ST47 支度
「突然だが一つ、昔話をしようか」そう前置き、彼女は腕を組む。唐突なその言葉に、私は疑問故少し眉を顰めた。
「数年前、葬送の当主がお亡くなりになった。彼はかの大掃討で致命傷を負ってね、そこまで先が長い人ではなかったんだ」
大掃討とは、数十年前に突如として起こった悲劇の事件。
過去の文献を調べれば分かるが、迷宮の魔物は数百年の周期で迷宮より溢れ出すことがある。その魔物たちはまるで、魂に人間への敵対心が刻まれているかのように、歴戦の探索者相手だろうと、無力な子供相手であろうとも、平等に襲い掛かる。
その原因について仮説は多い。
曰く、それはただの偶然であり、本来ゲートを越えないと考えられている魔物も、本当は何の支障も無く可能なのではという説。
曰く、迷宮に存在できる魔物の数には限度が存在し、その限度を超えることにより強制的に迷宮の外へ排出されてしまうのではないか。
曰く、それら理性無き魔物を統率し我々人間へ差し向けるような、人の血肉を望んで喰らうような魔物がいるのでは。例えばかの、血狂いの娘のような魔物が。と、主張する者も。
私は迷宮のへの造詣が深いだけで、学者ではないため分かりかねるが、ただ一つ分かることもある。
それはかの大掃討において、異端のデュラと呼ばれる英雄が、溢れ出した魔物を蹂躙したということ。
「当主が死ねば、無論時期当主が候補者から選ばれることとなる。この辺りは、王族と同じようなものだね。そこで、挙げられた候補者は全部で三人」
ルルディはそう言うと、数を数えるように人差し指を立てた。
「一人目、葬送の正当な当主の血を持つ、白雛菊様。彼の血は葬送で代々当主を務めて来た者達の血だ。この候補者の中では最も、血統的には相応しいと言えるだろう」
ルルディは続ける。
白雛菊。代々当主を継いできた血がその身には流れており、性格も温厚で人望も厚く、人格には非の打ち所が無い素晴らしい人物だったという。
「だが、葬送は実力主義だ。彼には戦闘の才が無かった」
剣も振るえず、その魂には魔法すら刻まれていない。格闘術も人並みで、蚊も殺せぬような穏やかな性格が影響してか、彼自身も強くなることを望んでいなかった。
葬送が重んじるのは血筋と、そして魔物を容易く屠る強さ。白にいくら人望があり、そして正当な血筋であったとしても、強さが欠けていれば、次期当主として完全な優位に立つことは出来なかった。
ルルディが続けて中指を立て、二人目を示す。
「二人目、生来より魔眼を宿した、小鳥遊飛燕。奴は白様とは裏腹に、戦闘の天稟を持っていた」
小鳥遊飛燕。強力な魔眼を宿し生まれ、尚且圧倒的な戦闘のセンスを持っていた彼は、彼自身の強さを追い求める性格故か、当時は子供ながら葬送の狩人相手にも引けを取らない実力を持っていたと言う。
「だが彼には致命的な欠点が。性格が悪過ぎたんだ」
その性格は傲慢。その一言に尽きる。そうルルディはため息と共に零す。
「部下への私刑は茶飯事。剰え女にも手を出す卑劣漢だ。きっと、栄養が全て戦闘の才へ向かってしまったのだろう」
心做しか侮蔑の混じった説明に、ベリィが思い出すように瞼を閉じながら頷く。
彼女らの反応を見るに、相当酷い人物であったらしい。
「最後。私達三人……いや、今ここにいるのは二人だが、私達は彼女に仕えていた」
ルルディが薬指を立てる。立てられた指の数は計三本。詰まるところ、候補者の最後の一人だ。
「かの異端のデュラの娘、春夏冬薊様」
「は?」
「え?」
呆けたような言葉が出たのは私とベグラト。その普通では無い反応を不思議がるように、ルルディが小首を傾げる。
「ん? 私何かおかしなことを口走ったか――――」
「今、春夏冬薊って言いました!?」
「その反応、もしや知ってるのかい?」
私は思わず身を乗り出す。
「その薊さんですよ! 私達の仲間って言うのは」
その言葉を受け、少し驚いたように瞳孔を開く両者。そして直後、眼の色が焦燥に変わった。
「初名!」
「分かってます!」
ルルディが声を荒げベリィを呼ぶと刹那、ベリィはティーカップを素早く置き席を立つ。そして、ドアを潜りそのまま何処かへ駆け去っていった。
「何を……?」
「事実の確認だ。この街は葬送から逃げた者も多い。故にそれを脅かされないように、我々は至る所に目を持っている。報告が無いとは……まぁいい。君達は嘘つきには見えないし、直ぐに結果は出るだろうけど。その間に、簡単にこの話の続きを話してしまおうか。薊様が関わっているとなれば、必要性はさらに跳ね上がったから」
彼女はカップよりコーヒーを口に含む。
