ST1 ソロプレイヤー
※ゆっくり投下していきます
「と、取り敢えず自己紹介しましょうか!」
利用無料の財布に優しい探索者ギルド応接室にて、私は愛想笑いを貼り付けながら立ち上がる。
喋る前に、自分の顔を両手で触り確認。
大丈夫だろうか。私は上手く笑顔でいられてるだろうか。笑顔じゃなかったら殺されたり…は流石に無いと信じたい。
ふー。と、ゆっくりと息を吐き気持ちを落ち着かせる。そして、私は小刻みに震える唇を持ち上げる。
「私はテルミニ・テセス・ローレンライトです。案内人やってます! 一年目です」
「新人だな」
「…はい」
彼の重く打ち付けるような声に、私は一瞬怯みながらも答える。何この人滅茶苦茶怖い。
「どこまで行ったことがある?」
「えぇーっと……砂漠です」
我々が主に迷宮と呼称するカリメアの迷宮は、その内部に幾つかの階層が存在する。しかも内部の空間が歪んでいるのか、階層ごとに環境が全く異なるのだ。
第一階層は洞窟と言われるエリアだ。迷宮の外見からは想像も出来ないほどの広い洞窟ではあるが、そこは第一階層。危険は少ないと言ってもいい。
第二階層は森林。言われなければ、そこが迷宮という建造物の内部であるとは気が付かないほどの、広大で緑に溢れたエリアだ。ただ、地上に戻れぬ犯罪者がここで暮らしているという噂がある。出来れば長居はしたくない場所だ。
第三階層は草原。風も心地好く、ピクニックでもしたくなるような草原ではあるが、跋扈する魔物がそうはさせてくれない。とはいえ、遮蔽物の無い草原は見晴らしがいい。索敵に注意すれば、接敵は無いだろう。逆もまた然りではあるが。
そして、第四階層が砂漠。煌々と照りつける太陽により昼間は猛暑を、日が沈んだ夜間は熱はを奪い取り極寒が訪れる。そんなエリアだ。
尚、第四階層に関しては探索者としては行ったことが無い。最後に行ったのは、師匠に連れられた時だろうか。
「成程、上出来だな」
「あ、ありがとう……ございます?」
何故かお礼を言わねばならない気がして、私は咄嗟に低頭する。
緊張で頭が上手く働かない。私は早くも、直での契約を受けようとした選択を後悔し始めるようになっていた。
「あのぉ」
「俺はレグルスだ」
それだけ告げるとレグルスは口を閉じ、応接室に居心地の悪い沈黙が暫く満ちる。
「え、あれ? それだけ? ……所属チームは?」
そう、一般的に案内人は個人とではなく、その探索者チームと契約を交わす。その理由は、前衛や魔法持ち等という一般的な探索者の人間と、案内人との役割が大きく異なるからだ。
なので私は彼の口から探索者チームの名が出ることを待っていたのだが、いつまで待っても出てこない。
だから私はつい沈黙を打ち破り、困惑を吐き出したのだ。すると、レグルスは不思議そうに開口する。
「ソロだ」
「ソ、ソロ!?」
思わず絶叫を上げてしまう。
一般人の思考回路で行けば、迷宮の攻略は複数人でなくてはならないと気が付くだろう。
一人では戦闘の役割分担が出来ないではないか。魔法持ちは魔法だけ、剣士は剣のみの戦闘を余儀なくされる。敵との相性なんて考えずにだ。
野営時の見張り役はどうする。一人だと寝込みを襲われても一切の抵抗の余地が無い。マッピングも、料理も、罠の警戒も、索敵も、全てを一人でこなすには無理がある。迷宮攻略に一番大事なスキルは、友達を作ることだと言われるほどだ。
私もこうして契約を切られてはいるが、一応最終手段の避難先として友人がやっているチームがある。
そう、お一人様お断り系ダンジョン。それが、迷宮というものなのだ。だと言うのに。
「え、ソロ!? 嘘でしょ嘘でしょ! え、……ほんと?」
「嘘を吐く理由が無い」
毅然とした態度に、私はあることに気が付き閉じない口を手で抑える。
そ、そうだ。私が彼に雇われれば、パーティーメンバーは私含め二人になる。ソロから人を雇うという事は、ソロでの迷宮探索は無理だと察したという事だろう。
という事は彼が、斥候の知識がある索敵やマッピングや料理が得意な前衛のショートスリーパー出ない限り、今まで彼がやっていた様々な雑用が回ってくる訳で…。
いや無理無理無理無理!
