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迷宮のレオーネ  作者: 朽木真文
外伝 異変・迷宮裏街
45/68

ST38 疑念

「なるほどねぇ……あの後そんなことがあったとは」


 私は紅茶を啜りながら何気なく呟く。

 少女に話を聞いたことにより私は記憶の抜けている部分を補完した訳だが、やはり私にその記憶が無いからか、それとも普段の私では考えられないからか、どこか他人事のように思えてならないのだ。

 彼女の話曰く、大男が変異した理性を失った化け物と相対した私達は、私と春夏冬の連携により見事に大男を翻弄し、そして最後には春夏冬の術によって大男を仕留めたと。

 ほぼ同時に周囲の少女達と男達の戦いも収束し、我々は見事勝利を収めた。そこまでは、私の記憶にも残っているところだ。

 しかし、喜んだのも束の間。

 大男が黄金の光に包まれたかと思うと、先程までとは異なり理性を取り戻し再び立ち上がったという。

 圧倒的な力の奔流に包まれた大男に、私達は喜色から一転絶望に染まることとなっる。

 しかし私はその、人間の原型を留めていない化け物を見据え、一切物怖じすることなかった。更には自身に任せて逃げろと春夏冬さんと少女たちに言い残し、一人で大男と対峙したという。

 そしてその後、気絶した私はレグルスによりここに運ばれてきた。

 全くあり得ない話である。


「疑ってる訳じゃないんだよ? もう一回確かめるけど……本当だよね?」

「はい」


 私は再び唸りながら紅茶を啜る。とは言え、この少女が嘘を吐いている様子とも思えない。彼女が歳不相応に嘘に慣れているというなら話は別だが。

 とても考えられない事だ。大喰らいの時と同じように、私は戦闘を得意分野としている探索者じゃない。私は案内人。迷宮の情報に長け、正しい道に探索者を導く。詰まる所、戦闘以外の面で能力を発揮する役割だ。

 私に任せてなんて言えるような、己が傲慢すらも是とするような強さを持っている訳が無い。しかし、少女はそれが事実だというのだ。


「どう?」


 怪訝そうな表情のベグラトが、少女に聞こえぬようにこちらに耳打ちする。この街でゼクレの次に私のことを知っているベグラトだ。私が思っているのと同様、この話がまるっきり事実だとは思えないのだろう。


「とても考えられない。でも、私がこうして生きてるってのが何よりの証拠になってる」

「だよね。信じ難い内容だけど、彼女が嘘を吐くメリットもまた……――――」


 ベグラトが首を横に振る。私も同じ思いだ。

 嘘だ、あり得ないと言いたいところだが、だからと言って彼女が嘘を吐くメリットが思い当たらないのだ。

 これがもし嘘なら、少女は私を化け物と戦って勝てる程の実力者だと思わせたい、ということになる。

 何故、何の為にそんな嘘を吐く必要があるのか。

 とは言えこれが本当だとすれば、私は今こうして生きていることから、そんな化け物と戦って軽く捻ることが出来る実力者だという事になる。

 そんな訳が無いだろう。確かに師から護身術程度の武術を嗜んではいるが、それも小手先だけの技術だ。化け物と対峙できるような超人的な身体能力を持ち合わせている訳では無い。

 どちらに転んでも矛盾が生じる。とても現実の話とは思えない。少女には悪いが、正直に言うと彼女の話を信じていない。


「精神に作用する魔法を掛けられてる可能性は?」


 探索者の間で有名な話がある。他人の精神に介入できる魔法を持った者が、魔法を悪用し様々な犯罪を犯したという話だ。

 その事件以降探索者の中では所謂「イカレた奴」を指す言葉として、「操られている」という言葉を使うようになった。と言うのは余談だ。

 少女が嘘を吐いているようにも思えない。しかし彼女が、嘘を真実だと思い込んでいるのだとしたら。嘘をさも本当の事のように話すという事にも辻褄が合う、有り得ない話ではない。

 とは言え……――――。


「やっぱりメリットが無い。そう私に思い込ませて何がしたい?」

「んん、分かってる……――――」

「あの……どうかしました?」


 私たち二人が耳打ちし合っていることを不思議に思ったのか、少女が上目遣いで不思議そうにこちらを見つめる。

 くりくりとした無垢な榛色が、私たちを映していた。


「あぁ、ごめん。何があったかは大体分かったよ。でも、流石に情報が少ないからなぁ……」


 信じ難いのは私の記憶が抜け落ちていた部分。そして、もう一つ信じられないのは、彼女らが言っている私と別れた後のこと。

 彼女らは私と別れた後、春夏冬が護衛として出会う魔物を次々に退けながら第二階層を抜け、そして第一階層を抜けた。

 しかしそのゲート付近で謎の白づくめの男共により襲撃を受け、結果的に春夏冬が連れ去られたらしい。

 彼女が頼みたいというのは、彼女等にとって恩人である春夏冬の救助。しかし、第二階層の男共に屈してしまった私たちでは力が足らない。だからこそ、大男を単身で退けた私、テルミニに春夏冬の救出を頼みたいという。

