延び、そして貫いた。

 言葉を失うように喉を詰まらせ、いや、物理的に貫かれたオーガは白目を剥き、そして血の混じった泡を吹きながら少女と共に大地へ轟音を立てて倒れた。

 巻き上がる土煙。しかしそれも、やがて明ける。

 疾うに息絶えたオーガの頸から黒髪の少女、照月莉子がその剣を抜いた。噴き上がる鮮血はまるで雨のようで、その漆黒の髪と白雪のような肌を染め上げていく。


「……シャワー浴びたい」


 オーガの屍から飛び降り、少女が心底嫌そうに呟いた。

 そのまま、照月は変わらぬ足取りで如月茉莉花へ歩み寄り、そして語り掛けた。


「どうですか?」

「あ……あぁ、素晴らしい連携だな。連携のテストはまぁ、何も言うことは無い」


 茉莉花は冷汗を垂らしながら、動揺を包み隠すように小さな声でそう零す。その彼の内心はもう、焦燥の水が滝壺のように押し寄せていた。

 小鳥遊により敢行された魂狩り。無論その命は茉莉花の所属するメの隊にも下り、幾名かが対象となる魔法持ちを襲撃すべく迷宮都市に出向いた。ただ無論、対象も無抵抗で魂狩りを肯定する筈も無い。その内の幾名かは、やはり帰って来ることは無かった。

 そこで、メの隊に発生した欠員を補うべく、上より補充されたのがこの四人なのである。


「ならよかったです。ベグ……じゃないや、礼! 合格だって」


 照月莉子。何も魔法を持たぬ非才の身。とは聞いているが、その実態は全くの別物だ。

 卓越した戦闘力がある、という訳では無い。ただ彼女にあるのは、恐らくは相当の努力の下に積み上げられた経験と、知識だ。

 彼女は迷宮のどの魔物の性質も、迷宮の仕組みについても、他を圧倒する知識を有しているように思える。彼女はそれを駆使し、さも模範解答をなぞるかのように答えを記していくのだ。

 更に加えるなら、他を圧倒するような戦闘力は無くとも高みに近い戦闘力を有していることは確かだ。体捌きが素人のそれではない。明らかに、何者かの高名な武術の達人により師事を受けている。茉莉花のような素人であっても、それは明確に理解することが出来た。


「ならよかった。僕は少し不安だったから」


 照月礼。曰く、莉子の弟らしい。ただ姉の莉子とは考え方も、戦い方も異なるようだ。

 見たことも無い特殊な薬品と、それによる陽動や搦手。それが単独での戦いであるのなら、決して強い一手とは言えないだろう。しかしこれらの戦い方は、他に攻撃手段を持つ仲間がいるこの状況では最大の効果を発揮する。

 茉莉花は視線を、もう二人へ移す。


「リハビリとしては及第点、と言った感じかな。勘は何となく戻って来た」

「本当ですか? 私はまだまだ上がりませんね」

「初名……、君少し、衰えたんじゃないか?」

「私の名前は春ですよ、紫檀」


 艶やかな黒絹の鬼灯(ほおずき)春名(はるな)。そして、無造作な乱れ髪の苧環(おだまき)紫檀(したん)。この二人は、先述の二人と比べると、さらに一段階上に立っていると言えるだろう。

 その慣れ親しんだような仕掛け武器の扱い方、軟体動物の如く柔軟なその四肢の動き、そしてその鋭い攻撃。重心の移動、呼吸のタイミング、力の抜き方と入れるタイミング、臨機応変にその戦術を変える適応力。その全てが、芸術的と言っても過言では無い程に洗練されている。

 文字通りにまるで、格が違う。


「茉莉花さん?」


 莉子より声が掛かり、茉莉花は自身を思考の海から引き揚げる。


「あぁいや、何でも無い! じゃあ帰ろうか、俺達はメの隊だが最近は例の件のせいで仕事が多い」


 新たな隊員が加わったことによる連携の確認と、葬送の基本的な活動である魔物の狩り。その為に訪れていた第二階層を後にすべく、茉莉花達は歩みを進める。

 茉莉花達が所属するメの隊は、どちらかと言えば後ろから数えた方が早い、つまり実力が比較的低い隊なのだ。その分、任せられる任務も普段は、葬送の基本的な魔物狩りを除き雑用のようなものなのだが、最近は違う。

