表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮のレオーネ  作者: 朽木真文
一章 暴食の洞窟
3/68

ST2 お礼参り

 昼の出来事を忘れるように宿屋の夕食を掻き込み、私は一人夜風に当たる為街に出ていた。

 この街は決して、治安が良いと言われるほどの街ではない。それでも、私が夜に街に出たくなったのには理由がある。とはいっても、大した理由でもないが。

 宿屋を出て、街の外れの高台を目指し歩を進める。そこには巨大な一本の木があり、その木を背もたれにして座れば、この街が一望出来るのだ。

 記憶よりも急だった階段を登り、水路を渡す石橋を渡る。舗装路から、未舗装の道へ。そこから土を踏み、雑草と戯れながらしばらく。


「……久し振りにここ来たかも」


 銀色の月が夜空に輝き、藍色の夜風が大木の葉をざわざわと揺らめかせる。そしてその大木の裏に広がる、今私の暮らす街。

 ここに来たのは、この街に最初に来たとき以来だ。

 元々私は、別の町の貴族の娘だった。貴族と言っても爵位は子爵。それに私は女だ。楽しく明るい生活なんてものは待っていない。

 つまらない人生は嫌だ。だから私は、昔から憧れだった探索者になることにしたのだ。だが死にたくは無いので、比較的安全と言われる案内人として。

 だが、案内人は想像より遥かに厳しい仕事だった。案内人は、その性質上探索者チームの先頭に立つ。当然不意打ちを受ければ一番最初に傷を負い、これは聞いた話だが、仲間から嫌われていれば背中から斬られることもあるそう。

 こんな話を聞いてしまえば、仲間である筈の人間相手にも気を張ってしまう。

 誰だ、案内人は比較的安全だと私に言った奴は。


『探索者になりたいんですけど……死なない役職ってなんですか?』

()()()()()()()()()()となると……案内人かな。良ければ、案内人として登録します?』


 あ、一年前のゼクレだ。

 大木の裏に回ろうとしたところで、ふと大木の根本の一輪の(しお)れた薄桃色の花に目が留まる。一年前も、そう言えばあったものだ。私の他にも、ここが好きな者はいるらしい。

 大木の裏、夜景を眺めながら腰掛ける。案内人として登録し、私は師匠に日々技術を叩き込まれた。足跡による性別や足跡の主の状況、その主の装備の判別の聞き分け、地面や壁の傷の見分け方、魔物の不意打ちの対処方、いざという時の護身法、エトセトラ。

 師匠がこれまた厳しい人で、私はドジをやらかしてすぐに怒られてしまうのだ。当時は苛立ちを覚えていたが、今思えば、厳しいながらも優しいところはあったし、中途半端な気持ちで迷宮に赴く私を、止めさせようとしていたのかもしれない。

 そんな日々の中、見つけたのがこの場所だった。

 最初にここに訪れたのは、不思議な出来事が切っ掛けだった。友人同士で集まり、友人の家に泊まった夜。悪い酔い方をし、そのまま潰れて寝た後だ。

 夢を見た。どこか暗い場所に立っている私と、先に差す一筋の光。その光へと歩んでいくと自然と目が覚め、ここに立っていた。

 そんな、不思議な成り行きではあるが、気に入っている。

 ここに来れば、街の明かりが全て見える。人の営みの証が見える。団欒(だんらん)が見える。こんなにも遠く、こんなにも小さく。

 この景色を見るとなぜだか私は、たちまち気持ちを入れ替え再び頑張ることができるのだ。

 最近は嫌なことが多過ぎた。度重なる契約解除、今日なんか犯罪に巻き込まれそうになったのだ。しかしこの街に居続けるのなら、心機一転して明日から仕事を探す他無い。実家に帰る等以ての外である。

 と、私は夜景に向けていた意識を戻し、迷宮で鍛えた耳を澄ます。我ながら、耳がいい自負がある。

 ザク、ザクと土を踏む音が徐々に大きくなっていく。どうやら、誰かがこちらに向かっているらしい。もしかすると、この大木の根本に花を供えている人物かもしれない。

 ここで出ていって挨拶してもよかったのだが、やはりこの街の治安が良くないことが頭を過る。

 その人物が花を供えるだけなら、裏にいる私には気が付かない筈だ。そしてもし景色を見に来るような人物なら、少なくとも極悪人などではないだろう。私は息を潜め、大木の裏でやり過ごす事にした。