私はレグルスの怪訝そうな視線を気にも留めず、激しく首を横に振る。
「無理ですよそんなの!! 私案内しか出来ませんよ!? いやほんとに! 戦えないですし!」
「騒ぐな。まだ契約の概要を説明していないだろう」
「いやでも! ……んん分かりました」
どうせ色々任せるんでしょ、やってられませんよそんなの。なんて吐き捨てて立ち去りたい気持ちをグッと堪え、私は渋々腰を下ろす。
彼の言う通り、まだ契約の内容を聞いていない。もう殆ど受けるつもりは無いが、聞くぐらいならいいだろうと思ったのだ。
「索敵、戦闘、その他諸々、全て俺が一人でやる。お前は、案内人としての仕事と、もう一つを全うしてくれればいい」
「むぅ」
まさか本当に斥候の知識がある索敵やマッピングや料理が得意な前衛のショートスリーパーだったとは思わなんだ。一瞬で私の懸念していた事が吹き飛び、私は低く唸る。
案内人は、荷物運びを兼ねて雇われることが多い。そう、今までの契約もそうだった。
当たり前の話だが、荷物は重い。魔法薬や薬草、地図等は勿論のこと、蝋燭や食器類、様々な用途の布が幾枚か。それだけじゃない。換えの武器や場合によっては鎧、帰る時には魔物の素材なんかも含まれる。
自分の分ですらとても重いと感じるのに、それを数人分持たされるのだ。それはとても、私のような成人して少しの女に持てる重さではない。
それに、その状態で魔法を扱わなければいけないのだ。魔法は何も無意識に出来るものではない。慣れの要素は多少あれど、精神を集中させる必要がある。
だから今、この依頼は私が今まで見てきた中で一番の好条件になったのだ。
耐えられる程度の自分の荷物を運びながら魔法さえ使えば、私は何もしなくてもいいのだから。
「……報酬は?」
「お前が七、俺が三でどうだ」
「えぇ!!? そんなに…」
私はまたも絶叫を上げる。
探索者は、何も迷宮に潜れば金が貰える訳ではない。
探索者が金を稼ぐ方法は二つ。一つは、探索者ギルドに張り出された依頼をこなし、依頼人から報酬を貰う事。もう一つは、迷宮内で採れた素材を売る事。
一般的な探索者チームでは、それらで得た金銭を事前に決めた配分で山分けするのだが、危険と隣り合わせの前衛ならともかく、案内人の配分は低い。
そんな私に七割も譲るというのだから、驚くのも無理は無い。
「え、あの…。知ってます? 相場」
「あぁ。確か二割程度だろう」
「知ってて言ってたんですか……」
相場を知らない可能性を否定された私は、不思議そうな表情を浮かべるレグルスを他所に思案に耽る。
ちょっと待った。この依頼、どう考えても虫が良すぎる。
戦闘もせず、料理や荷物運び等の雑用もせず、案内人としての仕事を全うするだけで七割の報酬が支払われる。
私は再び低く唸る。
やはり冷静に考えなくてもいい話が過ぎる。こうなれば、この契約の裏には何か裏があると考えるのが自然だろう。迷宮の第二層には、探索者の身ぐるみを剥いで生計を立てる者がいるらしいし、その協力をさせられるのかもしれない。
いや、最近聞いた話では、男性だけのチームに雇われた女性案内人が、強姦された上に暴行を加えられ、息絶えた姿が発見されたらしい。この契約を受けたら最後、私はその二の舞になってしまうのでは。
悪い想像は止まりそうにない。
「因みに、なんでギルドを通さないんですか?」
これ程の契約条件であれば、ギルドの仲介で報酬金が少し減ったとしても喰いつく案内人は多いだろう。それこそ、ベテランの案内人でも嬉々としてだ。私の師匠でも喰い付くかもしれない。
それなのに何故、ギルドを仲介しないという選択を取るのか、私には分からなかった。
すると、レグルスは言いにくそうに口を開く。
「ギルドに素性を探られたくない」
うわ、こいつ完全に犯罪者だ。私は確信する。
一般の者が探索者としてギルドに認められるには、ギルドから素姓の調査を受けなければならない。迷宮と言う閉鎖空間の中、犯罪の発生を事前に防ぐためだ。効果は微々たるものではあるが、それでも無いよりはマシという事で続けられている。
それを受けたくないとはつまり、そうつまりである。
「契約の概要は理解しました近日中に返答いたします今日はコレニテシツレイシマス!」
「そうか」
私は逃げるようにギルドの応接室を後にし、出来る限りの早歩きで廊下を抜ける。息を止めてしまうほど必死だった私は、見慣れたギルドのホールが見えた時、思わず安堵のため息が漏れた。
「あ、テルミニさん。どうでした?」
見知った顔、ゼクレが私に気付き、足を止めて私に話しかける。書類を抱えたその姿は、依頼用の掲示板に張り付けられていた依頼書を回収した後だろう。
「ダメ。絶対ダメだわ。多分あの人犯罪者でしょ」
「失礼ですよ。……と言いたいところですが、実は私も同じ思いです。とは言え、ギルドに無理矢理素姓を調査するような権利は無いですし」
「また明日来るわ。いいの探しといてくんない?」
「どうせ一か月後にはまたここに来てるでしょうけどね。分かりました」
そう彼女に残し、私は足早に宿屋に夕食を摂りに向かうのだった。