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迷宮のレオーネ  作者: 朽木真文
外伝 異変・迷宮裏街
44/68

ST37 願わくば幸せを

 迷宮が突き刺す蒼穹も次第に茜色に染まり、グラデーションのようにその上から藍が重なる。日暮れを告げるようにカラスが幾度かその掠れた鳴き声を響かせ、空の向こうへと消えていった。

 通りを往く人々の表情は様々で、明るく足取りの軽い者。暗く歩幅の小さい者もいる。ただそれでも、皆家に帰ろうとしているのだろう。彼らはさも亡者の行進の如く同じ方向へと進んでいく。

 窓に映るそんな光景を物憂げな瞳で見つめる深緑の髪の青年は、それらを嫌悪するかのようにそっと白いカーテンを閉じた。

 そのまま彼は傍らにあるベッド、それに眠る者の邪魔にならぬように端に腰を落とし、静かにため息を吐く。

 彼の視線がゆっくりと羽根のように落ちる。今も尚寝息を立て続ける、少女の顔へと落ちて行く。

 ふと彼の、細いながらも筋肉質な腕が伸びた。


「……」


 青年が少女の体温を確認するように、額に手を添える。少女の淹れたての紅茶のような飴色の髪が、彼の手に触れてはらりと落ちた。

 少女の眠りは深い。青年の手が触れてもまだ、まるで死んでいるかのように静かにその豊満な胸を上下させている。瑞々しい唇は接吻を待つ眠り姫(童話の王女)かのように、僅かに開閉を繰り返していた

 無防備な少女の姿を見てか、ふと少年が微笑む。

 それはまるで、一枚の絵画のような光景であった。

 静かに眠る美しい少女、深緑の髪の青年も眉目秀麗だ。そして、カーテンから漏れる僅かな茜色。まるで時間という概念から切り離されたかの如く、物語の一ページを捲らずにいるかの如く、彼はそのまま少女のことを見つめ続けていた。

 しかし、その光景も唐突に終わりを告げる。


「?」


 青年がふと顔を上げる。その耳が拾ったのは、閉店の札を確かに出したはずの表のドアが開かれ、付けられた鈴が鳴いた音。

 青年は一際愛おしそうに少女に視線を向けると腰を上げ、少女が眠る部屋から外に出る。

 ドアを開き、訪れた部屋のさらに奥のドアに触れた。


「申し訳ございませんが、本日はもう閉店でして……」

「私でも、ですか?」


 凛とした声が響き、青年が目を見開いた。

 声を発した美しい少女は、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 ミルクティーのような茶髪を腰まで伸ばし、そのヘーゼルの瞳はどこか悲しげだ。身体を包むのは探索者ギルドの職員の制服であり、すらりと伸びた細い腕で大きな鞄を持っている。


