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迷宮のレオーネ  作者: 朽木真文
二章 淫虐に聳える
28/68

ST23 欲しがり

元探索者くんが何をしたっていうんだ!!

「早く歩け」


 眉間に皺を寄せ、頭にバンダナを巻き口許を布で覆った男は、鋭いナイフを血管が浮かび上がるレグルスの喉元に突き付け、早く歩くように言うとレグルスの背を蹴り押す。

 レグルスは男の蹴りにつんのめることも無く、渋々と言った様子で歩みを早める。彼のその手首には、幾重にも巻かれた麻縄があった。

 数刻前にテルミニを人質にされた後、レグルスはテルミニや春夏冬と違い薬品を吸引させられることは無く、男により森林のさらに奥深くまで連れてこられていた。

 しかしレグルスにとってはこの状況、覆すことは造作も無いことだ。

 麻縄ほどの強度ならば少し力を入れれば千切ることが出来、ナイフを突き付けられた程度であれば卓越した体捌きで抜け出すことが出来る。

 しかしそれをしないのは、男の更に後ろからもう一人が尾行しているのを察知しているからだ。

 逃げる。または彼を気絶させたとて、後ろの尾行している人物に気取られていまう。そして自身がそのような事態を引き起こせば、テルミニ等の警備が強化されるだろうと思っての事だった。


「なぜ殺さない?」

「あぁ?」


 不意なレグルスの言葉に男は少し驚いたような表情を見せるが、すぐに悪人面に戻す。


「女を帰す気などないのだろう?ならば今すぐ殺しても問題は無い筈だ」


 レグルスの疑問は至極当然なものだった。

 女を攫い玩具のように扱っているなら、その後何があろうと女を開放することはしないだろう。

 彼らにとっては幸いと言うべきかここは迷宮の内部であり、軍などの彼らにとって脅威となる機能は介入不可能だ。用済みになったのなら、それこそ殺せば済む話なのだから。

 そして、性差の関係上で基礎的な筋力は男たちの方が高く、抵抗されることはあれど逃げられるという事も無いだろう。つまり、攫われた女は、イレギュラーである魔法を除き助かる術は最早無い。

 だとすると、このようにレグルスを人質にとるような行為が、どのような意味を示すのかレグルスには理解が出来なかったのだ。

 このようにナイフを喉元に突き付け「何時でも殺せますよ」と示すのは、つまる所その者の命に手を掛けいつでも殺せる状況で、死から逃れようとするその者もしくはその周りの者を利用する為であろう。

 まさに先程の、大男がテルミニにそうして見せた時が一番分かりやすい。あれは、レグルスらが抵抗を続けテルミニを殺させるか、レグルスらが抵抗を止めテルミニを生かすかという要素を強制的に天秤にかけていたのだ。

 しかし現在、この男とレグルスの周囲には何も、そして誰も存在しない。では何故、このような真似をする必要があるのか。

 男はレグルスのそんな問いに答えにくそうに俯くと、小さく開口する。


「それが問題あんだよ……。それに、だからと言ってナイフを離せば逃げちまうだろ?この場で俺が取れる選択肢はこれしか無いんだよ」

「どういうことだ?」


 レグルスの純粋な問いに男は何かを警戒するように周囲を見回し、レグルスの喉元から少しだけナイフを離し耳打ちする。


「あの女二人の事は悪かったと思ってる。だが俺も、ここで生きるには仕方ねぇんだよ」


 このような事態を招いた側であるにも関わらず、その口から飛び出た有り得ない言葉にレグルスは少しだけ目を丸くする。


「お前がそれを言うのか?」

「……俺は元探索者だ。あんたらみたいに捕まってな、必死で悪ぶって仲間に入れてもらったんだよ。下っ端だけどな。根っからの犯罪者って訳じゃねぇ……つっても、加担してる時点で同罪か」


 そう告げると、男はポケットから一枚の白いカードを取り出す。それは、探索者ギルドに登録した際に貰える、所謂ギルドカードと呼ばれる代物だった。


「ボスはな、怪しい奴と繋がってんだ」

「ボス……あの大男か?」


 レグルスの脳裏に過ったのは、まさしくテルミニの喉元にナイフを突き付けたあの大男だ。


「そうだ。俺も下っ端だから詳しくは知らねぇが、ボスはその怪しい奴から力を与えられた。そして代わりに、森林に来た奴を捕まえてそいつに渡す契約をしてるらしい。因みに今俺らが向かってるのは、その引き渡し場所だ」

「渡す?だが女は何度か弄んでいるのだろう?」

「遊んでも、最終的に奴に渡せばいいらしい。ボスは……遊んだほうが忍耐の所持者になりやすい……とか言ってたな。まぁ一昨日も、散々遊んで壊れかけて、死んだ目をした女が奴に一人渡されてたよ」

「ふむ。……その者の姿は?」


 男は首を横に振る。


「見た事ねぇ。ボスは念入りなのか知らねぇが、毎回受け渡す奴を変えるんだ。ただ聞いた話では……フードを被って顔を隠してた……とかかな」


『うちらが迷宮に潜った時、荷物も無しに迷宮に出入りしたフードの人物がおる。』


 レグルスの脳裏に、第二階層に踏み入る前の春夏冬の言葉が過る。

 情報が繋がり、レグルスは思案に耽る。

 フードの女は荷物も無く迷宮に出入りし、そして生きた人間を欲しているらしい。そして迷宮から出てきた時点で誰も連れていなかったという事は、迷宮内でその人物を処理している可能性が高い。


