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迷宮のレオーネ  作者: 朽木真文
外伝 異変・迷宮裏街
51/68

ST44 迷宮の裏

 ベリィの計らいで取り敢えずと私達は、店のバックヤードにある応接室のような場所に通されていた。先程我々に注意した金髪の店員が、人数分の紅茶を注ぎ部屋を後にする。

 彼女の足音が遠のいていき、遂には聞こえなくなったのを見計らい、私は口を開いた。


「まずは謝罪を、このような忙しい時間帯にご迷惑をお掛けしました」

「いえ、構いませんよ。どうせ一日に販売できる量は決まっていますから、損益には何ら影響はありません」


 ベリィが優しい微笑みを湛えながら手を仰ぎ、私の容姿を舐め回すように見る。

 その視線が私の剣帯から佩いた剣に向けられたその時、僅かに眼光に鋭さが混じったのは、恐らく気のせいではない。


「言葉を飾るのは趣味では無いので、単刀直入に言います、梅影さ————」


 茶の入ったグラスが数度だけ揺れ、囀りの如き小さくも甲高い音が鳴った。

 レイルから聞いた、彼女のもう一つの名を口にした瞬間、風を切るような音と共に黒い刃が閃き、私の首筋に突き付けられる。

 先程まで優雅に座していたベリィが瞬時に体勢を変え、一瞬とも言える間に私に苦無を向けたのだ。それも、恐ろしい程速く。

 慈愛に満ちていた表情から優しさは消え失せ、代わりに瞳を染め上げたのは、氷のように冷徹な視線。そして、突き刺さるような警戒心。


「……その名をどこで? 返答次第では、私達はここで争う事になりますよ」

「買った情報です。この通り、こちらに貴女と敵対する意思はありません」


 私は警戒を向けられつつも、敵意が無いことを示すため腰に佩いた剣を鞘ごと机の上に乗せ、ベグラトにも同じことをするように目線で促す。

 尚、レグルスは肉体が武器な為一切動くことは無かったが。

 ベリィが苦無を構えながら、私達の動きを目で追う。まだその刃は、私の首に肉薄している。


「単刀直入に言いますと、我々の仲間が葬送によって攫われました。ベリィさんには、我々が仲間を取り戻す為に情報を提供して欲しいのです」

「攫われた……? 仲間が……、葬送にですか?」


 私は余計な言葉を吐くこと無く頷く。彼女は私が頷いた後も暫く私の瞳を覗き込んでいたが、嘘でないことが理解できたのかその刃をゆっくり下げた。

 未だ警戒を完全には解かず、しかし苦無を懐に収め軽く頭を下げながら席に戻ったベリィが黙り込む。そして私は、もう一度彼女に状況を説明した。仲間の一人が攫われたこと、攫った者達が葬送であることを。

 厚かましい願いだとは重々承知だ。だからこそ、こちらには戦闘の意思が無いとはいえ、多少手荒な手口もある。

 そんな私の葛藤の最中、彼女は少しの間を空けて再び口を開く。


「一つ、お訊きしても?」


 断る理由も無い。私は同意の意を込めて頭を縦に振る。


「その仲間の方というのは、葬送の方ではありませんか?」

「えっ……どうしてそれを?」


 彼女は私の問いにすぐ答えるでは無く、「やっぱり」と小さく零しながら人差し指を机に立て、円を描くように回す。恐らく手癖なのだろう、彼女はふと気付いたようにその仕草を中断すると、言葉を続ける。


「丁度よかったです。実は私も、最近葬送の手の者から刺客が送られてきまして。友人からも報告があったので、もしやと思い。やはりそうでしたか」


 彼女は優雅な素振りでカップを手に取り、どこか既視感のある仕草で音も無く紅茶を啜った。それは深く味わうようでも、思案するようでもあり。ただ飲むと言うのには長い時間。

 飴色の波紋が広がり、林檎のような彼女の唇を艶やかに濡らした。

 やがて答えが出たのか、彼女はカップから口を離す。


「分かりました。私達もこれ以上刺客が送られてくるのも邪魔ですし――――」


 再度、小さな囀り。彼女はカップをソーサーに置いた。艶めかしい吐息を小さく漏らしながら、彼女は腰を上げる。ようやくと言うべきか、その様子にもう我々を警戒するような様子は無かった。


「取り敢えずは信用しましょう。私も、本格的に情報を集めてみます。そこで、一つお願いしたいことが」

「はい……?」


「少々お待ちを」と言いながら彼女はおもむろに部屋の隅のキャビネットから便箋を取り出し、羽ペンを手に取ると、慣れた手付きで一筆をしたためる。それを封筒に仕舞い、封蠟を押し、瞬く間に一通の手紙を用意し差し出した。

 宛名には小さく、彼女の今の名である「ベリィ」と記されている。


「これをルルディという私の友人に渡してください。歴史家紛いなことをしているらしいですが、今の時間帯は多分探索者用の市場にいるでしょう。外見は、私と同じ元々は葬送の者なので————」


