表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮のレオーネ  作者: 朽木真文
二章 淫虐に聳える
25/68

ST20 劣情の罠

「キリが無いな」


 レグルスが今にも頭を抱えそうに小さく呟きを漏らす。

 前方、我々の進行方向に(ひし)めくように密生するシャドーハンド。それも、比較的大きな個体ばかりだ。

 記憶の限り、シャドーハンドがここまで近い間隔で群生しているのは見たことが無い。シャドーハンドだけでなく、他の食人植物もだ。

 少しだけ違和感を抱くも、迷宮とはそもそも存在自体が不思議な場所だ。これくらいは誤差のようなものだろう。

 とは言えこの数。いくら弱い魔物とは言え、このまま無策で挑めば多勢に無勢だろう。何か策を考えねばなるまい。


「いっそ油を撒いて火を放ちます?」


 洞窟で使ったランタン用の油なら、帰りの分を含めてもまだ余りがある。しかし、私の言葉に春夏冬は苦笑いで応じる。


「き……鬼畜の所業やな。そんな事をしたら第二階層は『森林』から『火の海』になるで。うちらも危険や」

「流石に冗談です。じょーくじょーく、案内人じょーく」

「再構築まで待つか?」

「いつ起こるか分からない事を待つのは、精神的に来るものがありますね」


 再構築が起こるタイミング、条件は解明されていない。つまり我々探索者にとって再構築というものは、完全にランダムで起こるアクシデントだ。そんなもの、待つだけ無駄だろう。


「ここは素直に迂回ですかねぇ……。大体の方向は分かりましたし」

「異存は無い」


 腕を組みレグルスが同意する。シャドーハンドが密生しているのがこのエリアだけならば、迂回すれば無駄な戦闘を回避できるだろう。私は案内人としてはプロなので、問題なくゲートの方向も分かっている。

 ではまずは右側から回ろうとした時、息を潜めるように春夏冬が私達を引き留めた。


「いや……うちは反対。今すぐ帰るのが最善やと思うわ」


 その理由を訊こうとする前に、春夏冬が屈み込み地面を注視する。私達はどういうことかと一度目線を合わせ、同じように春夏冬の側に寄り屈んだ。

 屈むと、すぐに春夏冬が引き留めた意味を理解する。


「見てみ」


 春夏冬が指で示したその先には、ぴんと張られた細い糸があった。あると分かっていても時折見失ってしまうほどに細く、そして光を反射しにくい。

 よくこれに気付いたなと、思わず感嘆のため息が漏れる。知らない状況でこれを見抜くのは至難の業だ。現に、私とレグルスは気付いていなかった。

 この階層に蜘蛛型の魔物はおらず、蜘蛛の魔物の糸を他の魔物が利用するということは無い。迷宮の魔物は、階層を移動しようとすることはしないからだ。よって、迷宮で自然に糸が張られる訳が無く。これは明らかに、迷宮に人為的な工作がされた証拠だ。

 よくよく見れば、その糸は春夏冬が示した場所だけでなく、我々が来た方向を除き取り囲むように周囲に張り巡らされている。


「これって――――」


 糸の先を辿ると、糸は木の枝と幹を通し頭上の枝に隠すように置いてある、青く濁った液体の入った瓶に繋がれていた。

 獣用の罠ということも考えたが、それならば箱罠やくくり罠等の、簡単に作れて使い回しが出来るようなものでもよい。これはほぼ間違いなく、人間に対しての罠だろう。

 あの液体は……分からないが、恐らくは碌な効果を持たないだろうと思う。人間相手なのだから、麻痺、睡眠、催涙、筋肉弛緩、何でもあり得る。何なら即死まであり得る。


「人間用の罠ですか」

「せやな」

「罠を張ったという事は、定期的に見に来る可能性がありますね。恐らくは敵対した人が。確かに、出来るだけ早く逃げたいですね」


 罠を張る、それはつまり獲物が欲しいということ。当たり前だが、罠にかかった獲物を見に来る可能性がある。気付いてしまった以上、出来るだけ早く退散したい。

 いや、この残滓、そもそも本当に探索者が残した物なのだろうか。残滓はシャドーハンドの奥まで続いている。残滓の残り方から考えて、これは一週間以内に付けられたものだというのに、シャドーハンドの奥まで向かっているのはおかしくないか。

 これはつまり、一週間以内にここに通常より二回り大きいシャドーハンドが自生した。もしくは、この人物はシャドーハンドに襲われなかった。という事になる。有り得ないではないか。

 もしかすると、この残滓や足跡自体が、我々をここに誘き出すための罠であるのでは。

 そう春夏冬に告げようとした時、二人は既に各々の警戒態勢を取り、森林の奥に何かの影を捉えている様子であった。


「いや、もう遅い」

「はぁ……不覚や。囲まれてるで」


 周囲から複数の茂みの音が聞こえる。断続的に右でも左でも、我々が来た方向からも、そして数匹のシャドーハンドの奥からでも響くその音から察せるに、私達は春夏冬の言う通り囲まれてしまったらしい。