「ゼクレか……」

「入りますよ?」

「あ、あぁ。紅茶を淹れるよ」


 半ばゼクレと呼ばれた少女に気圧されるようにゼクレがカウンターの奥の扉に進み、追従するように青年が扉を潜る。

 その部屋は、青年が経営するこの道具屋の休憩室であり、店主のプライベートスペースだ。先刻も青年は、少女が眠る部屋からゼクレを迎えに向かうために経由している。

 ゼクレは鞄を部屋の隅に置き、暗色の椅子に腰を落とす。しばらくして、湯を沸かし始めた青年も向かい合うように席に着いた。


「で、何か用かな? こんな時間に」

「……友人の家に遊びに行くのに、理由が必要ですか?」


 その答えは青年の満足いく回答では無かったらしい。青年は面倒そうに溜息を漏らすと、少し間を置いて口を開く。


「……素直じゃないね。正直に彼女の様子を見に来たって言えばいいのに」


 青年が視線を向かいの、ゼクレの背後のドアに向ける。そのドアの先には、飴色の髪の少女が眠っている。

 ゼクレは青年の言葉を無視するように続ける。


「容態はどうです?」

「安定を保ってる。鼾一つ立てずにね」

「傷は?」

「……広がっていたよ」


 ゼクレが黙り込み、ふと沈黙が満ちる。そんな中で青年が机の上で手を組みながら、決然とした表情で顔を上げた。

 刹那、青年の深緑の瞳が妖しくその輝きを変える。浸透するように、燃え広がるように、その色は徐々に黄金色へと。


「……――――ゼクレ、潮時じゃないか?」


 青年がテーブルの上で手を組み、濁り無い黄金にゼクレを映す。


「大喰らい、もしかすると色狂いともテルミニは対峙しているかも知れない。これ以上進めば、悲劇は再び繰り返されるんだ」


 ゼクレが青年の声を漏らさず聞き入れるように、ゆっくりと視覚を遮断する。それを少なくとも否定ではないと受け取ったらしい青年は、一拍置いて続ける。


「彼女は知る権利がある筈だ。自分が今どのような状態に置かれているか。そしてこのまま行けばどうなるか」

「……」

「全てにおいて早く知ることは優位に働く。彼女が知らぬ間に……選択の時間が奪われているんだ。これを残酷と言わずして、何と言うつもりなんだい?」

「ベグラトさん」


 ベグラトの口調は静かな、まるで子供に諭す様なものであった。満を持して、ゼクレが口を開く。


「彼女が無事なら私はここに何の用もありません。お茶は結構です」


 そう冷たく言い放つと、彼女はまるで眼前の青年、ベグラトから逃げるように席を立ち、部屋の隅に立てかけた鞄を持ち上げる。


「逃げる気か?」

「逃げる理由があるとでも?」

「あるだろゼクレ。……――――いや、紛い物のゼクレ・メクシール」


 ベグラトがそう口にした、刹那だった。

 火にかけていた陶器のポットが、まるで腐敗し内部でガスが溜まっていた果実が弾けるように砕け散る。内包されていた中途半端な温度の水がそのまま炎に落ち、白煙と水が蒸発する奇音を鳴らした。

 家具が全て揺れている。ガタガタと、生物的強者を前にした草食獣のように、怯えることしか出来ない弱者のように、小刻みな震えを繰り返している。

 否、正確には全てではない。

 振り返ったゼクレの、黄金に染まった片目。その視界の範囲内だけが。


「言葉には……、気を付けてくださいベグラト・ティシリー。貴方を友人だと思っているのは、ゼクレ・メクシールです。私自身は……憎んですらいる」


 ゼクレの言葉が震えている。それは、身を焦がすような憤怒によるものなのか、それとも沈むような慟哭によるものなのか。傍目では理解できない。

 ただ一つ言えるとするならば今も尚席に座り、温和な表情を浮かべているベグラトに対し、ゼクレが少なくともよい感情を抱いてはいないだろうということ。


「皆でダンスの練習をしたことがあったね」

「……?」


 今も尚、家財は慄くように揺れ動き、炊事場からは白煙が絶えない。だと言うのに、ベグラトの語調は酷く優しい。


「君が風邪で倒れて、二人で看病したこともあった。あの人に置いて行かれたテルミニを、二人で大捜索したこともあったね」

「……何の話ですか?」

「思い出の話さ。彼女と、僕と、君のね。ぜクレ・メクシールじゃない。君との思い出だ」

「……」

「テルミニが知っているのは、紛うことなき君なんだよゼクレ。例え君が――――」

「だからそれが何の話って、訊いているんです!!」


 ぜクレの黄金が一層輝きを増す。直後、ベグラトが手を組んで置いていた机が、冗談のように爆ぜた。

 木の破片が舞い散り、木くずが床板へ薄雪のように覆いかぶさる。


「二度と、そう二度とその話題を口にしないでください」


 そう言い残すと、表情を隠すように顔を背け、彼女は逃げるように部屋を後にした。

 忙しなく店の扉を開き、去っていく彼女の跫音を聞きながら彼は腰を上げ、足元に落ちていた少し大きな木の破片に触れる。

 破片はふわりと浮き上がると、他の破片もそれに呼応するように集まりだし、やがてそれは一つの机の形状へと姿を変えた。


「じゃあなんで……そんなに悲しそうな表情をしたんだ、ゼクレ」


 ふと、元通りとなった机を撫でながら、彼は一人零す。すっかり黄金が引いたその深緑の瞳は、心なしか潤んでいるようにも思える。


「この悲劇を、君はどう終わらせてくれるんだい? テルミニ」


 その視線は一つの扉へと向けられている。

 彼は知らない。扉の先、鼾一つ無く眠る飴色の髪の少女が目覚めるまで、一日を切ったところであることなど。

あの、アニメの最初で怪しい奴らが怪しいことしてるシーンあるじゃん。あれっす

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