「そいつの目的が分からん」


 独り言のようなレグルスの呟きに、男も頷く。


「俺もだ。だが俺らはいい迷惑だよ。ボスはその力で好き勝手し放題だし、ここであんたを逃がしたら俺は殺される。前に探索者を逃がした奴がいてな、そいつは次の日オークの餌になってた。だから悪いな。あんたには死んでもらうしかないんだ」


「ま、逃げれたとしてもオークの餌食だけどな」と付け加え、男は再びナイフを喉元に近付けレグルスに早く歩くように促す。

 しかしレグルスは男の言う事に従う事無く、ぶちりと麻縄を引き千切り反転。男の持つナイフを弾き落とし、男に対して向き直っていた。


「な、お前!」

「組まないか?」

「……は?」


 余りにも突拍子の無いレグルスの言葉に、男は呆けたように返す。


「組まないかと聞いている」

「あんた……馬鹿なのか?さっき言ったよな?逃げたとて俺とあんたは殺されるだけだ。ボスの力はとても叶う相手じゃない」


 男は馬鹿馬鹿しいとでも言うように続けるが、レグルスが男の言葉を聞いている様子は無い。


「状況は大体把握した。お前を含め、あの中には今の頭領に不満を抱いている奴が少なからずいる。違うか?」

「いや……そうだが……」

「ならば団結して打倒すればいい。今囚われている女も開放すれば、さしもの奴とて多勢に無勢だろう」

「……」


 男は考え込むように黙り込む。そして数十秒ほど押し黙った後、やがて重々しく開口した。


「……勝算は?」

「一対十以上だ。負ける筈が無い」

「……問題はその後だ。ボスという共通の敵を倒した後でも、まだ怪しい奴が残ってる。特に、他人に力を与える能力なんて聞いたことが無い。もしかしたら奴は、雷光の魔女みてぇなバケモンかもしれねぇんだぞ?」


 雷光の魔女とは、あの名高い探索者チーム頂の暁光に所属していた魔法持ちの異名だ。十年も経ち顔を知る者こそ少ないが、その異名は今でも探索者たちの間で轟き続けている。

 彼女の魔法の保有数は驚異の八つ。その中でも一際強力とされていた「雷を操る魔法」を扱う姿が他の探索者たちの記憶に鮮烈に刻み込まれ、その異名の由来となったのだ。


「ん?」

「……あ?どうした」

「いや、後ろの奴の気配が……いやそれはどうでもいい」


 尾行していた筈の人物の気配が消えたのを察知しレグルスは疑問を浮かべるも、関係無いと断定し続ける。


「その者は頭領に能力を与えてから、そして、受け渡し以外で現れたことがあったか?」

「……無いな」

「だろう?ならば、現れる可能性は低いと考えるべきではないか?」


 その言葉に思う事があったのか、男はレグルスを前にしても最早ナイフを構えようともせず沈黙する。そしてしばらく、決意を瞳に宿し男は顔を上げた。


「……乗ろう」

「何にぃ?」

「お前の提案に……――――!?」


 レグルスのものではない、どこか恍けたような少女の声が響いたと思えば刹那、男の喉を銀色のナイフが突き破り、鮮血が彼の喉から噴き出した。

 鉄砲水のような勢いで噴く血液が、突然のことに驚くレグルスの顔を深紅に染める。


「ぁ……ん……?」

「ダメだよォお?裏切ったらぁ」


 男は自身の喉から噴き出す血液を目を剝くように眺めると、やがてその顔は蒼褪めて膝から崩れ落ちるように倒れる。

 口許には暗褐色の気泡がいくつも出来ては割れ、こひゅー、こひゅーという頼りない呼吸音が段々と弱まっていく。


「あぁん……。羨ましいぃ、その赤、その表情!!!!!いぃなぁあ……欲しぃなぁぁ……あぁ」


 嬌声のような艶めかしい声を漏らし、少女は恍惚の表情を浮かべ両掌で顔を覆い隠すようにしてくねくねと身を捩る。ダークブロンドの髪が揺れ、金色の瞳が艶やかに光った。

 左手に握られたナイフの、その刃に付いた血液がつうとナイフの持ち手へ、そして彼女の左腕へと伝わっていく。

 そのナイフと血が無ければ、意中の人の前で照れて恥ずかしがる、年頃の少女のようにも見えただろう。

 レグルスはその姿を見て、次は自分かも知れないという警戒心よりも、目の前の人間が最早人間と言える理性を保っていないのではという恐怖が勝ち、じりじりと後退りした。

 端的に表して、狂人。それも人を人とも思わず、まるで殺人に自慰のような快楽を求め、事実快楽を感じる狂人の中の狂人。


「貴方はぁ、貴方は何をくれるのぉ????」


 ナイフを右手に持ち替え、その切っ先をレグルスに向ける。

 そして左手に付いた血液を愛おしそうに顔に塗ったその少女は、ひしゃげたような歪な微笑みをレグルスに向けた。

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