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迷宮のレオーネ  作者: 朽木真文
二章 淫虐に聳える
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ST21 腹の中から

電車の中で「あ、もう5時じゃん」って思いながら投稿してます。遅い日は忘れてる日です。

 ゆらゆらと、懐かしい揺れを身体が感じ取り、意識の上澄みだけが覚醒する。どこか懐かしくもあるこの揺れはまるで、一年前に逃げるように故郷から街にやって来た時のようだ。

 しかし、そのときのような身体に満ちる明確な使命感は無い。其処に在るのはどす黒く濁った絶望。そして傲慢である。

 どうやら私は何者かに担がれているらしい。腰から上の感覚はまだ少し残っているが、下半身の感覚はまるで石像のようで腿から脚の末端まで感じ取れない。

 意識は舟を漕ぐように明滅し、視界は途切れ途切れに映し出される。それは辛うじて、数人の人物が担がれた私の前を歩いていたように見えた。

 ゆらりゆらりと揺れながら、屈強な肉体を持つ銀色の鎧の男に担がれ街に向かっている。それを暗緑色のマントを羽織った、金髪の背の低い女が先導していた。それ以外の情報は脳が受け付けない。いや、この今ですら情報量の多さに嘔気を感じている。


『————?————————――』


 金髪の女は私に、知的な微笑みを見せながら優しく語り掛ける。その声は幾重にも重なりつつ、雪崩のような勢いで脳に直接流れ込んでくるようで、聞き取ることは出来なかった。

 瞼が私の意識に関係無く閉じられ、再び開いた時には紙芝居のように場面は切り替わっていた。

 小洒落た内装の部屋でベッドに寝かされ、私の顔を二人の少女が覗き込んでいる。

 一人は天使と見紛うような、純白のブラウスと三つ編みにされたミルクココアの髪を垂らした女。もう一人は、同じくココアブラウンの髪をショートカットにした幼女だ。

 心配そうに私を見つめる前者に対し、幼女の方は何が起こっているかも分かっていない様子だ。くりくりとした瞳が可愛らしく、そして愛おしい。


『————―。――、————―?』


 三つ編みの少女が私に語り掛ける。その声はまたしても、解れた糸のように分散し聞き取ることは難しい。

 ふと、冷たい感触が頬を撫でる。

 少女は泣いていた。その涙の雫は私の頬に落ち、つうと私の顔を伝う。

 泣かないで、私はここにいるから。

 その声は届かなかった。なぜならこの口からは、この世の全ての怨嗟を集めて煮詰めたかの如き、唸り声しか出なかったのだから。




 ◆~~~~~◆




「テルミニ?おーい」


 肩を激しく揺さぶられて覚醒する。

 視界にまず飛び込んでくるのは、私と春夏冬、そして顔も知らぬ数人の女が閉じ込められている木製の檻であった。

 ここはどこか、そんな疑問が浮かぶ前に忘れていた記憶が蘇る。

 私は不覚にも大男に喉元にナイフ突きつけられた後、我々三人は謎の薬物が染み込んだ布を口許に当てられ、その薬品の効果で失神したのだ。


「春夏冬さん……ごめん、私のせいで」


 上体を起こし春夏冬に向き直る。


「いや、あれは仕方無い。うちもレグルスはんも気付いてなかったし、少し目を離し過ぎたな。隠密系の魔法持ちかも知れん」


 春夏冬がそう言うのならそういう事にしておこう。

 辺りを見渡す。ここはどこだろうか。朦朧した意識の中で、大男に担がれて運ばれるまでは記憶に残っているのだが、その前後の記憶が曖昧だ。

 どうやら森林の奥地のようで、鬱蒼と茂る木々が目に入る。まだ第二階層の内部であることは変わらないようである。

 木の檻は一つではない。私達が入れられている檻には、私と春夏冬を含めて五人。この檻の両隣にも同じような檻があり、五人と六人の女が入れられている。

 捕らえられているのが女しかいないのは、十中八九奴らの劣情の捌け口であるからだろう。あれ、その理論で行くともしかして私ってもう。

 ハッとした表情で私が腹部に手を当てるのを見て、春夏冬は苦笑いを見せる。


「心配せんでもまだや。うちとテルミニ、そしてここにいるのは全員第二階層の各地から運ばれて来たばかり。うちは運ばれた最中は気絶したフリやったから覚えとる」

「え、薬効かなかったんですか?」

「……うちは特別や。で、どないする?」


 と言われても。等と零す前に、もう一度周囲を見渡す。

 木の檻の外には、看守紛いの人物が座るのだろう木の椅子と机が一つ。机の上には、齧られた跡がある白パンと干し肉、そして薄汚れたマグカップが二つある。

 どうやら木の檻は、その机一式を囲み円のように配置されており、こちら側に四つの檻、机を挟み向こう側にもう四つの檻があるようだ。そして向こう側の檻の内の一つには、私達の荷物があった。

