ST42 曰く
「ただいまー」
「テルミニの家じゃないんだけど……」
裏酒場から帰宅し、ベグラト邸の扉を開く。
いつもと同じ様子で紅茶を愉しむベグラトが呆れたように言い、その奥で腕を組みながら壁にもたれかかっていたレグルスがほんの少しだけ口許を綻ばせた。
予想外の人物がいるものだ。確か彼、レグルスと最後に会ったのは第二階層で罠に嵌められる前だった。日数的ではそれ程では無いが、その後色々あったせいで随分と久しぶりに思える。
「レグルスさん、いたんですね」
「あぁ」
「私の事運んでくれたんですってね。ありがとうございます、お陰さまで元気……そうです」
元気と口にしたその瞬間、先程レイルの前で頭痛が迸ったことを思い出す。
曰く、レグルスにより運ばれた私は気絶していたらしい。そして、見舞いに来てくれた少女曰く、私はたった一人で春夏冬も叶わぬ化け物と相対したという。
謎はまだ解決された訳では無い。私はどのようにしてその化け物を退けたのか、気絶したのはその激戦の疲労ゆえか、はたまた全く異なる理由か。それは、私自身すら知らないのだ。
先程の突如頭に走った亀裂のような頭痛が、その後遺症で無ければいいのだが。
しかしながら、不安というのは一度募ると絶えることは無いのだ。ならばせめて今は、目前の問題に取り掛かるべきだろう。
「で、なんでここに?」
ベグラトが視線で促す席に座り、既に淹れられていた紅茶を啜りながら話題を無理矢理変えるようにレグルスに訊ねる。
「見舞いに来たんだが、お前も含め留守だったからな。先刻帰ったベグラト……殿に通して貰った次第だ」
「ぶっ……!」
思わず吹き出す私。咄嗟にカップを口許に持っていくことでベグラトに掛かるのは防げたが、咽てしまい暫く咳が止まらない。
そんな私の様子を、レグルスは怪訝と好奇心の入り混じったような瞳で見つめていた。
「ごほっ……。殿って……! ははははは! ごほっ、ごほっ!」
笑いながら咳を繰り返し、ようやく呼吸を落ち着かせる。
敬称を付けるか否かで悩み、結果的にそうなってしまったのだろう、という裏の事実は理解できる。しかしそれが理解できたとて、よく知った友人が殿と呼ばれているのは、傍から見れば噴飯ものである。
「レグルスさん。僕もテルミニと同じように、呼びやすいように呼んでいただいて構いませんよ。テルミニと契約しているんでしたら、これから先も交流があることでしょうし」
「気遣い感謝する。遠慮無くそうさせてもらおう」
「はぁ……やっと落ち着いた」
「……テルミニは笑いすぎ。で、収穫は?」
そう私に問うベグラトに、私はサムズアップで返す。
収穫は上々だ。レイルによって、中々に役に立ちそうな情報を手に入れることが出来た。こちらが提供した情報も別に伝えて困るものでも無かった訳であるし、実質無料で手に入れたことになる。
情報を忘れぬうちに話そうとした時、丁度今同じ空間にいるレグルスのことを思い出す。そう言えば彼には、まだ事情を話してはいなかった筈だ。
「そう言えばレグルスさんには話してなかったですね」
レグルスは言葉を出すことなく、頷くことで肯定する。この様子を見るに、ベグラトも説明をしていないようだ。
「何も飾らずに言うと、葬送によって春夏冬さんが誘拐されました」
「……!」
続く私の言葉に、レグルスは何かに気付いたかのような吐息を漏らす。ただ知っただけではこの反応にはなるまい。どうやら、何かこの事実に繋がる情報を持っているらしい。
「何か知ってるんですか?」
「……そうか、春夏冬から聞いてなかったか。春夏冬は、元々葬送に属していた人間だ」
「え……」
春夏冬が葬送。その事実に驚きを隠せず私は一瞬硬直する。と同時に、私の思考は雨後の水車の如く急速で回転し始めた。
確かに、葬送がこの街で探索者向けの露店を営む商人を意味も無く攫ったと考えるより、春夏冬自身も元々は葬送の一員であり、葬送の中で何か問題が生じたため攫われたと考える方が、前者よりもよっぽど整合性があるだろう。
おかしいとは思ったのだ。確かに葬送は探索者を見下すいけ好かない野郎どもではある。だが、これまで葬送によって危害を加えられたという記録は無い。
