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迷宮のレオーネ  作者: 朽木真文
外伝 異変・迷宮裏街
57/68

ST50 迷宮裏街

「へぇ……」


 眼前に広がる壮観に、無意識に感嘆の息が漏れ出た。そこはまるで、異国の地のような光景だったのだ。

 建物の屋根には黒い瓦が敷き詰められており、まるで漆黒のさざ波のようだ。対して壁は白い漆喰により染め上げられており、この白と黒のコントラストが美しい。

 通りを行く人たちは総じて夜空を切り取ったような黒髪と、黒光りするオニキスを眼窩に嵌め込んでいた。そして何やら、見たことの無い装束に身を包んでいる。ベリィ曰く、和服と呼ぶらしい。

 本当に異国の地にいるかと錯覚するような光景だ。いや、異なる文化、考え方を持っているこの街は、もはや異なる国と呼んでもいいのかもしれない。


「迷宮裏街は……まぁ初めてですよね。軽く説明します」


 そう言うと、べリィは幾つかの建物を案内してくれる。因みに、ルルディとベグラトは仮眠中だ。

 まず彼女が紹介してくれたのは、この街で最も大きな存在感を放つ、巨大な城である。

 そこらにある量産型の住居とは異なり、幾つかの石の塀に囲まれ屋根が何重にも重なる頂点には、黄金に輝く魚のような像の姿があった。


「あれは城ですね。正式な名称もあるとは思いますが、皆城と呼んでいます」


 次にべリィが向かったのは、先程までの活気が嘘のように閑散とした通りであった。

 よく見れば、様子がおかしいのは人通りだけではない。所々損壊した建物は数知れず、酷いところには長くを引く血痕すら見受けられる。この場所で何か、凄惨な出来事があったことは想像に難くない。


「ここは正式な名称はありませんが、見ての通りですので廃墟通りと呼ばれています。寄り付く者もいませんし、()()()()はここが良いかと」

「なるほど……確かにここより適した場所は無さそうです」


「では」と零し、べリィは手綱を操り馬に命ずる。荷馬車を引く馬は甲高く嘶き、その足を止めた。


「ここでレグルスさんを降ろします。そうしたら私達四人で、葬送に潜入する……。で、いいんですよね?」

「はい。お願いします」


 御者台に乗るべリィが、黒髪を翻し前方に視線を戻す。

 我々の目的は、春夏冬薊の救出。そしてその為の作戦を私が立案した。

 まず、我々を襲った葬送の刺客、その穴を補うようにルルディ等が言う伝手を頼りに私達が葬送の狩人に忍び込み、葬送の内部から情報を収集する。

 そして、いずれ情報が出揃い、遂に救出を実行に移す瞬間が来ることだろう。その時に私達に向けられる敵を減らすために、レグルスは我々とは別に行動してもらうのだ。

 具体的に言うと、()()()()()にはこの街で不定期的に大暴れしてもらい、大きな騒ぎを引き起こしてもらう。

 一度だけ、つまり我々が作戦を実行に移すその瞬間に暴れたとて、葬送も最初はレグルスをただの小さな暴動と侮り、兵を回さない可能性がある。

 そのため、レグルスにはこの街の人々にとっての新たな驚異になってもらうのだ。無論、罪無き一般人に迷惑を掛けぬよう、警邏する葬送に喧嘩を吹っ掛けるという形で。

 不定期的に暴れ、葬送にとってレグルスが驚異であると知らしめる。そうして作戦実行と同時に暴れてもらえば、葬送は私達とレグルスどちらにも兵を割かなければならない。必然的に、当初よりも向けられる戦力は少なくなる。

 ただ、この作戦には二つだけ問題がある。

 一つ、全てがレグルスに懸っているという点。

 レグルス達が適度に暴れ、向けられる兵を蹴散らし驚異と認識されなければ、この作戦はそもそも成り立たない。こちらの戦闘員はたったの四人なのだから、やむを得ないもの以外の戦闘は極力回避だ。

 二つ、我々が綿密な打ち合わせをしなければならないということ。

 この作戦は最終的に、レグルスの暴動と我々の作戦実行のタイミングを合わせなければならない。具体的には、騒ぎを起こし葬送が兵を向かわせた直後、我々が作戦を実行する。これは、いくら私達とはいえ事前に示し合わせておかなければ不可能に等しい。