 徐々に近付いて来る足音。案内人は、足音で人物を判別する訓練も必須科目だ。この足音は、重く力強い。私よりも身長の高い、男性の可能性が高いだろう。

 やがて、足音は大木を挟んで私のすぐ後ろで止まる。

 風上とはいえ、夜風の音に紛れてしまうため息を止めずとも良さそうだ。

 そして直後に布擦れの音。屈んだのだろう。ここで屈むとはやはり、花を供えている人物のようだ。

 パンッ、と手を一度だけ合わせる音が月夜に響く。花を供えて手を合わせる。その意味を理解し、私はなんとも言えない気持ちになる。

 と、足音が更に複数聞こえて来た。今度は一人ではなく、一団が来たようだ。しかも、小さく金属の鳴る音が聞こえる。武装しているらしい。


「おいおいあんちゃん! やってくれたなぁ!?」


 一団の方から声が投げ掛けられる。荒々しい男の声だ。喧嘩腰の武装集団と、絡まれる男。嫌な予感がしてきた。


「契約は守った。先に手を上げたのはそっちだろう」


 どこか出聞き覚えのある声で、花を供えた方の男が立ち上がり応える。


「ウチの若いのが世話になったみてぇじゃねぇか……こりゃ()()しなきゃなぁ?」


 金属の擦れる音。鞘から剣が抜かれ、花を手向けた男に向けられたのだろう。


「お前達にとっての礼とは、剣を向けることなのか。参考になった、次からはそうするようにしよう」

「あァ? 何言ってんだてめぇ」

「皮肉だ、そんなことも分からんのか?」

「てめぇ、マジで舐めてんのか……?」


 どうやら、ちょっと危ないチンピラと口論になっているらしい。話を聞く限り、チンピラ側が変な因縁を付けているように思える。そして、チンピラ側は剣を抜いているようだ。

 一触即発の事態と言う訳だ。今すぐここから逃げ出したいが、大木の周りには茂みも障害物も無い。彼らに見られず逃げ出すことは困難だろう。

 私は高まり始めた鼓動を手で抑えつつ、聞き耳を立て続ける。


「金がありゃ……許してやらんことも、無ぇ」


 支離滅裂だ、脈絡が無い。最早ただのカツアゲではないか。


「ほう」

「そぉだなぁ……百金貨もありゃ足りるんじゃねェか!?」


 武装集団の下品な哄笑が響く。その値段は、貴族の血を引く私でも法外と言わざるを得ない値段設定だった。


「金目当ての恫喝(どうかつ)か。それが本当の商売、という訳か」

「ハハッ! その通り。死にたくなきゃ、金出して詫びな!」


 まずい状況は続く。この手のチンピラは本当に凶行に及ぶ事は珍しいのだが、ここは街の中でも外れの場所。そこらの茂みに投げ込めば、死体発見は遅れるだろう。

 そして、花を手向けた男は音からして武装をしていない。とはいえ、百金貨など常人がぽんと払える額を有に超えている。それは、向こう側も分かっている筈だ。

 つまりチンピラ共の真の目的は、金を出すのを断った男を痛めつけるもしくは殺害し、所持品を剥ぎ取ることにあるのだろう。

 そうなれば、この成り行きを聞いている私が見つかれば、碌な目に遭わないのは必至。崖から飛び降りてでも逃げ出したいが、飛び降りれば音が出、ここに誰かがいたことはバレてしまう。

 チンピラは武装しており、集団だ。徒手空拳での護身法には心得があるが、一対多数の相手が武器持ちでは話にならない。

 例え逃走に成功しても、彼らチンピラの規模がどれ程かは分からないが、集団でいる以上他に仲間がいる可能性は低くない。つまり、どこに目があるか分からないのだ。下手に動けない。


「悪いがそんな大金は持っていない」

「……それが本当か、確かめさせて貰うぜ()()()()さんよォ!!」


 武装したチンピラが走駆する。花を手向けた男には悪いが、彼が死ねばチンピラ共に私が気付かれることはないだろう。ここは息を潜めて……。

 ん、レグルス……、どこか聞き覚えがあるような……。

 そんな私の小さな疑問などいざ知らず、チンピラの剣による風を切る音が響く。そしてその直後、鈍い金属の音が低く唸るように鳴り響いた。

 金属の音響は暫く空間を支配していたが、ゆっくりと衰え、やがて静まり返る。

 違和感。チンピラが男を斬ったのなら、男の悲鳴や肉を裂く音が聞こえてくる筈だ。だと言うのに、聞こえてくるのは風の音だけ。確かな沈黙がそこに満ちていたのだ。

 き、気になる。


「好奇心は猫をも殺すか……。えぇいままよ!」


 風に紛れるように小声で呟き、私は大木の裏から顔を覗かせる。

 実は男たちなんて私の幻聴で、そこには誰もいない高台の風景が広がっていると信じながら。しかしそこには、私が期待した景色など欠片も無かった。


「……」

「……」


 半ばからへし折られた直剣を持ち、呆けたように剣を構えながら口を半開きにする男。その後ろには、同じく呆けたように口を半開きにするガラの悪い集団。そして、拳を振りぬいた体勢の、昼に見たばかりの見慣れた道着の後ろ姿。その傍らに転がる、折れた剣の先。

 こ、これは……どういうことだ?見ていたわけじゃない為状況が正しく理解できない。強いて言うなら、男が斬りかかるチンピラの剣を拳でへし折った……。いや、そんなことが出来る人間などいる筈がない。拳で鋼を砕くなど、あっていい筈がないのだ。

 しかし、そんな私の固定観念は、見事に打ち砕かれたのだった。


「拳で……剣を折っただと……?」

「いや、マジなのかよ!」


 チンピラが弱々しく呟く。そして私は、思わず力強く突っ込んでしまうのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 荷物持ちを兼ねながらチームの先頭に立つ案内人って両立できるのでしょうか? 戦闘になったとき邪魔になりませんか?
[一言] 早速拝読させていただきました。とは言ってもまだ3話までですが。 特殊なスキルを持ってるものの万能ではなくてすぐにクビになってしまう案内人の主人公に、 破格の条件で依頼する、いろいろ常識外…
[良い点] Twitterからきました。 迷宮物は大好物なので楽しみです。 [気になる点] 文章は読みやすく、語彙力も豊富なのですが……。 視覚的にレイアウトが窮屈で、読むのに疲れてしまいます。 おそ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