EP3 英雄捜索記録
私の名前はエル・サピエイラ。
この迷宮の街に住む迷宮研究の研究者。そしてその研究費を稼ぐために、偶に酒場で詩を披露する詩人でもある。
迷宮は遥か昔からこの世界に存在する謎多き建造物だ。いや、研究者によってはあれは建造物で無く、特異な環境が齎した自然物だという説もあるにはあるのだが、その説を提唱するのはマイノリティだ。主流じゃない。
研究者たちの間で主流なのは、遥か太古の超文明を持つ民が建造した、祭事等に用いる塔であったというのが有力視されている。その根拠は、二年前に第四階層で発見された黒い遺物が関係しているのだが、この遺物がまた不思議なものなのだ。外見は少し厚めのナイフの刃ほどしかない長方形の物体なのだが、しかしその内部は精密に作り込まれており――――。
脱線したため本線に話を戻そう。
謎を解き明かそうとするのに理由は要らない。かく言う私もその一人なのだから。
しかしながら、迷宮の研究には多大な出費が掛かる。仕方の無いことなのだが、ただひたすらに金が掛かる。
迷宮の内部を調査するには優秀な探索者を雇わなければいけないし、迷宮内で採取された植物や鉱石、魔物の素材などを入手するには競りに出されたその素材を高額で買い取らねばならない。
研究者という職業はびた一文稼げない。なので、多くの研究者は研究者であると同時に他の職業を兼任していることが多い。私の場合それが、詩人だったというだけだ。
詩とは宴席のアクセント。言うなれば、肉料理に振りかける一摘まみの塩と胡椒だ。
どれだけ華やかな食材を用いて宴席が湧き上がろうとも、味を付けなければその感動は口を開き、歯を食い込ませるその一瞬まで。しかし華やかな空間という食材に、華やかな女と詩というアクセントを加えれば、その感動は歯を食い込ませ咬み千切ったとて絶えることは無く、それどころかさらに高く燃え上がる。ついでに、私の懐も暖まる。
そういう訳で私は日々迷宮の研究に勤しみながらも、詩人として詩の追求を止めることはしないのだ。研究費を稼ぐ為ではあるのだが、この仕事に楽しさを感じているのもあるだろう。
しかしながらここ最近、私には悩みがあるのだ。
その悩みとはズバリ、詩のレパートリーが少ないこと。
私が持つ詩の中で客の受けが良いのはやはり、異端のデュラや雷光の魔女、金獅子の魔物の詩曲だろう。しかし逆に考えると、それ以外の詩曲が無いのだ。
ハッキリ言うと飽きられている。最近の聴いてくれる客の数を見れば明らかだ。
私達詩人は、早急に次なる詩曲の題材を探すことを求められている。異端のデュラや、頂の暁光に続くような、新たな英雄の存在を。
「今日はどうしよっかなぁ……」
私はエールを口に含み、今日も探索者ギルドの端に目立たないように座る。そして、困り顔で探索者用に張り出された依頼をぼうっと眺める少女を見ていた。
飴色の髪の少女は小柄で、幼さの中に備わる可憐さの中にも、美を感じさせる端正な容姿。溜息と共に上下する双丘は、大きいと言ってもいいだろう。
海のような紺碧の瞳には一切の濁りも無く、飴色の髪は淹れたての紅茶のような香りすら幻嗅させる。
総じて評価すれば、美少女と評しても誰も文句は言わない筈だ。
テルミニ・テセス・ローレンライト。曰く、この迷宮都市の南方のローレンライト子爵領から迷宮都市に訪れ、探索者として活動している少女だ。
見たところ何の変哲も無い、見た目相応の思考回路を持つごく一般的な少女のようにも思える。役割としても探索者において最も華やかと言える前衛職や、魔法を用いた攻撃要員では無く、案内人という地味で地味で仕方無い役職に落ち着いてる。
何故、私はそんな彼女を見ているか。当然この疑問が浮かんでくることだろう。
その答えは単純明快。何故なら、彼女が英雄となる予感を感じるからである。
「むぅ……」
低く唸るテルミニを眺めつつ、私は今日も今日とて彼女の様子のメモを取る。
私も学者だ。仮定し、実験によって結果を導き出すことによって真実を追求するのがその仕事。彼女が英雄となる予感に、一切の根拠が無い訳ではない。
彼女は曰く、魂の見える魔法を持っていると言う。所謂生粋の案内人魔法と言われる魔法ではあるが、本質はそこではない。魂が、視えるという点だ。
命輝晶というものがある。他人の魂の欠片を取り込み、本人と分離することが出来る希少かつ危険な鉱石。だがしかし他人の魂を宿した状態の命輝晶からその魂を吸収することで、その切り分けた魂の主の力を継承することが出来るのだ。
かつて横行し大変な被害が生じ、今では命輝晶の所持すらも禁止された。しかしその出来事は同時に、魂というものの存在と魂が何たるかを我々人類に知らしめた。
魂とは、その人間の全て。意思、人格、記憶、技術、何もかもの結晶。それが魂なのだ、と。
となれば、魂が視えるという事はそれ即ち、その者の全てが視えるという事に他ならない。その結論に至ることは決して不自然ではないだろう。
そうとなれば魂が視える魔法という物は、案内人魔法なんて揶揄されるようなこじんまりした魔法ではない。「操る」魔法にも勝る、最も強力で汎用性に富む魔法と言っても決して過言ではないだろう。