そもそもそのような危険行為の常習犯であれば、犯罪者集団として手配書が出回っていただろう。それが無いという事は、探索者等に危害を加えるような存在では無いということ。
「なるほど……。葬送が無差別に人を攫うヤバい集団でないとすると、攫った理由も葬送内部の問題が関係していると見ていいでしょうね」
「テルミニに同意。となると、攫われた先の場所も限られてくるね」
「あぁ」
ベグラトも、レグルスも同じ結論に至ったようだ。
前提として、葬送が春夏冬を攫ったのは葬送内部の問題が関係しているとする。何らかの問題が生じ、春夏冬を攫う必要があった。
攫うという事は、春夏冬の身が必要になるという事だ。殺すことが目的なら、その場で少女たち諸共鏖殺することも出来ただろう。
そしてそれが葬送の問題解決という前提に従うと、春夏冬の拉致され連れて行かれた先は一つしかない。
「葬送の本拠地」
葬送が街中で見られたという話を聞くことは無い。となると、普段は一般人に紛れ込んでいるという線も無くは無いが、恐らくは葬送はどこかに拠点を構えていることになる。
まさか、迷宮に住んでいるという事もあるまいし。
「どこか知ってます?」
「知らん」
「生憎だけど僕も」
首を横に振る二人。無論こんなことを訊いている以上、私自身にも心当たりは無い。ふと頭に過るのは、南だったら嫌だなぁ、位のものだ。私の生家のある南には、まだ帰りたくない。
「まぁまぁ、その為の情報収集でしょ? テルミニ、早く発表してよ」
「あ、忘れてた」
そう言えばそうだったと思い出す。レグルスから齎された衝撃の事実に引っ張られ、思考が止まらなくなった。
そう、その葬送の本拠地の場所という問題は、きっとレイルから得られた情報によって解決できるだろう。
いや正確には、彼女が我々に協力してくれるか。ではあるのだが。
「その前に、レグルスさんにこの件の協力を依頼しても?」
「あぁ無論だ。俺で良ければ助力しよう」
「助かります」
即答するレグルス。彼ならそう言ってくれると思っていた。
葬送は強者の集まりだ。葬送が何らかの理由で必要としている春夏冬を取り返すのだから、無論葬送と正面から事を構えることになるだろう。戦力は多ければ多いほどいい。
強力な仲間が得られたところで、私は裏酒場でのレイルとの会話を復唱するように話した。
◆~~~~~◆
「あぁ、数年前だ。この街に数人でやって来た奴等がいる」
そう切り出したレイルは、人差し指を顔の前で立てて見せた。
ただ、それだけでは何の情報も得られない。この迷宮都市は出稼ぎが多く、そんな者はごまんといるものだ。
迷宮という宝の山と、誰でも簡単になることが出来て運次第で大金を得ることが出来る職業、探索者なんてものがあるのだから、それも当然の帰結だろう。
「対して珍しい話では無いですけど? 実際私もその類ですし」
「あぁ、焦るな」
ひょいひょいと手を仰ぐレイル。しかし、次に放たれた言葉によってその考えは裏返る。
「そいつ等は、元々葬送の狩人だ」
「なっ……! 葬送!?」
驚きの余り声が出る。
葬送は探索者を見かけるや否や、まるで汚らわしいものを見るような視線を向けるのだ。酷い場合だと、言われも無い侮辱を受けることもある。葬送が嫌な奴等と言うのは、探索者の間では共通認識なのだ。
そんな葬送から抜け出しこの街にやってくるとは、あまりにも予想外だった。
「あぁ、そう騒ぐな。まぁ確かに、探索者《お前ら》からすれば驚くのも分かるが」
レイルが頷きながらそう言い、護衛に酒を持ってくるように指示を飛ばす。どうやら、関係性としては護衛と言うより部下に近いらしい。
「で、その人達は?」
私は前のめりになって続きを促す。葬送の組織形態には明るくない私だが、その元狩人という人物から葬送についての情報を得られれば、春夏冬の捜索もかなり捗るだろう。
「全員のことを詳しく知ってる訳じゃねぇ。俺が教えられるのはあぁ、関わったことがある二人。その中でも一人からは口止めを受けてる。つまり、一人だけだ」
そう言うと、レイルは前のめりになり私に顔を近付ける。私は思わず怯むように仰け反った。
「あぁ、多分お前もよく知ってるだろ。女に人気だからなぁ、あぁ」
「女に人気?」
直後、レイルの口から飛び出たのは、迷宮都市の菓子店の名前だった。