 と言われても、情報が少ない。白づくめの男達と言われて真っ先に思い付くのは、間違い無く葬送という組織だろう。

 葬送は、何やら独自の理念を掲げているようで、時折迷宮に集団で現れては魔物を狩り尽くしそして煙が消えるように姿を消す。

 おまけに探索者をゴミを見るかのような目で見下しており、探索者達の間では定番の話の種になっている。勿論、主に悪い意味で。


「あぁ……それも分かんないんだよなぁ……」


 春夏冬が葬送に連れ去られたと言われても、春夏冬と葬送の関係性が分からない。と言うか、そもそも葬送に関する情報が少ないのだ。

 連れ去られたというからには、何者かが春夏冬を利用して得をするために、どこかに拉致されているという事になるだろう。

 葬送が連れ去る場所と言ってもそれがどこだろうか、私は見当も付かない。葬送は正しく神出鬼没。雲のようにどこからともなく現れ、煙のように音も無く消えていく。彼らがどこを根城にしているのか等は、一切分からない。

 そして、春夏冬を拉致して得られるメリットとは何か。確かに彼女は優秀な商人であるらしいが、それでもただの商人であることには変わりない筈だ。拉致をしてまで、一体何をさせたいのか。


「ベグラトは?」

「葬送の件だね? 僕も一切分からないよ。こんな商売だ、顔が広い方じゃない」


 まずは情報収集に徹するべきだろう。

 しかし、情報収集にどれ程の時間がかかるかも不明だ。春夏冬の身にいつ危険が及ぶかも一切不明。今のところ分からないことだらけだ。何から手を付けるべきかすらも悩ましい。


「どうする?」

「どうする? ……って、なんか自然に僕を巻き込もうとしてない?」

「借りでいいから、ね? 私一人じゃ手に余るよこの案件」

「まぁここまで来たら変わらないか……」


 人手は多ければ多い方がいいだろう。ベグラトは、その魔法故後方支援に適している。

 私たちのパーティー。と言うよりは、春夏冬が抜けたためペアだが、役割がどちらも前衛と被っているのだ。彼が臨時でも加入してくれれば、パーティーのバランスが好ましくなる。


「心配かけてごめんね、そして知らせてくれてありがとう。春夏冬さんには私も恩があるから、取り敢えず取り掛かってみる。だから、ここからは私達に任せて。ね?」

「……っ! はいっ! ありがとうございます!」


 少女にお礼を述べて明るい内に帰らせる。曰く、あの少女だけではなく、第二階層で助けた少女全員が代わる代わる私の元に訪れ、果実等の差し入れを持ってきてくれていたらしい。

 まぁ大抵がベグラトの腹に収まった訳だが。

 私記憶を喪失した理由は一切不明だが、私は別人のように発狂しながらレグルスに運ばれて来たらしいし、彼女等には多大な心配をかけた事だろう。私が同じ立場になったと考えれば、その憂いは痛いほど理解できるものだ。

 少女が縮こまった礼をして部屋から去っていくのを見届けて、私達はようやく声を潜めずに会話する。


「で、まずどうするよ」


 少し冷めた紅茶を一口啜って、ベグラトに相対する。

 悩ましいのは情報の収集方法だ。そもそも、探索者が迷宮以外の情報を収集するという事態そのものがイレギュラーだ。私は、このような状況に慣れていない。


「そうだね、確かに悩ましい……情報が少なすぎるね」

「うん、そこからだ。セオリーはギルドか、酒場かな?」


 連れ去ったのは葬送なのだから、真っ先に集めるべきなのは葬送の情報だろう。そして、葬送が現れるのは迷宮の内部だ。目撃情報を持っているのは探索者のみになるのだから、必然的に探索者に訊くのが一番早いだろう。

 情報を集めるのならば探索者に訊。そして探索者が集まる場所と言えば酒場やギルドになる。次点で浮かぶとしたら、宿屋や探索者用の市場だろうか。


「僕にも何人か物知りな得意先がいる。訊いてみるよ」

「頼んだ。じゃあ私は聞き込みだね」


 ぐい、と紅茶を飲み干す。

 白磁のカップの底に残った飴色の水溜まりに、ふと視線を落とす。紺碧の瞳を宿した少女は、不思議そうな表情を浮かべてこちらを見つめていた。

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