 メの隊ですら出動を強要される、つまりはメの隊より上位の隊でも足りない程の、異常な事態が起こっていることの裏付けでもある。

 道中、春名が興味深そうに茉莉花に訊ねた。


「魂狩り……ですね? 噂は聞いております」


 茉莉花は頷く。葬送の現当主、小鳥遊飛燕により葬送全ての戦力を挙げ敢行された魂狩り。その任は葬送の最高戦力たるイの隊を始め、ロ、ハと続き茉莉花が属するメの隊にまでその任は回って来た。


「あぁ、よく知って――――まぁ、同じ狩人なら機密も関係無いか」

「ん!? まぁ……そうですね!」


 眼を泳がす莉子に、不思議そうに茉莉花は頷いた。

 礼が息を呑む。その礼の反応を不思議に思った茉莉花が一行を見回すと、莉子は軽く俯き思案顔に。礼は顎に手を当て何かを深く考えているようであり、紫檀と春名の眼は何処か訝しむような鋭さを放っている。

 茉莉花は、その異様な反応に違和感を抱きながらも続ける。


「あの魂狩り……おま、あんたらはどう思う?」


 その空に投げ掛けるような問いに、すぐに答える者はいなかった。

 不明瞭で、具体的に何を問うているかが分からない。そんな質問ではあったが、答えに詰まるのはそれが理由ではなかった。

 数年前、迷宮都市において起こった命輝晶事件。それにより、人類は新たな知識を得た。

 迷宮都市ではそれ以前から、三位一体論というものが存在していた。曰く、個人を形成する要素は大きく、精神、肉体、そして霊魂に分かれると。

 そしてその命輝晶事件はその内の一つである霊魂の存在を、確かなものとしたのだ。

 魂狩りは、他者の霊魂を奪い去るというもの。それ即ち、心の臓を刃で突き破るように、命を奪い去るのと同義だ。例え葬送の狩人であろうとその事実は重く伸し掛かる。自分達は、ただの殺人集団なのではないか、と。


「どう……か」


 紫檀がぼそりと呟く。


「個人的には確かに異論はあるさ。ただここは子供の遊び場ではない。かの小鳥遊様が決められ、そして我々へ命じたのだ。それに従う他無いんじゃないか?」

「まぁ……確かにそうだけど……」

「我々は、魔物を送り葬る、誇り高き葬送です。軟弱な迷宮都市の民が如何様になろうと、我々には関係ありません」

「春名さん、ストイックだな。こういう人が、イとかロに行くんだろうな……」


 イ、ロの隊。葬送の者なら知っている。彼らが最早、他の有象無象とは一線を画す化け物の集団であることくらい。


「それより、魂狩りは今までどのような人が標的に?」

「あぁ……詳しくは覚えてないが、まずは数年前、ロの隊から三人、抜け出した奴がいたろ? そいつ等は全員標的だった筈。あとは、烈火の乙女、千変万化とかも標的だったかな」


 春名が目を泳がせる。

 烈火の乙女、そして千変万化は、迷宮都市でも名高い魔法を持つ者二人である。

 烈火の乙女は、曰く炎を操る魔法を持つという魔法持ち。自称ではあるものの、あの雷光の魔女に教えを受けたとも発しており、実力は非常に高い。

 その実力に見合うパーティーを探してか、各パーティーを転々としているという噂だ。

 千変万化は厳密には魔法持ちではない。身体の各所を自在に歪め、形を変えることが可能な魔装を有している元探索者だ。

 魔法は魂そのものに、魔眼はその中でも瞳にだけなら、魔装は身体全体に刻み込まれた魔法だ。身体全体ということもあり、多くの者はその身体能力に変化を齎している。

 迷宮都市でも名高い二人だ。魔法持ちといえば、まず名が挙がる人物であることには間違い無い。


「ふむ、上は集めた魂で何を考えているか、見当はつくかい?」

「いや。でも……」


 そこまで言い掛け、茉莉花は言葉を濁す。

 命輝晶に込めれた魂等、用途は限られている。それは、魂の吸収。

 異なる魂を取り込むことにより、混じり合った魂はやがて一つになるのだ。二人分の経験、思想、技術、能力を合わせた新たな魂へと。


「死ぬだろうな、盗られた奴は」


 魂は、一つでなくてはならない。それが他者によって分割され、あまつさえその断片に他者の魂が流れ込むのだ。その魂は掻き消され、自己は消失する。

 それは即ち、生きた屍になるということなのだから。

人名多過ぎィ!!!って私も思ってます。

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