EP3 案内人の小噺
一生ブクマが増えない。PVはあるんだけど、掴みきれて無いってことかな。まだまだ精進ですねぇ、えぇ。
案内人という役割は、正直に言うと廃れ始めている。それは、一般的な探索者パーティーの構成を考えれば分かるだろう。
剣や、槍などの近接武器を持ち、敵の攻撃を一手に担う前衛はパーティーにおいて必須の役割だ。それと同時に、探索者の中で最も多い役割である。
最も危険な役割でありながら、最も注目される役割でもあるだろう。しかしながら特殊な技術や魔法が必要無く、私だってなろうと思えば明日からなれる簡単さが売りだ。そして、前衛の敵の攻撃を捌く技術はどの役割でも腐ることは無い。
最も死に近いが、手軽で得られるものも多い。そんな役割だろう。
弓などを得物とする中衛、後衛もパーティーの安定性を高めてくれる役職だ。
魔物は何も、単体で襲ってくる訳ではないのだ。遠距離から群れの魔物を攻撃することで数を減らし、前衛の負担を軽減する。また、近付くことが出来ない魔物に対しての手があるというのもいい点だ。
魔法による後衛、前衛はその魔法によって大きく左右される。
雷光の魔女の如き、『操る』魔法や『する』魔法などの強力な魔法を持っていれば、いずれ英雄として詩人が詩として語ることもあろう。しかし強力な魔法であっても使い方を理解していない場合、もしくはさえない魔法であれば今の私のようになってしまうだろう。
そして、戦闘以外の面で役に立つのが斥候だ。
偵察により接近前に敵を発見し、その戦力を推定。痕跡を精査することで敵の種類や位置を把握。エトセトラ。
戦闘は戦う前に勝敗が決まっている。というのはよく言ったもので、戦闘は情報によって大きく左右されるものだ。斥候が果たす役割と言うのは、前衛と同じほどに大きい。
で、案内人はどうかな。
役割としては、迷宮という場所に特化していると言ってもいい。
再構築などの迷宮のシステムや、各階層の魔物の種類等迷宮に対して造詣が深く、斥候における偵察を行わない代わりに、迷宮を正しく上る道を導き出す。
ただ、案内人が役に立てるのは探索者が迷宮に慣れていない時期だけ。大抵は荷物持ちとして扱われるものだ。実を言うと私が案内人として契約を維持できないのは、荷物が全く持てないのが理由としては大きい……と自分では考えている程。
「だからって……」
私は歯を音が出る程噛み締めながら、辺りを見回す。
煌々と照らす太陽。しかしながらここは迷宮内のため疑似的な太陽ではあるのだが、心なしか本当の太陽よりも殺人的な日光に感じる。
足元の感覚は、この辺りでは味わえることの無い不思議な感触だ。包み込まれるようで、それでいて適度な硬さがある。まぁ、もったいぶってますけどふつーーーーに砂の上なんですけどね。砂ですよ、えぇ。
周囲の光景は殺風景の一言に尽きる。むしろそれ以外語ることが無いのではないかと思う。
迷宮の壁の灰色と、地面に広がる薄いベージュの二色で構成されたこの世界。所々気持ち程度の深緑のアクセントがあるが、そんなもの誤差のようなものだ。この一面砂の世界では。
「……ここに置いてくこと無いだろ!あんのクソジジイがァァァ!!!!」
そう、ここは迷宮第四階層『砂漠』。師匠から、非力な私は一人でここから抜け出して力を付けろ、的な感じで一人放り出されてしまったのだ。
◆~~~~~◆
「水は……一週間分はあるかな。食料も……まぁ大丈夫」
気を取り直して装備を確認する私。既に去ってしまったのだから、これ以上文句を言ってもエネルギーの無駄だ。
装備を確認し、迅速に行動を開始しなければならない。第一、第二、第三階層ならまだしも、第四階層より上はそろそろ、迷宮の環境自体も探索者の死因に挙がってくる危険な階層だ。行動は早ければ早いほどいい。
「……あっちか。会ったら絶対一発ぶん殴る……本気で殴るから」
怒りを隠し切れず思わず吐き捨てる。
水や食料等の消耗品、武器防具等の装備を確認し終わったため、魂を視る魔法にて帰り道を探していたのだ。
あのジジイ足早すぎだろ、と文句を言いたい気持ちをぐっと堪えて道を確認し終えたため歩き始める。
