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迷宮のレオーネ  作者: 朽木真文
幕間
43/68

EP6 天使が踊る場所

「パーティーに誘われた?」


 思わず訊き返した私に対し、ゼクレは物憂げな様子で頷く。どうやら元気も無いようであり、いつもならばジョッキに注いでいる筈のエールもそこにはなく、代わりにミードのグラスが傍らにあった。

 尚、机の下には既に空けられたグラスが三つ転がっている。


「いつ? 行けばいいじゃん」


 そう素っ気無く私が答えると、ゼクレは思案顔でミードを呷る。そして、空いたグラスを机の下へそっと置いた。

 尚、机の上には既に空けられたグラスが五つ転がっている。このグラスが邪魔で置けないため、グラスを下に置いているのだ。

 そしてもう一つ。これを払うのは、私だ。


「一週間後です。後、私実は……あの、踊れなくて……ですね」

「あぁー……そういう」


 そのようなパーティーにおいて、ダンスはメインディッシュのようなものだ。特にゼクレのような美少女は、少なくとも一度は踊ることになるだろう。

 そこで踊れないとなると、衆目に恥を晒すのは勿論のことだがそれに加え、主催者に対しての無礼に当たる。そのことを気にして、彼女はそのパーティーに対して気が乗らないのだろう。

 そして、その話題を私と二人きりのこの場所で出したということは。


「ふふん……教えてほしいんでしょ?」

「ご賢察の通りですぅ……」


 ぜクレがへなへなと力無く頭を下げた。

 そう、私の名前はテルミニ・テセス・ローレンライト。いくら探索者稼業に染まろうとも、ローレンライト子爵家の息女なのだ。

 貴族の世界では、パーティーなど挨拶のようなもの。無論ダンスなど、私が物心ついて二、三年後には習得していたものだ。……今のは流石に盛った。


「分かった。ただ一つ、条件がある」


 机に項垂れるぜクレが顔を上げる。そんな彼女に私は、人差し指を一本立てて示した。


「自分の分、自分で払って?」




 ◆~~~~~◆




「で、それから何故僕の所へ?」


 ベグラトが苛立ちを隠そうともせずに言う。

 日付も、場所も変わってここはベグラト宅。この場所に私たち三人は、動きやすい服装で集まっていた。


「いやほら、私宿屋だし。ぜクレはギルドにほぼ住み込みで家片付いて無いらしいし。消去法で」

「……」


 ベグラトは不満そうに腰に手を置いた。


「あと、今日の私は教える側だから。俯瞰してないと指導できないでしょ?」

「……まぁいいよ。他ならぬ君達の頼みだ。今日は店を仕舞おう」


 そう告げて店を閉めに去るベグラトを尻目に、私はゼクレに向き直る。


「てな訳で実際に教える前に、一つ注意があります」

「はい」

「絶対に恥ずかしがらないでください。これ初心者あるあるなんだけど、胸とか……、あの……下半身とか……結構当たる」

「えぇ……」


 眉を顰め、間伸びした声で露骨に嫌な顔をして見せるゼクレ。しかし、私に頼んだのは彼女自身だ。文句を言われる筋合いは無い。

 それに、私は事実を述べたまでだ。まだ動きに慣れていない初心者同士、もしくは片方が初心者の場合は互いの動きが噛み合わず、どうしても身体がぶつかってしまうことがある。

 しかし大抵の相手にとってはそれもまた来た道だ。多くが理解を示してくれるだろう。

 まぁ中には、わざと触れてくるような相手もいるが。


「気持ちは分かる。でも、どのような事でも恥を乗り越えた先にあるんだよ」

「現在進行形で生き恥晒し続けてる人が言うと説得力がありますね」

「は?」

「え?」


 唐突に吐かれた猛毒によって沈黙が満ちる最中、足音が近づき、ドアがベグラトによって開かれる。

 既に練習を始めていると思っていたのか、ベグラトは閉口する私たちを見て不思議そうに小首を傾げた。


「何話してたの?」

「何でもない。じゃあ二人とも、向き合って立って貰える?」


 私の言葉通り、ゼクレとベグラトは互いに向き合った。

 こうして見ると、意外とベグラトも背が高いんだなぁと、思案に耽ってしまう。

 ゼクレが軽く見上げて、ようやく顔を見られるといった程度だろうか。カップルとして外を歩いていても、何ら違和感は感じない。

 横から見ると、普段気にしたこともないボディラインもよく見える。

 ベグラトはまるで女の子のように華奢ではあるが、それでも意外と肩幅はしっかりしてるし、全体的に均等に筋肉が付いている。まぁそれも注視しなければ気づけない範囲ではあるが。

