ST33 黄金の燕尾
第一階層のゲートを潜り、春夏冬たちはようやく陽光を浴びる。
陽光は煌々と一行を照らし、光の無い暗闇から脱出した少女たちは揃って目元に手を当て影を作った。
危険な地帯は抜けた。魔物はゲートから出てる来ることは無い。しかしだというのに、春夏冬は何やら浮かぬ顔をしていた。
それもその筈。春夏冬らに対して、白ずくめの男たちがそれぞれ得物を手に歩み寄っていたのだから。
迷宮で白ずくめの衣服に身を包んだ者の正体など、一つしかない。葬送だ。
一般の者にとって、葬送という組織には謎が多い。
魔法とは異なる術を扱い、集団で迷宮に潜り魔物を手当り次第蹂躙する。その上常に探索者を見下すような態度を取っており、いけ好かない者達。
恐らくはこのような悪い印象が先行するだろう。しかしそんなことが分からずとも、何故この状況が出来上がったかは理解できる筈だ。
それは春夏冬に言わせるなら、頭がおかしいだけ。
「……はぁメンドっ。……下がって」
春夏冬が背後の少女たちに呼びかけると同時に、自身に振り下ろされる刃を剣で弾く。
「つっ……!」
快音が鳴り、襲撃者は苦悶の表情を浮かべながら仰け反る。対する春夏冬は、何食わぬ顔で剣を返し、柄を襲撃者に突き出した。
風を切る音が唸り、剣の柄が襲撃者の腹部にめり込む。
襲撃者が苦悶に喘ぎ、その動きが止まる。そして春夏冬休む間を与えず、しなやかな脚を高く上げた。
無垢な少女たちの手前、あまり人を殺したくは無い。とは言え、出来る時に無力化せねば戦況は悪化の一途を辿る。
なので死なない程度に、しかし後遺症は残っても不思議じゃない程度に手加減し、春夏冬は鎌が稲穂を刈るように襲撃者の頸に踵を投げた。
「あふっ!?」
頸椎を強打され、泡を吹いて襲撃者が仰向けに崩れ落ちる最中、春夏冬は完全に倒れる前にその男の胸倉を強引に鷲掴みし、自身の小さな身体を隠すように持ち上げた。
直後、別の襲撃者から放たれた暗器が男の背中に突き刺さる。
痛ましい悲鳴を上げ、男の吹いた泡が徐々に血の色に染まっていく。やがてその眼からは生気が失われた。
「仲間割れ?あーあ、折角死なんように加減したんやけど」
「てめェ……!」
春夏冬が襲撃者を煽りながら役目を終えた肉の盾を棄て、襲撃者は犬歯を剥き出し怒りを露わにする。
刃が幾つも飛来し、しかしそれを蠅でも落とすかのように春夏冬は全て剣で叩き落とした。
暗器で間合いを詰め、剣の間合いに入った二人は剣を振るう。
快音が幾度となく鳴り響き、流麗な剣閃は蛍のように飛び交っている。
「クソアマがぁ!」
「え、それうちのこと……?」
雨のように絶えず振るわれる襲撃者の剣を掻い潜り、春夏冬の矮躯から繰り出される縫うような突き。それを苦しそうに襲撃者が弾くと大きく飛び退き、剣の間合いから離脱した。
「猛虎の形!」
「……竜馬の形」
双方が胸の前で印を結び、直後二人の纏う気配が変化した。
葬送の扱う最も基本的な術、魂術。
自らの魂を知覚しそして捻じ曲げるその術は、人間という熔けた金属を流し込まれた鋳型を、無理矢理に捻じ曲げることでその能力を変えるものだ。
魂形ノ序やそれに続く術とは違い予め決められた形に変えるもので、その負担は魂形ノ序と比較するとあまりにも軽い。
「はぁッ!」
襲撃者が駆け、上段から一気に剣を振り下ろした。
その動作には技術も何も存在しない。それもそうだ、当たりさえすればいいのだから。
春夏冬が斜めに剣を構えると、不愉快な鉄を削るような音と共に石畳が爆ぜ、土埃が噴煙のように舞い上がる。
襲撃者が扱った猛虎の形は、術者の膂力を中心に底上げする術だ。まともに受ければその剣は、容易くへし折れていただろう。
