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迷宮のレオーネ  作者: 朽木真文
二章 淫虐に聳える
24/68

ST19 違和感

曰く、この時間帯は伸びるらしい。というTwitterの情報を鵜呑みにしました。どうも、ウッウロボです。

 カリメアの迷宮第二階層。通称『森林』。

 巨大な樹木が密生し、大地は柔らかい土で覆われたエリアだ。

 一見どこまでも続くようにも見えるが、大昔に調査された結果動けるのは一定範囲内のみであり、それより外側へは出ることが出来ないようになっているらしい。曰く、不可視の結界に覆われているとか。

 目立った危険は特にないが、危険な毒草が自生していたり、周りを見渡しても全て同じ景色な為、方向感覚が失われ遭難することで命を落とすものは少なくない。

 しかし、自生するのは毒草だけではない。

 地上でも見られるような食用の植物も多く自生するし、洞窟と比べると、比較的食用に適した魔物も多い。

 まぁ洞窟はゴキブリ、蜘蛛、ムカデに蝙蝠だからね。衛生的にも見た目的にも生理的にも受け付けない。

 迷宮の中でどれか一つの階層だけを選び暮らせと強いられたのなら、私はこの第二階層を選ぶだろう。まだ第二階層という事で、強力な魔物が少ないのも要因の一つだ。

 とはいえ、喜んででは無い。有名な話だが、地上に戻れない犯罪者が、国家権力から逃れる為にここで暮らしているという。

 厳しい環境には違い無い筈なのだが、衛兵がいないというだけで彼らにとっては好条件なのだろう。おまけに、足が付かないので犯罪し放題と来た。

 強盗、強姦、快楽目的の殺人、人体実験の標的にされたなんて話もある。おまけに二つ名の魔物までいるのだから、我々のようにまっとうに生きている人間からすれば、地獄のような場所ともいえるかもしれない。

 あ、レグルスは確か法の視点から見れば悪人だったな。


「さて、やっとテルミニの出番やな」

「……今まで働いてなかったみたいに言わないでくださぁい」


 そう。この階層は案内人としての技量が如実に現れる。

 第一階層の洞窟は、いくつも枝分かれしつつも何処かには必ず出口に繋がる道が存在する。幾度か間違えてしまうかもしれないが、いつかは必ず正解に辿り着ける可能性があるのだ。

 しかし、この森林は話が違う。広大なこの第二階層に道という概念は存在しない。

 誰も目標となる次階層へのゲートの位置を理解し直進する者はおらず。だからこそ、正確な道を見分ける術が生存を分かつ。

 という事で、私は早速魔法を発動させ、魂の残滓を観測する。途端、視界には様々な残滓が色鮮やかに森林の土を飾る。

 以前、春夏冬に魂はどう見えるかと尋ねられたことがある。この場を借りてお答えしよう。

 魂の残滓は、簡単に言うと水を零したような感じに似ている。その残滓の散らばり方も千差万別であり、色や粘度によって特定の個人を判別できるのだ。一人として、同じ魂を持つ人間は存在しない。

 例えばレグルス。彼は少し赤に近い色をしている。赤い色、つまり暖色の残滓は幾人か知っているが、総じて揺るぎない信念を宿す人物が多い。彼の目的を考えれば、納得の色である。

 対して、春夏冬は深い青に似ている。寒色は聡く冷静沈着な人物に多い色だ。流石に、商売をやって成功させているだけはある。

 因みに私の魂の色は、濁ったような黒い色だ。この色は私以外に見たことが無い。まるで大喰らいの体皮のようなその墨色が、何を意味しているのかは私にはまだ分からない。

 ただこれは、私自身の魔法というつまりは魂の外付け器官で自身の魂を視ているので、その弊害だと思っている。我々が普段自分自身の姿を視認できないのと同じような物なのではないか、と。