それを宿した彼女が、何故案内人などという鞘に収まっているのかは知らないが、彼女は理由あって実力を隠しているに違いない。私はそう推測し、数日前から彼女を観察することにしたのだ。
実を言うと理由は他にもある。ただこれは理由というか、少し気になっているだけではあるのだが。彼女の生家、ローレンライト子爵家のことだ。
この迷宮の都市は、国の中でもかなり特別な扱いを受けている。それは、領主となる貴族が存在しないこと。無論代表者はいるのだが、この迷宮の街は自治区のようなもので、街の民が一丸となってこの迷宮都市を維持している。
詰まる所、この街で貴族の権威は機能しない。だからだろう。明確な敵対者がいないこの街を、多くの貴族が集会や会議の場所として選ぶのだ。
約10年前もそうだったそうだ。一介の詩人が集められる情報には限界があるため詳しくは知らないが、その日はここより南方のある貴族家が家族連れで話し合いの為に馬車でこの街に向かっていたらしい。
しかし運の悪いことに、彼らは道中で魔物の群れに遭遇した。
魔物は基本的に迷宮に多く潜むもの。しかしながら迷宮の外にも、迷宮内と比べると圧倒的に少ないながら確かに魔物は存在するのだ。
定刻になっても貴族家は現れない。疑問に思ったもう一方の貴族は、もしや彼らに何か良からぬことが起きたのではないかと憂い、魔物に襲われた貴族の領地に向かい駿馬を走らせたという。そしてその道中で、あり得ない出来事を目にした。
そこにあった光景は、魔物に食い千切られ、引き千切られ、弄ばれ、原型を留めていない貴族達と護衛達の亡骸。――――それと、圧倒的な膂力で撃ち抜かれたかのような魔物の亡骸。そして、血に塗れた子供用のハイヒールの足跡。それだけだったという。
その状況を目の当たりにした彼らは、一体ここで何が起きたのか理解できなかったという。
当たり前だ。
その状況証拠が示す真実は、まず貴族の一家が魔物による襲撃を受ける。護衛達の抵抗も一歩及ばず、彼らは抵抗する術も無く惨殺される。魔物共はきっと、咆哮と共に勝鬨を上げたことだろう。
しかしそこに、ハイヒールを履いた少女が現れた。屈強な護衛を容易く殺してのけた魔物共だ。そこに一人の少女が現れたとて、デザート程度にしか思わなかったことだろう。しかし違った。少女は、魔物共にとって死神にも等しい存在だったのだ。
少女はその外見に不相応な圧倒的な力で、魔物共を撃ち抜いていく。恐らくは剣ではないだろう。辛うじて考えられるのは、少女がそのような芸当を可能とする高火力の魔法を所持していたというところだろうか。
そして蹂躙を蹂躙によって救った少女は、そそくさとその場から立ち去った。貴族の遺体から金品を奪うでもなく、魔物から素材を剥ぎ取るでもなく。何もせず、ただ魔物を狩るためだけにその場にいたかのように、役目を終えた少女は煙のように。
これを現実だと信じる方が無理がある。少女はなぜそのような行動を取ったのか、なぜ一人立ち去ったのか、そもそもなぜその場所に偶然居合わせたのか。
謎多きこの事件は迷宮都市でも大きく取り上げられ、一先ずの仮定が出された。少女の足跡の正体は、闘争を好む生態を持つ少女に限りなく近い外見を持つ魔物であった。そして、偶然見かけた魔物共を襲ったのではないか、と。
誰もが、そんなことは有り得ないと考えたという。しかし、それ以上の仮定を導き出すことも叶わない。
そうしてその事件は、闘争に狂う少女型の、狂乱の申し子とも言えるべき魔物が関与した事件。「血狂いの娘事件」と呼ばれるようになった。
マッドドーター事件の被害を受けた貴族は、ここより南方に領地を持つ貴族だという。そして、ローレンライト子爵家もここより南方に領地を持つ貴族の一つ。
「あ、これにしよ。ゼクレ!依頼これにする!」
10年前と言えば、丁度頂の暁光が頭角を表して来た時期。そして、迷宮の第一階層に大喰らいとは別の、黒い体皮に覆われた獅子の如き形状の魔物が現れた時期と丁度重なる。
だからと言って、それら全てに関連性がある訳でも無い。
ただ、こればかりは勘だ。学者の勘が疼いている。
これらの材料はまだ、結ばれていない点の状態なのだ。何か他に、これらの材料を綺麗に線で結ぶ事が起きさえすれば、あるいは。
「うんじゃ、行ってくるわ」
「気を付けてくださいね?テルミニさんって肝心なところでドジ踏むんですから」
「分かってる。それより心配なのは契約を維持出来るかダヨ……」
彼女と仲の良い受付嬢がテルミニを見送り、テルミニはギルドから離れ去る。受付嬢が少し私を睨んだように見えたのは、気のせいだろうか。
早速と私も彼女の観察を続けるために後を追おうとすると、気付けばテルミニを見送った受付嬢は私の眼前に怖い顔をして立っていた。
「貴女、サピエイラさんですね?」
「え? いや、そうですが?」
私がそう答えた途端、彼女は強引に私の手を引いて連れ去ろうとする。
「付き纏い行為の常習犯だそうですね。少し、お話を伺っても?」
「えっ……嘘っ!?」
こうして私は、探索者ギルドの奥に連れ去られたのであった。
しかしこんなことで私は立ち止まらない。
私は絶対、テルミニが英雄となる瞬間を詩にする。こんなことでは私は止まらないのだ。
以上、閑話ラッシュでした。暫く休憩した後に二章へ突入します。ブクマや感想等よろしくお願いします!




