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迷宮のレオーネ  作者: 朽木真文
二章 淫虐に聳える
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ST22 逃走

 まずはコーヒーから水分を抽出する作業だ。

 私は集中し、両の手の平をコップに向ける。魔法には想像力が関わってくるため、手を向けるのはそのイメージの補強だ。

 コーヒーの中からコーヒーの成分と水分とを分離させ、純粋な水だけを操り取り出す。言葉にはし難い確かな感覚を感じ取り、私は成功を予覚した。

 コーヒーが混ざっていると、操作の精度が悪くなる。この過程は必須のものだ。

 暫くして少し遠くにあるコップの中から、少し大きな水の球体が姿を現した。あれが、私の操る『一掬いの水』だ。心許ないが、これしか手段が無い今となっては頼もしくも思えてくる。

 周囲からも驚きの声が上がる。春夏冬にも、一緒に囚われた女たちにも話してはいたが、聞くのと実際に見るのは違うのだろう。


「あ……あれって!?」

()()()()()()私の……『一掬いの水を操る魔法』です……。集中してるので……あんまり話しかけないでもらえると……」

「す、すいません……」


 水球をゆっくりと、出来る限りの速度で移動させ、私達の元に持ってくる。

 使い慣れていないからか、やはり魂を視る魔法と比べて精神力の消耗が大きい。だが、目的には支障はなさそうだ。

 やがて我々の眼前にまで移動したその水球にイメージを重ね、水球をナイフの形状に変化させる。

 ナイフと言っても、その質量は一掬いの水。当然中抜きに中抜きを重ね、その上ミニチュアサイズだが。


「春夏冬さん……」

「おっし」


 表面の硬さを操作し、しっかりと握れるようにした水で作ったナイフを春夏冬は手に取り、妙に慣れた手付きで木の檻の我々からしか見えない角度を削り始める。

 私自身がナイフに鋸のような動作をさせることも出来るのだが、それには莫大な精神力を消費することだろう。これから戦闘が待ち受けているのだから、楽できる工程は楽をするべきだ。

 そして、少し力を入れれば檻が外れる程の大きな切れ目を入れた後、春夏冬は隣の檻の女にナイフを投げ渡した。

 これが木の檻でよかった。恐らくは第二階層の木材で作ったのだろうが、鉄檻ならばそもそも脱出など叶わなかっただろう。


「ほいっ」

「ありがとうございます!」


 少女はぎこちない手つきで、春夏冬を真似るように檻の格子を削り始める。

 私がコーヒーから水分を抽出できると知ったその直後、我々は相談してここから脱出する作戦を組んだ。

 春夏冬が気絶したフリをして、ここの周囲の地形を頭に入れてくれていて助かった。

 ここの地形は単純そうでその実は少し複雑だ。テーブルを中心にして、檻が八つ円のように並べられているのは分かる。

 そしてここは第二階層の内部であり、どこからでも逃げ放題に見える。が、実際には周囲には我々を取り囲むようにシャドーハンドが密生しており、我々が近付けば起動。つまり入口は一つだけらしい。

 奴等が何故シャドーハンドに襲われないのが不思議ではあるが、それは後でも考えられる。今は脱出が先決だ。

 そして普段はすぐそこのテーブルに見張りの男が一人おり、出口を出た先にはもう二、三人の男がいるという。

 今、すぐそこのテーブルに見張りがいない状況で脱出してしまえば、一度に相手をするのは三から四人になる。

 しかし、そのテーブルに男がいるならば、皆で同時に脱出した後に数の暴力で無力化してしまえばいい。そうすれば、一度に相手をするのは二、三人に減る。

 これが最適だろうという結論が出た。だから、脱出するのは今ではない。あくまで小細工のみだ。


「はいっ」

「よし。ほいっと」

「……ありがとうございます」


 隣の檻の破壊活動が終わったらしく、水のナイフがこちらの檻に投げ渡される。

 春夏冬はそれをキャッチすると、逆隣の檻に投げ渡した。逆隣の檻の女はナイフをキャッチし、急ぎ破壊活動に移る。

 脱出するのは今ではないが、破壊工作が出来るのは今しかない。それに、我々が脱出した後に、彼女らが檻を破壊するまで待つほどの余裕は無いだろう。

 つまりは今やらねば、最悪置いて行かねばならないという選択肢も浮上してくる。彼女たちも必死だ。


「終わりました」


 隣の檻の合図を受け、私は魔法を解除する。ナイフの形を取っていた水は形を失い、雫となって木の檻の中に落ちた。

 男を無力化するのにはナイフは必要無い。曰く、春夏冬は空手での対人戦を得意としているらしい。そして私も一応、師匠から対人戦のイロハは叩き込まれている。

 我々と戦闘力の乏しい者で見張りの男に集中攻撃を浴びせ、続く男たちとの複数戦にの前に荷物と武器を回収。そして、男たちと相対する。

 これが作戦の全容だ。見張りの男を無力化した時点で、既に荷物を回収する猶予が無い場合でも、一応荒々しいが作戦はある。

 後は見張りの男を待つだけだ。私が意識を失っている間に、女が二人男たちに連れて行かれたらしい。きっと今は嬲られているであろうが、その内戻って来る筈だ。

 私達はじっと、静かに時が来るのを待つ。足音が鳴れば、いくら多くとも大まかな判別は付く。

 そう言えば、レグルスは今はどうしているのだろうか。奴らは確か、気になる事を言っていた。


『――――男は()()()()()()()()……――――』


 これは一体どういうことだろうか。

 色狂いが女のみを選んで襲い掛かり、乱暴に犯す魔物だということは知っている。しかし所詮は魔物。人間と連携や取引、そもそも意思疎通すら不可能である筈だ。

 だが、奴らの発言はまるで色狂いを利用しているかのようなものであった。それも慣れていそうな様子から、本当に利用しているのであれば一回や二回ではないだろう。

 奴らは、もしかすると色狂いと協力関係を築いているということだろうか。

 それに、奴らがシャドーハンドに襲われない理由も気になる。

 もしシャドーハンドが人間を襲うのに条件があり、それを奴らが利用しているのだとしたら。私たちには無いが、襲われない奴らにはその為の共通点がどこかにある筈だ。それさえ分かれば容易いのだが。


