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迷宮のレオーネ  作者: 朽木真文
二章 淫虐に聳える
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ST25 ねじれの関係

ふぅン…アグネスタキオン可愛いじゃん。ウマ娘始めようかしら…

 大男はその巨躯から大きな放物線を描き、力任せに振り下ろす。

 眼前に立つテルミニは理解していた。その、さも技術の欠片も感じさせない剛剣の衝撃は、鈍らである自身の剣を砕くに足ると。

 テルミニは決意の表情と共に歯を食いしばり、剣を垂直ではなく斜めに構え剛剣を待つ。

 ギィと不快な音を立て、火花を散らしながら剛剣はテルミニの剣の刀身をスライド移動し、そして重い音を立てて地面に叩き付けられる。

 テルミニの選択は、所謂受け流しと呼ばれるもの。

 激流に落ちた木の葉のように激流に身を委ねつつも、その力を逆手に取り反撃の為の隙を作る防御の技。

 一撃に込められた力が強ければ強いほどに、この技は真価を発揮する。


「ちィ!」


 死に体の大男に対して、テルミニは反撃をしない。何故なら、彼女は何も一人で戦っている訳では無いからだ。

 テルミニが一歩退くと同時に、地面に剣を突き立てた体勢の男が声を上げる。

 崩れたその体勢の男に、春夏冬が下段目掛けて剣を薙いだのだ。

 剣は腕で持つものであり、脚で剣を振るうなどというふざけた者はいない。真価を発揮できるのは当然、腕の高さに合った距離だ。

 下段への攻撃の防御は、剣先が腕と大きく離れてしまうために、中段や上段よりも多くの膂力を要する。

 ただでさえ防御が難しい下段への攻撃を、体勢の崩れた者に対して放つ。

 そんな容赦の欠片も無い一撃を、大男は切っ先で地面に切れ込みを入れるように垂直に受けた。

 快音が森林に鳴り響く。

 刀身を捻るように、滑らせるようにして、大男は春夏冬を鍔迫り合いに引きずり込む。

 鉄が削れるような音を立てながら、しかし純粋な力では負ける春夏冬に徐々に刃が近付く。

 銀色の揺らめきが、苦悶の表情を浮かべる春夏冬と余裕そうな表情を浮かべる大男を映し出した。


「くっ……!」


 呻くような声を上げ、純粋な力比べは不利だと悟った春夏冬が大きく跳び退く。

 そして、疑似太陽を覆い隠すように跳んだ春夏冬の下を潜るように、テルミニは駆けていた。

 地面を蹴り、低所から打ち上げるような鋭い刺突を放つ。

 常人では呼吸をする暇も無い、完全とも言える連携。

 しかし大男は常人では無かった。

 先程まで下段への攻撃に対応していた筈の剣を人間とは思えない速度で戻し、テルミニの刺突を弾き上げる。

 快音が今一度森林に鳴り響き、朱色の閃光が瞬いた。

 驚愕の表情を浮かべるテルミニに、大男は手早く前蹴りを繰り出す。辛うじて腕で防御するも、鈍い音が鳴ると共に苦悶に喘ぐ声を漏らし飛び退いた。

 次いで大男も間合いを外すように数歩退き、剣の構えを正す。


「案外やるじゃねぇか」


 大男は薄ら笑いを浮かべている。しかしそれは先程までの嘲りを含んだものではなく、相対する相手の実力を認めるような爽やかなものだった。

 しかし、豊かな胸元を上下させながら息を整えるテルミニは、一切息を乱さずに言い放った大男の言葉を余裕の表れだと受け取り、僅かに眉を顰めた。


「生憎、師匠がいいもので」


 口許を右腕で拭いながら、テルミニは頭の中で自身に剣術を教えた師に対し深く感謝を述べる。

 すると、大男はテルミニの返しに何か引っかかる点があったのか、なにやら不思議そうな表情を浮かべる。


「師匠……隣の嬢ちゃんか?」

「んな訳ないやろ。まだ会って数日の仲や」


 春夏冬は話す気は無いとでも言うように不機嫌そうに言うと、大男は尚も不思議そうに首を傾げる。


「お前らの剣……似てるんだよなぁ。俺は騎士も探索者も何十人も斬ってきたが、そのどれもに当て嵌まらない剣だ」

「似てる?うちとテルミニの剣が?」


 春夏冬はテルミニと大男を交互に見比べる。すると春夏冬の言葉を聞いた大男は、驚いたような表情で春夏冬を見、そしてテルミニを見る


「テルミニ……もしかして、テルミニ・テセス・ローレンライトか!?」

「なっ……!?」


 大男に自身の名を呼ばれ、テルミニは心臓を掌握されたかの如き衝撃を受けた。

 春夏冬が呼んだのはテルミニの名の部分だ。しかし、それでは大男がテルミニの性を知っているのは妙を言わざるを得ない。

 テルミニは、決して有名人ではない。確かに、あの大喰らいとの戦闘は全探索者に衝撃を齎し、迷宮に潜る直前には幾度か話しかけられていた。

 慣れないことで、愛想笑いの為に表情筋を酷使したのは彼女の記憶に新しい。