「この話をしたのには理由がある。数年前の出来事だ。さっきも言った通り当主が無くなって暫く、そろそろ当主を決めようとなった時からだね。まず予兆があった。小鳥遊の性格が、より一層悪くなったんだ――――」
毎日のように、些細な失敗だろうと部下に私刑を加えていた小鳥遊。突如、それは更に悪化した。
今までは候補者の一人として、徒手空拳での騒ぎはあったものの刃を持ち出したことは無かった。しかし彼はその日、「掃除」と称して失態を犯した部下を惨殺した。
これは無論、葬送の内部でも大きく取り上げられることとなった。小鳥遊の候補者としての順位は最下位となり、時期当主は絶望的に。当主の席を奪い合う戦いはこれにより、白と春夏冬による一対一となったのだ。
一方、小鳥遊は狂っていくばかり。その掃除も留まることを知らず、何故か葬送でも生来より魔法を持っていた者を集めるようになる。
「そんなある日だ。白様が、何者かによって殺された」
候補者としては僅差で春夏冬を上回り、最も有力な候補だった白の殺害。春夏冬薊は白程とは行かぬものの温厚な性格で、ルルディやベリィを含む部下からの信頼も厚い。そして何より、アリバイがあったのだ。
となると無論、犯人が誰かなど証拠が無くともみな悟っただろう。
「危険を感じた我々と薊様は継承権を放棄し、こうして街まで逃げてきた。と、言う訳だ」
「主人を置いて、ですか?」
彼女は私達が言うまで、春夏冬が攫われたという事を知らなかった。それはつまり、彼女は今現在も春夏冬に仕え続けているという訳では無いということ。そしてそれは、仕えるべき主を我が身可愛さに放棄したということ。
「まぁそうはなるけど、薊様にはあの鉄様が付いていた。我々の中では武神と謳われる、かの異端のデュラの戦友だよ。その上この容姿は隠せまい。我々を含めれば薊様の周りには四人の黒髪黒目の人間が侍ることとなる。そこから葬送に……いや奴に気取られる可能性を危惧しての事だよ」
「……なるほど」
戦力の縮小。デメリットは多いが、メリットもある。それはつまり、隠密性だ。
ルルディやベリィがいくら優秀な狩人とはいえ、人間であることには変わりない。生きている限り必ず、痕跡を残してしまうだろう。
小鳥遊とやらから逃げ隠れるなら、その痕跡を残さぬようにその護衛は少なければ少ない程いい。そのような考えになるのは確かに道理だ。
「……」
「何か言いたげですね、レグルス殿」
レグルスが何か言いたげに吐息を零す。それを過敏に感じ取ったルルディは、発言権をすぐさま譲る。
「いや、大したことではない」
「失礼だが、貴方の物差しは目盛りが大きすぎるのではと思う。何か気付いた点があるのなら、我々にも是非ご教授願いたい」
組んだ腕に、新たに別の血管が浮かんだ。
「……鉄は、死んでいるのだろうなと思っただけだ。友の死は、いくら経験しても慣れない」
「そうだな。彼から何も報告が無いという事は、そう言う事だろう。彼はかの異端のデュラに勝るとも劣らない傑物だ。ことが終わったら、レグルス殿にも葬儀の参列を願いたい」
「無論だ」
咳払いを一つ。ルルディが話を戻す。
「で、最近になって葬送内部の協力者から、新たな情報が手に入った。遂にあの小鳥遊が、当主の座に就いたと」
狂い始めた粗暴な男。そんな奴が、遂に権力まで手に入れたのだ。そうしてそれが、今のこの状況と繋がった。
「薊様を救い出すなら、間違い無く奴と鉾を交えることになる。奴は強い。しかし、無論我々も助力しよう」
その時ふと、遠くから聞こえる足音に私は思考を引き戻す。軽いような、女性の駆ける足取りだ。
「柊!」
「言わずとも分かる。さて、支度をしようか」
そう告げると、彼女はおもむろにコーヒーを机上に戻し席を立った。白衣の襟を整え、跳ね毛が酷い前髪に触れ、まるでこれから外出するかのように身なりを整え始める。
「支度……ですか?」
「あぁ、薊様が攫われたと言うなら、行先は一つしか無い。出立は出来る限り早くだ」
魂狩りを敢行する葬送。標的は元葬送であり、鳳眼の刻まれた魂も含めた、ベグラトや私のような魔法持ち。なれば彼女の言う通り、行先は一つしか無い。
「行こうか、迷宮裏街へ」
◆~~~~~◆
宿屋のベッドの中、ふと記憶が過る。
『かの異端のデュラの娘、春夏冬薊様』
あの時、確かにルルディは言った。その際は、彼女らが仕えていた主が春夏冬であることに驚いたが、私が衝撃を受けた事実はそれだけでは無かった。
何十年も前の災害である大掃討。それをたった一人で収めた英雄、異端のデュラ。春夏冬がその娘であると。
「そっか……ふふっ」
なれば納得がいく。
見覚えがあった春夏冬の仕掛け武器も、私が仕掛け武器を知っていたその理由も。
「なるほどね」
私は納得して頷きながら、ゆっくりと瞼を閉じた。