砂は細かく、踏み出す度にブーツを呑み込み非常に歩き辛い。この状態で走っても、大した速さにはならないだろう。
第四階層『砂漠』は、その名の通り見渡す限りの砂丘が続く灼熱のエリアだ。砂は乾ききっており熱を帯び、遮蔽物が無いため直射日光を避けられず体温は上がるばかり。
さらに植物も無いため水が存在せず、このエリアで最も多い死因は遭難の末脱水症状で死に至ることだ。迷宮外の砂漠とは違い雨が降ることも無いため、鉄砲水なども起こらない。
魔物の厄介さも第一階層と比べて桁違いだ。小さな蜘蛛やムカデなんて、赤子の手を捻るように縊ることの出来る凶悪な魔物が揃っている。ただ、ここの二つ名の魔物は他と比べて対処法があると言うのが僅かな救いか。
熱砂滾る危険地帯。と、言いたいところだがさらに厄介な点が一つ。
実はこの砂漠、第一第二階層とは違い、夜という概念がある。
迷宮は、第一第二階層を除き、実は全ての階層に昼夜という概念が存在する。外と同じように、空に浮かぶ疑似的な太陽が沈み月夜が訪れるのだ。
夜が訪れるとどうなるか。当然、砂を温めていた太陽は沈む。すると砂は急激に温度を下げ、危険な魔物が跋扈する極寒のエリアに変貌する。
炎暑と厳寒。そしてそれを彩る愉快な仲間たち。それがこの迷宮第四階層『砂漠』の正体なのだ。
せめてもの救いとしては、この階層に潜む二つ名の魔物である人払いの魔物には明確な対処法が存在しており、他の二つ名と比べても危険度は遥かに低い。といったところか。
そんな危険な砂漠に普通、こんないたいけな女の子置いてくかね。あの人もしかして、狼か何かに育てられたのかな。
「あっつ……」
疑似太陽を睨み、水袋から水を呷る。
それにしても、迷宮というのはやはり不思議な場所である。
誰が、何のために建造したのかという疑問は勿論ではあるが、着目すべきはその技術力だ。
絶対に壊すことの出来ない素材、金色のフレームと星空のようなゲート。天を突くかの如きその高さは、神より大陸に打ち込まれた楔と言われても、恐らく納得できてしまうだろう。
それだけでも驚愕には足るというのに、一度中に入れば大自然と見紛う程の環境が広がっていると来た。それも、洞窟、森林、草原、砂漠に火山など、階層ごとに色を変えたものが広がっている。まるで、神のテラリウムだ。
疑似的な太陽はどのようにして浮かんでいるのか、そして動いているのか。迷宮に魔物が多いのはなぜか。他の階層をどのようにゲートで繋いでいるのか。謎は多い。迷宮の研究者がいなくならない訳だ。
などと考えていると遥か前方から、舞い上がる砂埃が徐々にこちらに近付いてくる。無論、接敵である。
鞄からいくつかの道具を取り出しウエストポーチに押し込むと、私は腰に佩いた剣を引き抜き構える。既に砂埃は、目と鼻の先にまで迫っていた。
「――――――――!!」
砂埃を巻き起こしていた主が砂から飛び出す。
全長は私二人分ほどの、巨大な鮫型の魔物。サンドシャークだ。その大顎から覗く牙は、私の皮膚を容易に貫いてしまうだろう。
砂から飛び出したサンドシャークの突進を躱す。サンドシャークはその勢いのまま私の背後の砂に飛び込み、今度は砂埃を起こさぬほどに深く潜った。
これがサンドシャークの狩りのやり方だ。砂中に潜り込み対象に緊張を絶えず与え続け、その糸が途切れた時に予測不可能な攻撃を与える。
この状態に陥ってしまえば、私は何処から、そしていつ来るかも分からぬサンドシャークの攻撃に怯え続けなければいけない。
私の持っている道具が無ければ、の話だが。
「いらっしゃいませー!!」
ウエストポーチから取り出した球から垂れる紐を思い切り引き抜き、目の前の地面に力いっぱい投げ付ける。そしてそれとほぼ同時に、私は耳を塞ぐ。
直後、砂漠に瞬く閃光と、けたたましい轟音。その雷鳴の如き爆音は砂の中でさえも容易に届いたようで、身体を軽く痙攣させながらサンドシャークが砂中から飛び出した。
その要因は、私が今砂の中に投げ込んだ球体にある。