 しかし逆に言えば、それ程までの大きな事件が起きなければ、フォーカスを当てられない地味な案内人なのだ。

 それが何故。

 テルミニの衝撃を見抜いてか、それともまた別の事に気が付いてなのか、大男は背を反って哄笑する。

 箍が外れてしまったようなその異様な光景に、春夏冬とテルミニは息を呑んで見守る事しか出来なかった。

 テルミニ等の視界の端では、男たちと少女たちが今も尚接戦を繰り広げている。ここは言わば戦場。穢れてしまった少女たちが、その穢れを乗り越え前に進むための。

 そんな戦場でひとしきり笑った大男は、やがてテルミニを見据える。

 それは先程までの余裕に満ちたものではなく、剣呑とした雰囲気を漂わせ、業物の剣のような鋭く砥がれた、明確な殺意を宿したものだった。

 下賤で粗暴。人を人とも思わない外道であり、死を以てでも犯した罪を償うべき人間の恥。

 奴の本性は分かっている筈なのに、その気品すら感じさせる視線と瞳に気圧され、テルミニ等は警戒を強めた。


「なるほど……お前がそうか……クククッ」


 尚も漏れる嗤いに、テルミニは何も答えない。否、答えられない。

 浮かび上がる疑問。その裏に潜む底知れぬ悪意の気配を感じつつ、恐怖で緩んだ剣の握りを強め、ただその熟れた果実のような唇を結び、不安げな瞳で大男を見据えるのみであった。


「何が可笑しい……」


 絞り出すような声で、ようやくテルミニが口を開く。

 その怯えた表情を見て、歓喜の色を強くした。


「ここで会えるとはなぁ!テルミニ・テセス・ローレンライトォ!」

「……は?」


 大男の口から飛び出た予想の斜めを行く、まるで自身を待っていたかのような言葉に、テルミニは困惑を露わにする。

 しかしそんなテルミニの動揺とは対照的に、大男の表情は空気の抜けた風船のように萎み、ナイフのような鋭さを覗かせた。


「あのお方から、確実に殺せと言われている」

「え……」


 テルミニが目を丸くして言葉を失った。

 あのお方。大男がそう呼ぶ存在に、命を狙われている理由など微塵も思い当たらなかったのだ。

 テルミニを殺して何を得られるのか。彼女は田舎貴族の令嬢であり、案内人だ。特別な地位に立っている訳では無い。貴族は確かに珍しいが、それでも王族や公爵と比べれば霞む。


「知らなくていい……。いや、お前は知るべきではない」


 驚くテルミニに大男が冷たく言い放つ。そして、にやりと嗤い声を出さずに口を動かした。

 テルミニは再度目を見開く。その口の動きが、よく知っている人物を示しているようように見えたからだ。

 有り得ない、そう口にしたくても何故か声が出ない。テルミニはまるで餌を渇望する鯉のように口をぱくぱくと開閉していた。

 明らかに取り乱すテルミニの肩を春夏冬は片手で揺らし、意識を取り戻させる。


「惑わされたらあかん」

「いやっ、……そうですね」


 一瞬何を言いたそうに食い下がるテルミニだったが、すぐに剣の構えを直す。滲んだ脂汗を拭ったその後の瞳は、僅かに揺らいでいる。

 大男は未だ含むように嗤う。それはどこか静かな狂気すら孕んでいるようであり、咽び泣くようでもあった。

 そして直後、大男の瞳に決意が満ちたその瞬間、彼の纏う雰囲気が変わった。


「フフフッ………………ハハハハハッ!!!」


 哄笑は先程までの男の声とは異なり、重く地鳴りが響きかの如き低音に変わっていた。

 深淵の底から伸びた手が男の背を押すように、どす黒く濁ったオーラが湧き出し纏わりつく。

 ありとあらゆる部位が隆起し、肉が裂け骨が砕けるも瞬時に再生し、それを繰り返すことでまだ人の範疇に収まっていた体躯が、熊のように大きく作り変えられていく。

 浅黒い肌は見る見るうちに変色していく。腐った果実のような、汚らしい黒色へ、黒へ、その魂すらも墨で染め上げたかのように。

 その色は、相対する二人の少女に二つ名持ちの魔物を連想させた。

 肉食獣のような牙が口から飛び出し、醜く歪んでいく。

 暫く経った後そこにいたのは、決して人間とは形容できない怪物であった。

 爛々と怪しく光る深紅の瞳が、驚愕と恐怖を浮かべる少女たちを映し出す。


「あぁ、刮目せよテルミニィ!!これがあのお方に頂いた力だァ!!」


 咆哮を上げ、怪物が嗤う。

 怪物はその醜悪に歪んだ太い腕で剣を握り潰す。星空のように光を乱反射する鉄の欠片が、引き延ばされた時間の中で酷く美しくテルミニは感じた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 案内人の、ちょっと天然なテルミ二とその仲間達が繰り広げるファンタジー冒険譚……モンスターの設定、迷宮の設定も凝っていて、面白かったです。 特に【強欲】の回のアワリティアとレグルスの血気迫る…
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