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迷宮のレオーネ  作者: 朽木真文
一章 暴食の洞窟
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ST13 最高の飢餓

死ぬほど投稿が遅れたのは、ポケモンレジェンズと書き溜めの筆が進まなかったという深刻過ぎる理由があるのです。

「かっ……ハァ……オォエ!」


 声の代わりに、喉を焼くような痛みを伴い出たのは、仄かに黄色く色付いた胃液だけだった。

 私は腹を抱えながら悶える。

 人の身には余るような、感じたことの無い飢餓感は身体を蝕み、白む視界の端々に転がる小石すらも、豪華な料理と同じに輝いて見える。

 耳鳴りと、鼓動が脳内で打ち鳴らされる。そんなものを聞きたくはなくて、私は堪らず耳を塞いだ。その鳴り響く警鐘が、鳴り止むことはないと知っていながら。

 二人は無事だろうか、大喰らいは今どうしているか。そんなことを考える余裕すらもない。今脳裏に過るのは、飢餓と死のみであった。

 それでも、私は目にした。


「あか――――」


 私に向かい心配そうに声を掛けていた春夏冬。しかしそのせいで大喰らいへの注意が失せていたのだろう。

 風を切り薙がれる腕の音を聞いて、気付いた時には既に遅い。

 半身に打撃をまともに食らい、華奢(きゃしゃ)な春夏冬の身体が耐えられる筈も無い。彼女の身体は容易く宙に浮いたと思えば、次の瞬間には姿は掻き消え、同時に洞窟にこだまする轟音。


「かっ……は」


 子供に蹴られたボールのように、春夏冬の身体が岩壁に打ち付けられる。

 潰された果実のように血液は放射状に飛び散り、彼女が力無く(うめ)いたと思えば勢いよく吐血し、ゆっくりと地面に落ちる。


「て……る、おと……ごふっ!」


 今の私は視界がぼうっとし、て正しく認識できていないかもしれない。しかし、彼女が良い状況でないことだけは分かる。

 意識が朦朧としているらしく、譫言(うわごと)のように誰かの名らしき言葉を口走っている。やがて、この期に及んでまだ私の心配をしているのか、最早据わっていない瞳を私に向けていた。

 ゆっくりと手を伸ばし、指を一本一本私に向ける。そして、光の消えかけた瞳でささやかな微笑みを見せると、意識が途絶えたらしい。口許を血で汚しながら、糸の切れた操り人形のように項垂れた。

 嘘。そう誰かが言ってくれればそれ程楽だったろうか。しかし、瞬きをせど現実は変わらない。項垂れる彼女は依然(いぜん)として、血を流し続けていた。

 彼女が死んだのか、まだ生きているのか。それは分からない。ただ、彼女が何が要因でこうなってしまったのかは分かる。

 何故か、飢えが少し収まった。


 ――――……覚…………――――


 レグルスは春夏冬の状況を見ても動揺はしなかった。彼の友人の話を思い出す。もしかすると、その友人と別れたのも同じような状況だったのかもしれない。

 しかし、それが大喰らいを打ち破れる理由にはなり得ない。


「シィィィィ!!」


 飢えた獣のように大喰らいはレグルスに飛び掛かる。その巨体に見合わず、その動きは非常に俊敏だ。私では、その動きを微かに捉える事しか出来なかった。

 しかし、レグルスは読んでいたかのように、魔物の顎を膝で蹴り上げる。


「ッッッ!??」


 鈍い打撃音と共に濁った飛沫が飛び散り、意識外から襲った衝撃に思わず魔物はその大口を閉じる。

 レグルスはその隙を見逃さなかった。

 天井を仰ぎ、牙を噛み合わせた大喰らいに風圧を纏う拳を一突き。

 鈍い音と、凄まじい衝撃波が迸る。

 まるで蹴り飛ばされたボールの如く、拳を受けた魔物は数メートル虚空を舞いながら、壁と地面を激しくバウンドした。

 素人でも分かる、レグルスの拳の威力。今の衝撃を並の生物が喰らえば、跡形も無く無残な死を遂げていただろう。

 しかし、奴はただの魔物ではない。


「マァァァズゥゥゥゥイィィィィ????」


 困惑にも似た声を上げ、大喰らいはゆっくりと立ち上がる。そして、何かに気付いた小動物のように小さく首を傾げた。それはまるで、レグルスを嘲笑するかのように。

 鋼を砕き、容易くケイブローチを屠る拳ですら、この魔物には傷一つ付けることは出来ないのだ。レグルスは今の一撃で仕留めたつもりだったのだろう。口角から僅かな困惑が滲み、構えを低く落とした。