 ただ、我々は葬送に忍び込む予定なのだ。レグルスと打ち合わせをしている場面を、絶対に見られる訳にはいかないという訳だ。


「合図を出すまでお別れですね」

「あぁ、俺の方は巧くやる。だから、何かあってもあまり心配するな」

「いや心配しますよ。作戦の要なんですから」


 先述の通り、この作戦の要は間違い無くレグルスだ。そもそも、レグルスに何かがあれば我々は作戦を中止しすぐに救援に向かう手筈になっている。


「まぁでも、確かにあんま心配はしてないです」


 そう告げると、レグルスは一瞬だけ微笑みを浮かべ、路地裏に消えていく。

 馬車はレグルスを見送った後、どこか名残惜しそうに発進する。

 こうしてレグルスと分かれるのは、第一階層の一件、第二階層の一件と続き三回目だ。しかし、明確な意志を持って別れるのはこれが最初になる。

 だが何故だろう。彼なら、必ず戻ってくるという根拠の無い想いがある。だからこそ、この作戦を組んだところもあるのだが。

 馬車は再び大通りに戻る。我々が向かっているのは、詰まる所あの城なのだ。


「べリィさん、すいません」

「何がですか?」


 私は寝転ぶベグラトを踏んづけながら御者台に近付き、彼女に話しかける。べリィは心底不思議そうに、目線を動かさずに返した。


「私達の問題に巻き込んでしまって」

「あぁ、それなら心配無いですよ」


 これは元々は私達の問題。だと言うのにベリィ、そしてルルディは、私達と命を懸けて春夏冬を救うため助力してくれると言うのだ。

 その事に私は、吐き出す場所もない罪悪感を感じていた。しかしベリィ、そんな私の気持ちを受け入れるようにくすりと微笑む。


「薊様が攫われたというのなら、私達も無関係ではありませんよ。鉄様にも連絡をしましたがやはり帰ってきませんし、小鳥遊が何を考えているかも分かりません。何か…………そう、何か嫌な予感がするんです」


 彼女は突然首を激しく横に振ると、何かを思い出したかのように息を漏らす。


「あ、そうでした! テルミニさんに教えておこうと思ったことがあるんです」

「はぁ」


 葬送に関することだろうか。ならば、私だけではなくベグラトも叩き起こした方がいいだろうか。そんなことを考えていると、彼女は私の心の声を読み取ったかのように笑う。


「葬送に関することではないです。完全に無関係、とは言い切れませんが」

「と、言いますと?」


 彼女の言わんとしていることが分からず、私は続きを促す。


「テルミニさんのような探索者は、葬送は奇妙な術を扱うと認識していますでしょう?」

「まぁ…………そうですね、よくご存知で」


 葬送が奇妙、不気味と言われる所以がそこにある。

 彼らは、魔法でも魔眼でも魔装でもない謎の力で、自己を強化するのだ。思い出せば、春夏冬が使っているのを私は見たことがある。あれは確かに、迷宮都市の民が持つどの能力とも違う別の力であった。


「あれは魂術といって、自分の魂を操作する技術なんです。私で言えば、本来の『べリィ・ルーバス』という形を歪めることで、『足が遅いけど力が強いべリィ・ルーバス』を生み出すことができるんですよ」

「あぁ……つまり等価交換で、ある場所を犠牲にすることで別の場所を強化する。みたいなことですね?」

「……いつの間に起きたんだお前」

「テルミニ、君に踏まれたからだよ」


 ベグラトの言葉にべリィは頷く。


「その認識が近いです。魂の総量は変わりません。ですが、別の場所に多く移し替えることが出来る。これが魂術です」

「なるほど。原理は理解できましたけど、何で突然?」


 ベリィは悪戯っぽくにやりと笑う。


「この術は、自分の魂を深く理解していないと扱えないんです。だから葬送の狩人は、まず初めに自身の魂を知覚することを教えられます。とは言え、扱える者は少ないですけどね。鳳眼も、魂への理解が無ければ扱いきれないものです」


 ますます彼女の言いたいことが分からず、私は首を傾げる。

 魂術とやらが、魂を知覚できなければ難しいという事は分かった。ただそれが、一体どんな意味を持つか分からなかったのだ。そう、ついさっきまでは。


「あっ……私」

「はい。テルミニさんなら扱えると思いますよ」


 彼女は表情を少しだけこちらに向けて微笑む。

 私が持つ魔法は、魂を視覚で認識することが出来る。感じる、を通り越して視えるのだ。これは、ベリィの言う魂術を扱える条件を満たしていることにならないだろうか。


「僭越ながらこの私、元狩人たるベリィ・ルーバスが道すがらお教えしましょう。葬送の秘儀たる魂術、その方法について」

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