迷宮便利道具の一つ、音光弾。紐を引くことでこのように、激しい光と音を生み出すことが出来るものだ。
用途はこのように、視覚や聴覚の鋭い敵に対して判断力や行動力を奪うもの。サンドシャークは特に聴覚に優れており、このような子供騙しでも効果は如実に表れる。
一番依存していた感覚が奪われた相手を縊るのに、変な技術も膂力もいらない。動かない的に斬りかかるのと同じことなのだから。
あまり力を入れずに、サンドシャークに刃を突き立てる。鱗も甲殻も無いサンドシャークの身体にすんなりと刃は侵入し、幾度かその身体が痙攣する。
「あ、そういえば。サンドシャークのヒレって割と高値で取引されてるんだったなぁ……」
この迷宮がどこまで続くかは知らないが、人類が達成した最高記録の半分である第四階層にもなると、魔物の素材も第一や第二と比べるとかなり高額で取引されてくる。
その中でもサンドシャークのヒレは珍味として、一部の食通が好んで食べるそうだ。下手物にも思えるが、まぁ別に高く買ってくれるのだから我々探索者にとっては別にいい。
ということで、サンドシャークのヒレも切り取り鞄にしまう。本当は別の部位も持って帰りたいところだが、この砂丘では血抜きの為に吊るす場所も無いし、何より解体する時間が惜しい。
サンドシャークの亡骸に一瞥をくれ、さっさとこの場から立ち去る。まだ出口となるゲートを視認することすら出来ず、砂丘は地平線の彼方まで続いている。詰まるところ、先は長いのだ。
◆~~~~~◆
「……?」
異変に気付いたのは、女の勘と言うべきか偶然と言うべきか。どちらでもいいが、迷宮ではその感覚が生死を分ける事にもなる。
歩けど歩けど、視界に映る景色が一切変わらないのだ。それに、視界がどこか白んでいる気もする。
確かに、目印の無い広大な砂漠を一人歩いているのだ。そのように錯覚することもあるだろう。と、大抵の者は軽い出来事のように流してしまう事だろう。ただ、この第四階層に潜むある魔物について詳しく知っていればそうは行かない。
おもむろに剣を引き抜き、足元の砂に突き刺す。なんてことはない、当然だが、刃が突き刺さり血潮が噴き出る等と言うことは無く、剣先は砂に埋もれた。
次に、前方に突き出してみる。これも何も起こるはずが無い。鈍の刃は虚空を貫き、私の細腕を疲れさせただけだ。
「まだ大丈夫か……」
剣を突き出したまま、私は慎重に狭い歩幅で歩みを進める。一見、何の意味も無い奇妙な光景にも思えるが、その意味はすぐに現れるだろう。
一歩、一歩。その歩みは何の変哲も無い一歩だ。しかし、もう一歩を踏み出した時、違和感は確信となった。
視界の光景は広がる地平線だけだというのに、虚空にて何かに突っかかる剣先。刹那、目の前の空間がぐにゃりと、紙を握り締めたかのように歪み始めた。
「いた」
現れたのは背びれや尾びれを持った、砂漠に場違いな魚のような魔物だ。いや、鮫もいるしあながち場違いとも言えなくはあるが。同時に周囲の景色が歪み、白い霧へと変化する。
魔物はまるで自身の口に獲物が飛び込んでくるのを待っているかのように、間抜けに大口を開けている。
この魔物はベゼッセンハイト。人間の精神に作用する毒の霧を放つことで、その霧を幻の景色に誤認させ獲物が口に飛び込んでくるのを待つ魔物だ。
この魔物に対する知識が薄ければ、対処は非常に難しいだろう。この魔物に対処するには、ただでさえ変わらない景色に気付くと同時に魔物に刺激を与え、幻覚を解かせなければならない。少しでも気付くのが遅れ、気付いたら口の中でしたでは駄目なのだ。
「―――――!!」
「はいはいつよいつよい」
しかし、分かってさえいれば簡単だ。
ベゼッセンハイトは広げていた大口をさらに大きく開き、私を丸呑みにしようと襲い掛かる。
このように、ベゼッセンハイトは自身の正体に気付かれると、ただでさえ大きな口を開き考えなしに齧り付こうとする習性がある。それを利用して、爆弾でも何でも放り込んでやればいいのである。
そう、ここで登場するのが迷宮便利道具の一つ、爆弾だ。