 ゼクレは思っていたよりも女の子らしい身体だ。胸は慎ましくも確かな主張をしており、腰付きは内側に湾曲しくびれを描いている。


「あの……まだですか? ベグラトさんとは言え……結構恥ずかしいんですけど……」


 気付けば、ゼクレが気恥ずかしそうに頬を赤らめ、身動ぎを繰り返していた。少し思考が逸れていたらしい。

 だが、すっかり思春期の乙女のようになってしまったぜクレに対し、ベグラトはさも何も無いかのように平然としていた。


「ベグラトは平気なんだね」

「接客は慣れてるからね」

「なるほど」


 彼の本業は接客業だ。確かに、向き合う程度なら慣れていてもおかしくないだろう。

 私はおもむろに手を叩き、二人の注目を促す。


「じゃあ組んでいくよー」


 二人の視線を受けていることを確認し、私は二人に対して横姿が見えるように立ち姿勢を変える。

 こうしていれば、私が手本を見せながら指導することができるだろう。

 私自身もポーズを取りながら、横目で二人を見て指導を始める。


「まずこうやって手を伸ばす。そう。……ベグ、二人で手を繋ぐ感じ。そうそう。で、ベグラトは右手をゼクレの背中に回して? あ、回し過ぎ。もうちょい引いて? そうそこ。でゼクレは左手を、ベグの右腕の上に乗せる。もいちょい奥、肩の付け根ぐらい。……もうちょい。そう、いやもうちょっと。そうそうそう」


 眼前にはダンスの構えを取る二人。やはり私も身体に染み込んでいるだけあってか、我ながらいい教え方だったと思う。

 二人は私の言葉を素直に聞き入れポーズ取っていく。ただ、見知った仲ということで抵抗は薄いようだが、なんとなく構えがぎこちない。


「はい力抜いてー。肘下げたり引いたりしちゃだめだよー。ベグ、ピアノある?」

「あると思う?」

「ヴァイオリン」

「無いよ? ここ道具屋だよ?」

「……まさか、パイプオルガンなら?」

「ある訳無いよ? そもそも楽器がこの場所には無いよ。あとまさかって何?」


 社交ダンスなのだから音楽は必須だろう。ただ、肝心の楽器がどこにも無いと言う。

 なれば仕方が無い。私が、この声で――――。


「手拍子で行くか」

「歌わないんですね……」

「一旦離れていいよ。まず女性の方で行くから、べグラトは手拍子して。一定のリズムで頼む」

「分かった」

「ゼクレ、見ててね」


 構えを取ると、同時にベグラトが一定のリズムで手を叩く。後は、身体が勝手に動いてくれるものだ。

 私は手拍子に合わせて一人で踊りを披露し、ゼクレに向き直った。


「分かった?」

「少しなら……」

「よしじゃあ実際にやってみようか。私は男性パートやるから、ベグは手拍子打ちながら見ててね」


 返事の代わりに頷きを返すベグラトを尻目に、私はゼクレに手を差し出す。


「お嬢さん、私と一緒に踊りませんか?」

「え? ……喜んで?」

「何で疑問形? まぁいいや」


 ゼクレの手を取り、私は再び踊る。

 掛かる音楽は手拍子だけなれど、やはり身体が覚えているようだ。久々のダンスは、私を追憶に誘う。


『お姉さま! 見ててください!』


 初めて社交ダンスを習得した時のことだっただろうか。嬉しさのあまり夜中に姉を叩き起こし、朝まで共に踊ったことがある。

 姉はただ私に甘かった。自身の眠りを妨げられたというのに優しく、私の手を取り踊りながら、習得したとはいえ未だ拙かった私の踊りを指導してくれた。

 とても楽しかった思い出だ。

 だと言うのに、どうして。


「あ、終わりか。どう、流れは掴めた?」

「はい、おかげさまで」

「ベグラトは?」

「覚えた気ではいるよ」

「じゃ、さっそく二人で組んでみてよ」


 ゼクレの細い手をベグラトに回し、今度は私が手拍子を打ちながら二人の踊りを見る。

 動きは大体合っている。ただ、少し拙い。そんな二人の踊りは、鏡の前で見た昔の自分のようでもあり、どこか私を感傷的にさせる。

 ぼーっと二人の踊りを俯瞰しながら思案に耽る。しかし、どのように頭を捻ろうともやはり、姉の顔を思い出すことはできなかった。




 ◆~~~~~◆




 アイドーラ・レピリア主催のダンスパーティー。

 迷宮都市の少し東にある彼の故郷の街にて行われるそのパーティー会場に、一人の美しい少女が降り立った。

 ミルクティーの如き茶色の髪を三つ編みにして肩から垂らし、そのヘーゼルの瞳は慈母の如き優しい形をしている。黒いドレスを身に纏った華奢な身体からは芳しく、花の如き甘い香りを仄かに残す、そんな少女。