しかし春夏冬は何事も無かったかのような表情で、地面に打ち付けらた剣を蹴り飛ばすと、そのままとぐろを巻くようにして襲撃者の足元を掬い上げる。
「っ!」
春夏冬によって体勢が崩れ、しかし尻もちをつく前に襲撃者は上体を逸らし後方に下がった。
そして、剣を拾い上げて構え、再び駆けだそうとした時であった。
「雑魚の叶う相手じゃない、出しゃばるな!」
突如掛かった第三者の声。その言葉に襲撃者の動きはピタリと止まり、そして言葉通りに大きく後ろに飛びその声の主の側に控える。
声の主は春夏冬の姿を見て卑しく目元を歪め、そして軽く頭を下げた。
「お久しぶりです、お嬢」
「その声……」
そこにいたのは襲撃者たちと同じ、純白で身体を勿論顔すらも隠し、剣や槍を手にした怪しい男達。それらがいつの間にやら、春夏冬らを囲むようにして立ち塞がっていた。
「勅使河原……随分出世したようやな」
「まぁ、お嬢と違って異端の血は引いていないんでね」
男達の中心に立つ勅使河原と呼ばれた男は、嘲るように春夏冬の言葉に応える。そして春夏冬の背後に隠れるようにする少女たちを見て、わざとらしく顔の前で手を仰いだ。
「ってか、くせぇと思ったら……。お嬢、いつからそんな迷宮の餌を育てるようになったんですか?」
「お前らみたいな屑にならんよう、先輩としてアドバイスしてあげてんねん。それより、屑は屑らしく屑箱に戻ったらどうや?……あ、すまん。お前らにとってはここが屑箱なんやったっけ?」
「餓鬼が……」
カチャリ、カチャリと周囲から金音が鳴り響く。それが、怒りの余り武器を強く締めている音だというのは、彼らの反応を見れば明らかであった。
しかし勅使河原だけはその感情を露わにせず、腕と目線で部下と思われる葬送を制した。
「お嬢、我々の目的はあんたの鸞眼だ。大人しく渡して貰えれば、我々は退きましょう」
「嘘を吐くのが得意なこと。道中で鉄さんの……死体を見た。あの人は小鳥遊を危険視しとったからな、大方お前らの得意な掃除の後やろ?」
「……なんやバレてたんか。半分正解、しかし半分は不正解ですわ」
まるで這い寄るように、勅使河原の瞳に黄金の濁りが差した。
春夏冬の目線だけが鋭く動く。
自身達を取り囲む葬送は計五名で、その中には最も強者であると思われる勅使河原も含まれている。
対してこちらの戦力は戦闘経験の浅い少女が幾名か。その内の数人は、剣を握ったのは先程が初めてだという者もいる。
到底勝てる戦いではない。それに、彼らの狙いは生きて春夏冬を捕らえることであり、彼らは少女たちを見せしめに殺してでも、春夏冬を捕らえようとするだろう。
つまりはここで彼らを撃退し、少女たちと共に逃げるという選択肢は存在しない。あるのは、多少の犠牲を覚悟してでも無理矢理に突破するか、春夏冬が大人しく彼らの言い分に従うか。
ふと、頭に過る先刻のクローラー。
拳を握り締める。彼女の可憐な爪が掌の皮膚を抉り、生温かい脈動が伝った。
選択の余地は、彼女にとって無いにも等しかった。
「……テルミニ悪い、鍋は無しや」
俯いて零す。その言葉は葬送には聞き取れなかったようで、訝しげな表情を浮かべて続く言葉を待っている。
「言われて大人しく渡すと思うか?うちはこの場で、刃を目に突き刺すことも出来んねんで?」
「だったら? お嬢のことだ、現状が不利な事ぐらいとっくに分かってるでしょう?」
春夏冬が、武器を手にしたまま手を上げる。
「取引や。今のうちは、商人やからな」
春夏冬は背後で隠れるようにして身を縮こまらせる少女たちを一瞥しそう言うと、企みを隠す子供のように口端を吊り上げた。