「鋭いじゃあねぇか……」


 茂みの奥から現れた大男がナイフの刀身を閃かせながら、下賤な笑みを目元に浮かべる。目元以外の表情が判別できないのは、奴らが総じて口元を布で覆っていたからだ。


「へへっ……嬢ちゃん、近くで見るともっと可愛いなぁ……でけぇ胸だなぁ……」

「そこのきつい口調の娘もだ。ひひひっ……剥き甲斐があるなぁ」

「男は()()()()()()()()からな……さっさと奴に渡そうか……」


 四方八方から屈強な男が姿を現す。不思議なことに、シャドーハンドの中から出てきた者共もいたが、彼らが襲われることは無かった。

 目元だけでも、特徴的な顔立ちの者が数名おり見覚えがある。

 麻薬や人身売買で名を馳せた巨大犯罪組織の頭目、残忍非道な連続殺人の犯人、街中で衛兵十数人を殴り殺した粗暴犯、巧みな詐術で複数の商会を潰した知能犯。

 詰所に似顔絵が張り付けてあるような、主に悪い意味で有名人ばかりだ。指名手配中だったが、道理で目撃情報も逮捕の報も浮かばない訳だ。


「さぁ……命が惜しくば抵抗するな。抵抗せずとも、股を開かねぇと殺すけどなぁ?ひひひっ!」


 黙れ屑と心の底から罵りたくなる気持ちをグッと堪え、私は春夏冬とレグルスに寄る。この人数相手では、自衛すらままならない可能性もある。私では荷が重い。

 この二人は、悪名高い二つ名の魔物ならいざ知らず、ただの人間相手に後れを取る二人ではないのだ。

 私が自然に戦闘員から外れているのは内緒だ。これでも、人任せなのには罪悪感を感じてはいるのだ。

 ……感じてるだけだけど。


「とっとと終わらせるで……視界に映したくもない屑や」

「同感だ」


 春夏冬は冷たく吐き捨てて剣を抜き、レグルスは帯を締め直す。そんな中、リーダー格だろうか、一際上背がある一人の男の哄笑が劈いた。


「小娘と男で何が出来る!?俺らだったら容易く縊れると!?ハハッ!!勇気も蛮勇となれば滑稽だな!」


 刹那、幾人かの男たちに変化が訪れた。

 ある者は掌に空気を裂くような紫電が迸り、ある者の眼前には焦がすような灼熱の球が浮かび上がり、ある者の頭上には水から刃が形作られ我々に向けられる。

 どうやら奴等の内の数人は魔法持ちだったらしい。


「勇気か蛮勇か、それを決めるのは――――」


 春夏冬が予備動作も無く苦無を投擲する。前方に並ぶ数人は抵抗する暇も無く、吸い込まれるように苦無が顔面を貫く。

 ただ、リーダー格の大男や魔法持ち等の、幾人かの強者を除いて。


「――――まだ早いんやないの?」


 しかし、苦無を躱す、もしくは受ける隙を春夏冬は見逃さない。

 蛇のように俊敏な動きで稲妻を操っていた魔法持ちの一人に寄ると、作業のように魔法持ちの胸を貫き、春夏冬が冷たく吐き捨てる。

 続けて春夏冬はリーダー格の大男に斬りかかるも、大男はその鋭い剣を難なく受け止め、返しに春夏冬の華奢な身体に蹴りを浴びせようと、その太い脚を薙ぐ。

 春夏冬は特出した柔軟さを生かし蹴りを躱すと、滑るように飛び退き、ついでとも言わんばかりにその先にいた一人の犯罪者の頸を貫いた。


「チッ……」

「いい動きじゃあねぇか嬢ちゃん。是非ベッドの上でも見せてもらいたいねぇ……」

「うぇぇ、吐きそうやわ。生理的に受け付けんから荷物纏めて帰ってくれへん?」


 春夏冬が大男と戦いを繰り広げている間に、レグルスも同時に動いていた。

 瞬時に数人の元に寄ると、一人の腹部に蹴りを叩き込む。衝撃のはずみで口許の布が取れ、ぼとりと黒い物体が落ちた。

 鈍い音を鳴らし蹴りが食い込み、苦悶の声を上げながら男は軽々とシャドーハンドの密生地に放り込まれる。

 先程までは男たちを認識すらしていなかったシャドーハンドたちが、こぞって男を切り刻もうと蔓を伸ばした。


「死ねよォ!」


 怒号と共に振り下ろされた剣をレグルスは甲で逸らすと、その者の喉を掴んで地面に叩き付ける。地面が割れ、男は泡を吹いて意識を失った。彼なら殺すことも容易いだろうが、あえて手心を加えているらしい。

 周囲の男がレグルスの強さにようやく気付いたのだろう。小さな悲鳴を上げながら男たちが後退りをするも、既に遅い。

 レグルスの鋭い眼光が、既にその者たちに向いていたからだ。

 私は邪魔にならないように、小さく縮こまりながら見渡す。

 流石の実力だ。二人は尚も男たちを圧倒している。春夏冬はそのしなやかさと俊敏さで、レグルスはその圧倒的な膂力で。それぞれが自身の長所を理解し、使いこなしている。

 数人、春夏冬とも互角に渡り合う輩がいるようだが、レグルスがいる限り問題は無さそうだ。あのリーダー格の大男も……。

私は周囲を見回す。しかし、探している人物はどこにもいない。

 あれ、大男の姿はどこに――――。


「おぉっとそこまでだ!」


 リーダー格の大男の、憤怒を隠そうともしない怒声が響き渡る。春夏冬とレグルスは同時に()()目線を送り、そしてその動きを止めた。


「この女が……どうなってもいいならなぁ!!」


 私の喉元に突き付けられた、鋭いナイフを目にしてだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