 彼女は会場の入り口を一歩入ると、天井から吊り下がった豪華な照明に戸惑うようにきょろきょろと辺りを見回し、受付を担う女性を見つけるや否や、小さな歩幅で歩み寄る。


「招待状を拝見しても?」

「あっ……はい」


 不慣れな様子で彼女は招待状を手渡す。


「メクシール様ですね。どうぞ、お楽しみくださいませ」


 促されるままに彼女は会場へと歩を進める。そこで彼女は、その豪華絢爛な内装に都会ではしゃぐ子供のような感嘆の息を漏らし、足を止めた。

 まるで赤いカーペットと、机に並ぶ高価な酒に豪華な料理。ゼクレが手を広げたよりも大きなシャンデリア。そして、歓談する紳士淑女たち。

 田舎出身のゼクレにとってそれは、子供心を擽るに足るものだった。

 ただ、まだダンスは始まってはいないようだ。落ち着いた音楽こそかかってはいるものの、踊っている影は一つも見当たらない。


「気に入ってくれたか?」

「あ、マスター。はい、とても」


 ゼクレは、自身に喋りかけながら歩み寄る存在に気付くと、深々と頭を下げる。

 顎を蓄え、その双眸は刃物のように鋭い。彼こそが、探索者ギルドのギルドマスター、アイドーラ・レピリア。そして、ゼクレの上司なのだから。


「少し奮発して、大きなパーティーにしてしまったよ。気が合う人物がいるかもしれん、挨拶回りに行って来たらどうだ?」

「いえ、しばらくはそんな気は無いんです」

「そうか。まぁ料理だけでも楽しんでいてくれ。歓談に現を抜かし殆ど口にしない者もいるが、シェフに失礼なのでな。ハッハッハ!」


 アイドーラが高笑いして去っていく。そうして談笑し、料理を楽しみしばらく。

 ふと、会場に掛かっていた音楽が変わる。使用人たちが会場中央付近のテーブルをとてつもない速度で片付け、やがて会場の明かりが少し暗くなった。


「おや、もう始まるみたいだ」


 いつの間に傍に立っていたアイドーラが呟くように言う。同時に、会場の中央のみを照明が照らす。

 やがて男女のペアが幾組か手を繋ぎ、照明の当たる場所へ出ていく。


「何がですか?」

「ダンスだ」


 音楽が変わる。やがて男女たちは手を取り、優雅に揺れるように踊り始めた。

 それぞれが優雅な礼服に身を包んでいる紳士淑女たちだ。探索者ギルドのマスター、アイドーラの賓客だ。全員がそれなりの身分の人物なのだろう。


「どうだ? 良かったら一緒に」

「……いいんですか?」

「話せる人、いないだろう?」


 ゼクレは恥ずかしそうに頷き、差し出されたアイドーラの手を取った。

 彼女はアイドーラにエスコートされる緊張の最中、今日までの一週間を思い出す。

 探索者ギルドでの業務を終えてすぐ、彼女は毎日ベグラトの店に通い詰めダンスの練習をした。

 練習し、実際に身に付いていく度に、その技術と自信は比例して上がっていく。今の彼女は、自信に満ち満ちていた。

 会場中央に集められたライトに当てられ、ゼクレ達は音楽に合わせて揺れる。その脚運びはまるで、月下に舞う蛍のようであった。


 その日、ダンスパーティーに茶髪に黒いドレスを身に纏った天使が現れたと言うのは、また別の話になる。




 ◆~~~~~◆




「で、どうだったの? 彼氏できた?」

「そんなんじゃないですよ。まぁ、練習の成果は出せたと思います」


 満足そうに頷く彼女に、私も達成感を覚える。

 こんな、探索者として大成できない私でも何かを教えることが出来て、それがその人の一部になっていく。そんな感覚も、存外に心地が良いものだ。

 探索者として引退したら、こうして誰かに案内人の術を教えていくのも悪くないかもしれない。どこかで空き家を借りて、ベグラトのように迷宮都市の端で教室を開こうか。

 私の案内は他とは違う。あの師匠の仕込みだ。きっと需要はあるだろう。


「……」

「紅茶入ったよ」


 師匠が私にこうして教える時も、こんな気持ちだったのだろうか。

 私は紅茶を啜りながらそう、過去の思い出に耽った。






「で、彼氏は?」

「そんなんじゃないですって! しつこいですよ!!」

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