「分かりました? 春夏冬さん」

「まぁ、大体は分かったわ」


 と、春夏冬に簡単に説明している間に見つけた。

 迷い無くこの場所に戻ってきている足跡がある。恐らくは、何度かここに挑戦しているチームがいるのだろう。

 普段は複数のそういった足跡が帰ってくる方向を纏めて、大まかな正解の位置を割り出すのだが、この足跡と残滓以外は迷いが強い。この様子だと辿り着けてはいないだろう。

 ここまで露骨だと少し怪しくも感じるが、これしか無いのであれば仕方が無いことだ。付いていくとしよう。


「こっちですね」

「行こか。ん、レグルスはん?」

「……いや。行こう」


 そうして私達は森林を歩く。

 歩くだけの地味な光景だ。私がもし、自身の経験を随筆としてしたためる機会があるとすれば、この光景だけは書き起こしたくないものだ。

 学の無い私では、適切な情景描写が思い浮かばない。

 雑草の端々にこびり付いた残滓を見て、進む方向を見定める。ここまで茂っていると足跡を見るのは難しい。残滓の方が楽で的確だ。

 過ごしやすい気温で、時折鳥の囀りも聞こえる。が、気持ち良い森の散策という訳にはいかない。

 空が青くなければ、やはり気分が乗らないものだ。人間にとって太陽とは、つくづく無くてはならないものなのだと再認識させられる。 

 私は天を仰ぐ。灰色の空は相も変わらずで、光球は私を睨み付けるように煌々と輝き続ける。

 迷宮に空はあるのかと問われたとしよう。迷宮は当然屋内であり、太陽がある筈などない。だがここには何故か、太陽のように我々を照らす烈日がある。

 答えるとしたら、その答えは否だ。

 ここの天井はレンガ造りのような、エネルギーを感じさせない灰色の天井だ。恐らくは、迷宮を構成する謎の物質なのだろう。そして、その中に一際明るい光を放つ光球が一つ。疑似太陽、とでも言うべきだろうか。それが太陽の代わりに迷宮を照らしているのだ。

 あの灰色の天井は、霞がかって見える程に高く遠い。あれが真の高さなのか、はたまた幻影の類なのか。気にはなるが、確かめる術は無い。そして、第二階層のあの太陽は沈むことが無い。

 そろそろ茂みが高くなってきた。私は残滓を見失わないように、慎重に草を掻き分けながら進んでいく。

 手袋越しに伝わる草の感触は擽ったいようで、どこか痛くもあった。

 第二階層に自生する植物の中には、非常に毒性が強い物も多い。直接触れるのは危険だ。さらに、魔物を解体するときにも魔物の体液で手を汚さずに済む。手袋は探索者のマストアイテムである。

 そうして進んでいたが、私達はある地点で足を止める。別に残滓を見失った訳では無い。ハンドサインを出さずとも一目瞭然な、つまるところ接敵だ。


「シャドーハンドですね」


 シャドーハンドは鞭のように蔓をうねらせる。大きく開いた毒々しい朱色の花弁が集まる中央には、小さな棘が無数に毛羽立っている。

 全体的な大きさは約4、5メートルほどだろうか。私を縦に三人並べたほどのこの大きさは、普段第二階層で見かける通常の個体より大きい。

 シャドーハンドとは、第二階層に巣食う植物系の魔物だ。食人植物というのは探索者たちの間で広まる俗称だが、実際に同じようなことをする。

 この魔物は鞭のように不規則な動きで操る蔓で対象を拘束し、その後刃のような別の蔓で対象をバラバラにして殺し、自身の周りに撒くのだ。

 自身で自身の堆肥を作るという、植物系の魔物の一匹である。人間を栄養分にするという点では、人食い植物と言っても差し支えないだろう。


「テルミニは気を引くだけでええ。うちとレグルスはんだけで片付ける」

「問題無い」

「大丈夫です」

「いくで!」


 手元の丸盾を構えながら、私はシャドーハンドの前に躍り出る。

 途端、私を捕獲しようと無数に打ち出された蔓。

 シャドーハンドとは何度か戦闘経験がある。その時も、戦闘に自信が無い私はこうして注意を引くのだ。だから、こうするのは慣れている。

 少しずつ後退しながら蔓を全て盾で弾く。身体を全て覆い隠せるように身を縮こまらせ、ゆっくりと蔓の有効範囲ギリギリまで後退りをする。

 鈍い音が鉄を打ち、衝撃はじんわりと私の腕へと伝わる。大柄なだけあり、いつもの個体よりも威力が高い。

 骨が軋むような痛みに私は思わず表情を歪ませるが、じきに終わることだと思えば耐えることは容易い。


「はぁぁぁ!」


 大声を上げ、高所から飛び掛かるレグルス。高く舞うレグルスに、シャドーハンドが驚いたように振り返る。

 シャドーハンドは魔物だが、本質は植物だ。視覚や聴覚など、生物のような器官がある筈がない。シャドーハンドはいったいどのように音を感知しているのかは気になるが、それを考えるのは後だ。