爆弾とは、読んで字のごとく爆発する弾である。導火線に火を付けることで、いずれ内部の火薬に着火し破片を撒き散らして爆発する。劇的な殺傷力こそないが、至近距離で命中すればその破片は全て命中する。そうなれば、否が応でも深手を負うだろう。
爆弾をベゼッセンハイトの口内に放り込むと、私は真横に飛びながら耳を塞ぎ、そのまま姿勢を低くする。
刹那、橙色の閃光が瞬き猛烈な爆風が迸る。激しい土煙が巻き起こり、砂漠を駆け抜けていった。爆心地のベゼッセンハイトは、口から黒煙を上げながら数歩たじろいだ。
まだ気を緩めるには早い。私はすぐさま起き上がり、怯んでいるベゼッセンハイトに刃を突き立てる。この階層で鱗や甲殻を持つ魔物は少ない。このベゼッセンハイトもそうだ。
刃はすんなりと侵入し、硬いものを折るような感触が手に届いたと思うと、ベゼッセンハイトはぴくぴくと痙攣しその動きは徐々にぐったりとして、そして止まる。
「あ、そういやこいつのヒレもそれなりだったっけ」
ということで、ベゼッセンハイトからヒレだけを切りさっさと出発する。
この魔物のヒレも割と高額で取引されている。本当は頭部にある、幻影の霧を発生させる器官の方が高値なのだが、解体の時間が惜しいので見逃してやろう。
景色はほんの少しだけ変化を見せており、地平線の彼方には黒い点のようなものと、黄色い点のようなものが見えてきたところだ。恐らくはそろそろだろう。
「ぜってー殴る。いや、……蹴る!」
それだけを原動力に、私は先に進んでいくのだった。
◆~~~~~◆
「魚屋かいな」
当時私も思ったことを突っ込む春夏冬。カラン、と乾いた音と共にグラスの氷が底を突いた。
「結局無事に帰れたん?」
頬杖を突きながら、春夏冬が心配そうに訊ねる。
「一応帰れましたよ。死にかけて殴るどころじゃなかったですけど」
その後私は無事に第三階層ヘのゲートを見つけ、順調に第二第一と一週間ほど野営を繰り返しながら、迷宮の外まで生きて辿り着いた。
二つ名の魔物とも遭遇せず、危険な魔物との接敵も少なかった。私の体力も限界に近く、生きて帰れたのは運が良かったと言わざるを得ないだろう。
帰ったとき酒場で呑んだくれていたジジイを見ても、怒る気力が浮かばない程に。
まぁ一応は蹴ったけど。
「魔物の巣の中に置いてかれたこともあったよね」
「……あった。死ぬかと思ったよあれ」
べグラトに言われて思い出す。迷宮の外、大量発生した魔物の群れに放り投げられたことがあった。
結局は抜け出すことは出来ず、ギブアップして師匠に群れを掃討してもらったのだが、あれは本当に危なかった。魔物の牙がもう少しで、私の肌に突き刺さる所だったのだから。
「にしてもスパルタやな、その師匠」
「今となっては笑い草ですから、感謝……はしてないけどまぁ。それに、お陰で迷宮の知識について深まりましたし」
当時は迷宮についてはそれなりに勉強してきたつもりではいたのだが、実際に触れてみなければ分からないことも多々あった。
例えば、第三階層は草原ではあるが、実際には小規模な林が点々としており平野と呼ぶべきエリアだったとか、第二階層に生息するシャドーハンドは、その刃状の蔦で自身の堆肥を作っていたとか、第一階層のケイブセントピートが吐き出す酸は、金属も容易に溶かすことが出来るとか。
これも今に繋がったと考えれば、まぁ……悪いことじゃなかった……のか?
「あぁ!やっと来た、遅いでレグルスはん」
遅れて入店するレグルスは、我々を見つけ無言で席に腰を落とす。
腕を組み、尚も石のように硬いその表情にはどこか、「お前のせいだろ」とでも言いたげな陰が差していた。
「じゃ、始めよか。テルミニの回復祝い!」
そう言うと春夏冬は、エールがなみなみと注がれたジョッキを高く掲げた。
黄金の飛沫が舞い上がる。中空で光を乱反射しながら瞬くそれは、どことなく迷宮で散々睨んだ疑似太陽にも似ている気がした。
「かんぱーい!」
「お前まだ未成年だろ」
「あぁぁぁぁぁ!!うちの初エールがぁぁぁ!!!」
「え……そうだったんだ」
数分後、そこにはレグルスによってエールを取り上げられる春夏冬の姿があった。