「テルミニ!」

「あ……ちょっと考え事を」


 気付けば、土を踏む足音が複数鳴っていた。重なるものもあり少し分かりにくいが、私を舐めないで欲しい。

 怯えたように細かく刻んだ軽い足音が二つ、そして荒々しく重い足音が四つだ。一際重い足音もある。あの大男だろうか。


「女二人……男四人ですね」

「戻って来たんやな。皆……」


 春夏冬の呼び掛けに全員が頷く。私の渾身の演技力を見せてやろう。

 やがて我々の前に、私の予想した通りの構成で六人がやって来る。

 男たちの気分を損ねぬように、泣き喚くことすら堪えて二人肩を寄せ合う女が二人。服はやはり引き裂かれており、暴れた際に付けられたのかいくつかの生傷が目立つ。

 三人の男の中には、やはりあの大男も含まれていた。目元に気持ちの悪い薄笑いを張り付けて、厭らしい手付きで少女の肌を撫でている。

 ただその口許は、相も変わらず布で隠されていた。


「ひゃっ……」


 男たちは隣の檻の前で静止すると、一人の男が檻を開き少女たちを乱暴に押し込む。少女たちは、遂に耐え切れなくなったのかすすり泣きながら仲間たちの元に擦り寄った。

 元々檻にいた少女は、優しい言葉をかけながら押し込まれた少女を抱き留め、男たちを殺意の込められた瞳で睨み付ける。

 同じような境遇の少女が道具のように扱われ、赦せるはずが無い。なるべく自然に演技し、脱出を気取られぬようにとは言ってあるが、恐らくこれは彼女たちの本心からの行動だろう。


「また遊んでやるからなぁ……次は暴れんなよ?」


 屑共は(さえず)ると、三人が去り一人がテーブルにつく。徐々に遠のいていく三人の足音を尻目に、残った男は足を組みにやにやと薄ら笑いを浮かべて我々を眺めながら、机上のコップを手に取った。

 口許の布を外し、その中に入っていたのだろう黒い物体を取り出す。目を凝らしてみると、どうやら木炭のようだった。

 なぜそんなものをと考え始めた直後に、その思考を振り払う。それは今考える事ではない。

 隣の檻の女が、弄ばれた少女たちにこそこそと説明をしている。困惑している様子ではあるがすぐに理解したようで、我々の方を向き決意に満ちた表情で頷いた。


「あれ?コーヒーがねぇ……」


 男がコップの中身を見て不審がる。

 残り少ないコーヒーから私が水分のみを抽出したことで、今は成分が飽和する程に濃いコーヒーが残っていることだろう。

 我々は目配せを交わす。遠のく足音は、既に聞こえなくなっていた。奴がコーヒーを淹れるため席を立つ前に決める。好機は今しかない。


「今やっ!」


 春夏冬の合図を受け、私は同じ檻の三人と木で出来た格子を蹴り飛ばす。破壊工作が功を奏し、格子は容易く破壊された。


「なっ、お前ら!?」

「抑えて!」


 私の合図により、鬼の如き形相を浮かべた少女たちが複数人で男に襲い掛かる。体躯の差はあれど数的優位は覆ることは無く、男は短い悲鳴を小さく上げながら、少女たちの恨みを込めた拳により袋叩きにされ意識を闇に落とした。

 遠くの見張りの男たちの様子を見れば、我々の脱出に気付いた男たちが地面に置いていた武器を取っていた最中であった。

 ここから奴らの距離は数十メートルといったところ。少し走れば数十秒とも掛からず来れるような距離だ。


「ッシ!」


 春夏冬が向かいにあった檻を蹴り壊し、激しい衝撃音と共に木の屑が舞う。その中には、我々の荷物があった。

 荒々しい作戦とはこういう事である。

 私は男たちが来る前に、手早く荷物の中から剣を取り出す。鞘から引き抜き刀身を確認。一度大喰らいに噛まれたせいで、刀身に奴の歯形が付いているのが私のである証だ。ついでに水袋もいつものように腰に携え、蓋を開く。

 私たち以外の者も、各々の武器を取り出し構える。戦闘の準備は整った。


「お前らぁ……駄目じゃあねぇか……」


 大男とその他の男二人と、得物を構える私たちが相対する。

 大男が我々を舐めるように眺め、最後にその視線は私には止まり大男はにやりと下卑た、嘲るような微笑みを浮かべた。

 大男とは少し前以来だ。あの時は油断していたが、今回の私に油断は無い。隙は……あるかもだけど。

 それに、戦意に溢れた仲間たちもいる。


「さぁ、報復と行こうか!」


 私の言葉に、少女たちは力強く頷いた。

 彼女等の絶望、不安、恐怖そして憤怒は、最早希望と闘争心に変っていた。

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