 彼女は自身の前髪を持ち上げる。春夏冬と同じその黒絹のような髪と漆黒の瞳は、恐らく葬送に連なる者にしか現れないのだろう。


「————分かりやすいかと」


 受け取った手紙を仕舞い、私達も立ち上がる。


「ローレンライトさんでしたっけ? 普段は何処に?」

「テルミニで結構ですよ。隣の通りに、看板も無い寂れた道具屋があります。暫くはそこに泊っています」

「分かりましたテルミニさん。では、お願いしますね。私は早速取り掛かるので失礼。情報提供はその後に。御帰りは来た方向から」


 初対面とは違いどこか冷たさを感じさせるように言い残し、彼女は足早に扉を潜り足音は遠ざかる。

 取り残された私達は暫くの間呆然と立ち尽くしていたが、やがて顔を見合わせ、ベグラトが「行こうか」と言ったことを皮切りに私達は応接間を後にした。

 バックヤードの廊下を抜け、未だ大盛況の店内を抜ける。大通りへ出れば空はまだ青々と広がり、未だ日は高く昇り続けている。

 私は思わず手で影を作り、目元を覆い隠した。

 驚くほど容易く事が進んだ。順調すぎて逆に不安なくらいである。


「取り敢えずは、一歩前進って感じかな」


 何も情報が無い状態から、協力者を得ることが出来た。一先ず、春夏冬には近付いたと言っていいだろう。後どれ程前へ進めるかは、動いてくれたベリィと、今から会いに行くルルディとやら次第だ。


「ベリィさんか。格好いい人だね」

「うん分かる。魂を見たけど、あまり見たことの無い色だったよ。優秀な人なんだろうね」


 我々はそんな談笑を交わしながら、手紙を手に街中を歩き抜けていく。レグルスのお陰と言うべきかせいと言うべきか、多少視線が集まるのは最早致し方無いというものだ。

 歩きながら魂視の魔法を発動させ、何気なく街中を眺める。

 魂視の魔法は、案内人の私にとって生命線と呼んでも過言ではない。そして魔法は筋肉と同じように、使わなくば使わない程に衰えていくものなのだ。

 ただこれは、衰えと言うよりかは使い方を忘れていく。という感覚に近いかもしれないが。

 だからこそ私は迷宮に潜っていない期間でも、このように定期的に魂視を発動しているのだ。

 魔法を発動した刹那、絵の具を散らしたキャンパスのように、街行く人の様々な色の魂が視界を彩り過ぎていく。どこか実体の無いその光は幻想的で、宝石箱をひっくり返したかのようにも思える。

 普通の人間ならば、その鮮やかな彩りに感動するのかもしれないが、私の場合まず感じるのは落胆だ。

 青、赤、黄色や緑。通り過ぎる人並みに宿る色は様々だが、一つだけ全く見えない色がある。

 それは黒だ。私は自身の肉体を見下ろす。

 私の内部でとぐろを巻くように渦巻く、禍々しい漆黒の物体。それはまるで世界に空いた一つの孔のように昏く、光を拒んでいる

 これこそが私の魂。そして、その色なのだ。

 そして私はこの色の魂を、私以外に見たことは無い。

 定期的な魂視の発動は先述の理由もあるが、この私と同じ魂の色を探す建前でもあるのだ。

 これは魂の外付け器官である魔法により、自身の魂を視た結果なのか。それとも、私が異端であるからなのか。

 不安は日々募るばかり。しかし、未だ答えは出ない。


「そろそろかな」

「だね」


 魂視の魔法を解除し、ベグラトの言葉に同意を示す。暫く歩き、私達は既に迷宮の足元だ。そして、至る所であがる客呼びの大声。

 詰まるところ迷宮の足元に広げられた、探索者を標的とした市場である。

 ベリィ曰く、ここにルルディとやらはいる筈だ。そして彼女にベリィより託された手紙を渡しさえすれば、我々は晴れて任務完了という訳になる。

 軽く見渡しても、ベリィや春夏冬のような黒髪は見えない。見つかればよいのだが。


「テルミニ」


 早速探しに行こう。そう思い踏み出した一歩は、背後から掛かる低い声によって妨げられた。

 レグルスの呼び掛けに私達は振り向くと、私達二人はレグルスが気付いていただろう異変に、ようやく気が付く。


「……噂すれば何とやら、って訳だ」


 ベグラトがそう零しながら懐に手を潜らせた。

 全身を純白で覆い隠し、それはまるで雲を固めたかのような人影が四つ。しかし顕になっている目元によってようやく、彼らが切り取られた雲ではなく明確な敵意を持った人間であるという事が分かる。

 その白い手袋の上から握られているのは揃って、波のような模様が浮かび上がる片刃の剣だ。まるで小麦の穂の如き緩やかな曲線を描くそれは、陽光を湛え眩しい程に煌めく。

 白、そしてこの辺りでは見ない剣。最早間違えることも無い。


「お前、ベグラト・ティシリーだな?」


 私達がそれぞれ警戒を示すと、真ん中に立つ男がその刃の切っ先を持ち上げ、私達を指し示す。そして、重々しく白い布に隠された口を開いた。

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