 いつもは腰に携えている水袋も剣も、残念ながらそこにあった。


「まぁ脱出でしょうね。春夏冬さんには手は無いんですか?」

「無い。……いや、あるにはあるんやけど、豪快過ぎて音でバレてまう。監視が厳しいんや。うちが今テルミニを起こしたのも、さっきまでそこにいた男が去ったからやし」


 恐らく檻を破壊するような手段だろうか。そして、推測通り看守紛いの役割の男が一人いるらしい。さらに、ここを牢獄と考えるのならば、その人物が一人である筈がない。

 不測の状況に対応するために見張りとペアになって行動する、もう一人の見張りがいるだろう。


「貴女達は?」


 相部屋となった三人の女にも訊くが、彼女らは怯えた様子で首を横に振る。彼女等にも手札は無いらしい。


「まぁ手があったら出てるよね……」

「テルミニはどない?」

「まぁ……あるにはあります。それも、静かに出来る手が」

「お?ほんま?」

「……前から気になってたんですけど、その口調なんなんですか?」

「あぁ……親譲りや。で、どんな手や?」


 私は檻の外側、机の上に置かれたコップに目線を移す。春夏冬の視線も釣られるようにコップに向けられる。

何の変哲も無い陶器のコップだ。ただそれは、コップであることには変わりない。


「あの中身次第ですけど」


 活躍どころが無くて忘れがちだが、私の魂には二つの魔法が刻まれている。一つは、『魂を視る魔法』だ。案内人としての生活で、この魔法は馬車馬のように酷使させてもらっている。

 そして、忘却の彼方にあるもう一つの魔法が『一掬いの水を操る魔法』だ。

『操る』魔法は、魔法の中でも最上級の強さを持つ。等と言われてはいるが、私のものは一掬いのという制限が付く以上、戦闘に転用することも出来ずそれほど強力な魔法ではない。

 しかし、腐っても操る魔法なのは確か。一掬いの量の水を、移動させるだけの能力ではない。その形状すらも、本質が水であるのならば私の意のままに操ることが出来るのだ。

 つまりあのコップの中身が水、もしくは水分を含んだ液体であるのなら、私はその液体を操ることが出来る。

 なんだ、案外使えるじゃん。


「中身?」

「はい。分かります?」

「いや、全然分からん」


 私は低く唸る。

 操る魔法とは言え、対象を見る事無く想像だけで操ることは出来ない。

 まず試してみればいいと思うかもしれないが、この魔法、「操る」魔法はそもそも対象を正しい状態で認識しなければまず発動すらしないのだ。

 水の量はともかく、水でない可能性もある。だからこそ、そのコップの中身を知り、大まかでもよいから量を知る必要がある。


「貴女達は?」

「……知りません」

「……知ら……ないです」

「わ……私も……」


 相部屋の三人も知らない様子だ。ならば時間はかかるが、密閉した私の水袋の隙間から、徐々に水を出すしかないか。

 そう考えて、それを実行に移そうとした時、ふと意識外から声が掛けられた。


「あの……」


 隣の檻からだ。視線を向けると、その惨い姿に思わず憐憫の視線を向けてしまった。

 装備は引き千切られ、最早服という呼称が正しいかどうかも怪しい。美しい面影を微かに見せるその茶髪は痛み、ささくれ立ち、その瞳からは既に生気が消えていた。

 彼女が既に、男たちによって弄ばれた後であるという事は、火を見るよりも明らかなことであった。


「私……知ってます」

「…………無理して思い出さなくても————」

「あのコップの中の液体ですね?……多分、コーヒーだったと……思います」


 良い情報を手に入れた。これで、あのコップの中身を操ることが出来る。後は量さえ分かれば完璧だ。


「量は分かります?」

「前に連れて……かれて……――――」


言葉が詰まる。恐らく彼女は、自身の記憶を追体験してくれている。そして記憶と言うのは往々にして、嫌な部分だけ目に付く。

 茶髪の女は思い出してしまった光景に怯えた瞳を震わせ、幾度か嘔吐く。檻の中に彼女の胃酸がべちゃりと広がり、独特な臭気を発した。

 私達は彼女の嘔気が収まるのを静かに待った。ふつふつと、自身の中で何かが滾るのを感じる。


「……ごめんなさい。少し……思い出してしまって」

「仕方無いことです。私も多分……いや、これはまだ綺麗なままの私が言っても、何にもなりませんね」

「ありがとうございます。……量ですよね。確か……私が最後に連れていかれた時には、満タン……コップの容量の八割ぐらいだったと思います」


 ここから見えるコップの大きさから見るに、八割がどれ程の量かは分かる。


「うち、その子が連れてかれたの見てたけど、その後は男が二度ほど口を付けてたで」

「なるほど。男の飲みっぷりは?」


 春夏冬は顎に手を当てて長考に入るも、答えは出そうにない。すると、相部屋の女の一人がそろりと挙手をした。


「結構豪快に飲んでいた……と思います。あいつを見るくらいしかやることが無かったから、多分……そうだったと」


 八割。即ちコップに満たされたコーヒーを、豪快に飲んでいたとあれば、約二割程度だろうか。駄目なら、三割や一割も試してみるだけだ。

 そう考えながら、私は檻外のコップに両手の掌を向けて意識を集中させる。何かを引っ張るような感覚を感じ、慣れ親しんだその感覚に私は成功を予覚する。


「よし」


 私は微笑んだ。私の小さな喜びを予覚し、春夏冬も釣られて笑みを湛える。


「――――行けそうです」

ブクマよろとか言うけど、多分これ新規の人がいない説ある。タイトル変えるか?…いや、クソ長タイトルはプライドが許さない…。

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