 植物系の魔物は弱いというのは、探索者の間では広く知られている。そして実際に、それは正しい。

 植物系の魔物には明確な弱点がある。生物なら首を刎ねれば大概の生物は死亡するが、頭は動き狙うのは難しい。しかし、植物には頭というものは存在しない。だがその代わりに。

 空間に溶けるように気配を消していた春夏冬が姿を現す。彼女は既に、シャドーハンドの根元に肉薄していた。そして、一度だけ剣を薙ぐ。

 刹那、蔓の動きは制止し、シャドーハンドは崩れ落ち生命活動を停止する。大地に張っていた根と花弁が離れ、活動を停止したのだ。


「ちょろいな」

「油断はするなよ」

「分かっとる」


 植物系の魔物は、根本さえ断ってしまえば簡単に倒すことが出来る。しかも、根本は大地に根を張り動くことは無い。動かぬ的に剣を当てれぬ者などおらず、これが植物系の魔物が弱いとされる理由だ。


「大喰らいと戦った後ですからねぇ」

「そゆこと。舌が肥えてしもたわ」

「比べる方が可笑しい話だ。ただの魔物と二つ名持ちではな」

「まぁそうなんですけどね」


 そう言いながら、私達は武器をしまい再び歩みを進める。魂の残滓は、まだ森林の奥深くまで続いていた。

 暫くそのように進んでいる内に、先程のように沈黙で歩き続けることに耐え切れなかったのか、春夏冬が先導する私に並ぶように歩み寄って来た。


「結構歩いたなぁ」

「そうですね。そろそろ中間ってところでしょうか」


 第一階層よりもかかる時間が少ないのは、第二階層は壁で隔たれていないからだ。迷宮は第三階層から一気に攻略難易度が上がるため、実質第二階層が一番攻略が簡単な階層という事になるだろう。

 ふと、春夏冬が不満そうに頬を膨らませる。


「なんや、迷宮探索って案外地味なんやな」

「そりゃそうですよ。現実は冒険譚のようにはいきません。竜を狩るとか、そういうのは創作でしかありえないことですよ。ねぇ?」

「そう……だな」


 同意を求めてレグルスの方を向くと、彼はばつが悪そうに目を泳がせる。

 第三階層にいるレッドドラゴンの巨躯は、遠方からでも判別がしやすい。なので、見てから隠れれば交戦することは無い。

 そもそもレッドドラゴンは、火を噴く巨躯の化け物だ。素材は非常に高額で売却できるが、危険すぎる。私自身も、ドラゴンと戦った経験は無い。

 ソロでやってきたというレグルスも、余計な交戦は避けて来た筈だ。戦闘でかかるコストというのは馬鹿にならない。出来る限り避けるのが、賢い者の選択だろうと思う。

 暫く三人で談笑しながら茂みを掻き分け進んでいく内に、視界に飛び込んでくる鮮烈な深紅。

 またか、と私達は少々うんざりしながら剣を抜く。そう、最初の一体を含めて、私達は道中で既に三体ものシャドーハンドと交戦していたのだ。

 その度に私は丸盾を構えて防御し、レグルスが奇襲するように見せかけて春夏冬が根元を狩るという事を続けていた。もううんざりなのだが、立ち塞がるというのなら止むを得ない。

 正直、ここまでのシャドーハンドの数には少々違和感を感じざるを得ない。この残滓の主は、本当にこの道を通ったのだろうか。

 再びの接敵。シャドーハンドは見慣れた様子で蔓をうねうねと動かし、私達に花冠を向ける。そして、この個体も一般的な個体より二回り大きい。

 戦闘の為、再び私達は武器を取る。しかし直後には、私たちから戦闘の意思は失せていた。


「こりゃあまた……」

「キリが無いな」


 次々と、私達に気付いたシャドーハンドが花冠をこちらに向ける。

 一匹、二匹、そして三匹と、その数はやがて数えるのも億劫なほどに。無数のシャドーハンドが我々の行き手を阻んでいたのだ。

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