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迷宮のレオーネ  作者: 朽木真文
幕間
42/68

EP5 烈火の乙女は高嶺の花

「何でなのよ…」


 契約解除の書類を両手で持ち突っ伏し、顎を机の上に置くようにして桃色の髪の少女はぼそりと呟いた。

 通常、探索者がチームと契約を解除されることは珍しい。それは大抵は同じ農村の出身や、近所同士などの仲の良い者同士で組むからだ。そしてそもそも性格が合わないような人物は、彼女のような例外を除いて組むことなど無い。

 彼女は田舎より一人、ある人物に憧憬を抱きこの場所に訪れた。

 彼女には自信があった。自分ほどの高位の魔法、『炎を操る魔法』さえあれば憧憬する彼女のように様々なパーティーに引く手数。その名は轟き、遂には詩にされてしまうような英雄に成れること請け合いだ、と。

 しかし現実は甘くない。

 確かに、迷宮で活躍することは出来る。かの『操る魔法』の魔法持ちだ。でなければ可笑しいだろう。

 ただ、パーティーメンバーと仲良くなれない。

 こちらからどう話しかければいいか分からない。日々鍛錬を重ねているせいか、同年代での流行り物が分からない。

 だからと言って向こうから話しかけられるのを待っていると、何故か驚くほどに話しかけてこない。むしろ、避けられる始末。

 そうしてどのパーティーとも関係は良くなることは無く、最後に解雇宣言を受けた時の言葉はこうだった。


『やっぱりイグニスさんはこんなパーティーで燻ってていい人材じゃない』


 まるで実家を出る子供を送り出す親のような、成功を祈るような瞳と表情で、彼はそう言い切ったのだ。


「それは————」


 少女が、ミードが並々と注がれたオーク樽のジョッキを持ち上げ、一気に呷った。木樽ジョッキの表面に付いた結露が垂れ、ぽたりぽたりと机に落ちる。


「————貴方が決める事じゃないでしょうが!!」


 少女は怒りに身を任せるようにして、机に乗せられた小さな樽のジョッキをテーブルに叩き付けた。

 衝撃で並べられた料理が浮かび上がり、並々と注がれたミードが星屑のような瞬きを残し跳んだ。

 周囲の目を気にすることなど無く、彼女はミードを一息に呷り、しかし今度は空のジョッキをテーブルに叩き付けた。


「はぁ……」


 再び彼女は溜息を漏らし、突っ伏して動かずにこの店の名物でもある鶏肉のソテー、その最後の一欠けらを文字通り口に運ぶ。

 そして、体勢を戻し、口を濯ぐようにミードを少量含み喉を鳴らした。


「まぁ、救いなのは」


 私を求めるチームがなくならないことよね。そう零しながら彼女は食器を簡単に重ね、代金を机に置いて席を立つ。

 桃色の髪を靡かせ歩く姿にはもう、先程のようなだらしない様子は一切無い。そこには凛として力強い、探索者としての彼女がいた。

 イグニス・ミーニャー。迷宮都市でも名高く誇り高い、『烈火の乙女』その人である。




 ◆~~~~~◆




 迷宮第二階層。鬱蒼と茂る森林の中に、青年の悲痛な叫びが響く。


「無理です!迂回しましょう!」

「大丈夫、私を信じて」


 男の呼び留める声を、イグニスは桃色の髪を得意気に靡かせて跳ね除けた。

 そんなイグニスを怪しく招くように、うねり、捻じれ、不規則にシャドーハンドがその身体を揺らす。

 シャドーハンドはその刃状の蔦を自在に操り、自ら堆肥を作り出す植物系の魔物だ。通常、この魔物は群生する性質は無い。しかしその数は、一匹だけではなかった。

 体長約4から5メートルほどの、比較的大きなそのシャドーハンドが大量に、壁のように彼女たちの前に立ち塞がっているのだ。

 毒々しい朱色の花弁を花開かせ、こちらを待ちわびる人食い植物たち。そんなシャドーハンドたちを前にイグニスは、一切を恐怖も無く一人歩みを進めていく。

 ワインレッドのマントをたなびかせ、それに合わせるように桃色のツインテールが風に乗り遊ぶ。

 目鼻立ちは溌剌とし力強く、若いエネルギーに満ち満ちている。初雪のように白く、透明度のある肌は皺の一本も見受けられず、まるで剥きたての茹で卵のようであった。

 少女は歩みを止める事無く、腰に佩いた短剣を力強く抜き放つ。金属が擦られ軽快な金属音が鳴り、橙色の華が瞬いた。


「覚悟なさい!」


 歩みを止め、少女が叫んだ。刹那、幾本もの緑色の手が彼女に迫る。五、十、数えるのも億劫な数だ。イグニスは年端も行かぬただの少女だ。叶う筈も無い。彼女が、普通の少女ならば。


「――――弄火の剣(シーカ)


 刹那、迫り来る蔦の動きが止まった。と思えばその蔦たちは、ぼとぼととまるで豪雨の如き音を立て、大地に落ちていく。

 蔦が斬られたのだ。突如空にうねった、深紅の刃によって。

 それは驚きか、それとも恐怖か、シャドーハンドの動きが制止する。

 その隙を見逃すはずも無く、イグニスは抜いたナイフを高く、シャドーハンドの花弁に向けて掲げた。

 抜刀において散った筈の火花が不意に、彼女のナイフの先に収束していく。

 熟れた唇が、決然と言葉を放った。


劫火の槍(ローチ)!!」


 収束していた火花が一瞬消え、しかしその瞬間瞬く間に膨張を始める。

 そうして、彼女のナイフの先に膨れ上がる橙色の蕾。

 蕾は一秒とかからず絢爛な華を開き、直後にはその華は花弁を散らせるように、指向性を持つ爆炎を放った。

 灼熱がうねり、喰らい付くように進んでいく。

 その劫火は破滅の渦となり、大地を穿ち、虚空を焼き焦がし、眼前に密集していたシャドーハンドすらも消し去った。

 束ねられた炎の槍はふと、霧散する。


「————ね?」


 少女がナイフを鞘に収め振り返る。

 後に残ったのは、ありとあらゆる草木が炭化によって黒く染まり、時折燻る炎が頼りなく瞬く。そんな、惨状とも言える光景であった。

 無論、至近距離で業火の槍を見舞われたシャドーハンドの群れなど、この炎に耐えられる訳も無い。地面を穿つように放たれた炎に、大地に張り巡らせた根すら焦がされ、もはや燻りすら無く灰と化していた。

 そんな惨状を作り上げた張本人である少女は、その魂に内包された圧倒的な力等感じさせぬようにエネルギーに満ちた眼を細め、年相応の少女のように表情をくしゃくしゃにして笑った。


「大丈夫って言ったでしょ?」


 強き者が仲間を守ることは当然の事なのだから。とでも言うように、彼女の表情は自信に満ち溢れていた。




 ◆~~~~~◆




 レグルスが席を立ったその瞬間、春夏冬が目を細め口に手を添えながら私に告げる。それは、私も先程から、いや入店してからずっと思っていたことだった。


「なぁテルミニ、あの席の人なんやろな……」

「私も思ってました」


 エールのジョッキを幾度も飲み干し、ひたすらに何かを呟いている。

 そんな桃色の髪の少女にどうも私と似た何かを感じ、無視できないのだった。


「だからそれは……貴方が決めることじゃないでしょう!!」


 桃色の髪の少女は再び、飲み干したジョッキを机に叩き付けた。

 今、普通に昼ですよ?

 大丈夫ですか?

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