 次に一手を打ったのはレグルスだった。

 大地が割れるかと錯覚するような踏み込み。刹那、レグルスの身体は大喰らいの眼前にまで迫る。


「ッシ!」


 重く鋭い拳が、空気を切る音と共に空間を貫く。

 対する大喰らいは、鉄より硬い牙で受けるではなく、わざと弱点を晒すかのように大口を開いた。

 何をしている。そのままでは、柔らかい口腔に直撃してしまうではないか。いくら二つ名持ちとは言え、柔らかい体の内部に攻撃が直撃すれば、完全に無事とはいかないだろう。

 いや、違う。朦朧とした思考を回転させる。奴の牙は推定彼の拳よりも硬度が高い。という事はつまり、レグルスの攻撃は効果が薄くとも、奴の攻撃は問題なく通るということ。そしてこの行動。そうか、奴の狙いは――――。

 レグルスは拳を振り抜くよりも早く拳を戻す。私が閃いたことだ。ソロで経験豊富であろう彼が、思い付かない筈がない。

 そして私の想像した通り、レグルスが拳を戻した直後、大喰らいの魔物は刃物を打ち合わせたかのような音を鳴らし、その鋭い牙を噛み合わせた。

 やはりあの魔物は、振り抜かれたレグルスの腕を噛み千切るつもりだったのだ。

 レグルスが数歩退く。その横顔にはじっとりと汗が浮かんでいた。さすがの彼も危機を感じたらしい。

 大喰らいの魔物は、噛み合わせた牙を晒したまま再び小さく首を傾げた。


「オォォォイィィィシィィィクゥゥゥナァァァィィィィィィ!!!!!!」


 大喰らいが唸り、レグルスが腰を落とす。

 大喰らいが飛び掛かれば、レグルスは巨体を軽くいなし、レグルスが殴りかかれば、大喰らいは流体のような滑らかな動きで回避する。まさに、一進一退の攻防に見える。

 しかし、どうだろうか。彼の瞳が小さく揺らぐのが、ここからでもよく見える。

 彼が、友に花を供え、今も迷宮に取り残された仲間を救うために迷宮に挑む彼が、傷付いた私達の生死が確認できない状況で、冷静な思考が可能なほど情に薄い人物だろうか。

 飢えが、また少しだけ収まった。


 ――――……覚め……――――


 繰り返される応酬の中で、遂にレグルスが大喰らいの殴打を喰らった。

 骨さえも砕けるような鈍い破砕音が響いたと思えば、隆々な巨躯が浮き、数度跳ね返りながら、偶然私の傍らに転がる。

 鋭い岩に切り裂かれて、丸太のように太いその腕の至る所から流血していた。

 呻き声を漏らしながら、レグルスは地に伏した。強打したらしく、頭から血が出ている。

 友人から聞いた。頭部とは全ての生物の弱点であると。

 そんな場所を強打してしまった以上、先程のように大喰らいと互角に渡り合える訳が無い。

 飢えが、また更に収まった。


 ――――目覚めろ――――


 大喰らいの足音がゆっくりと響く。それは徐々に大きくなり、私の丁度背後で止まった。

 ふと、傍らに倒れるレグルスと目が合った。彼は、ゆっくりと唇を動かす。『ニ・ゲ・ロ』と。

 しかし彼の声が届いたとて私の身体が動くことは無く、そんな私に足音は近付いている。どうやら、大喰らいの獲物第一号は私になるらしい。


「わた……しからかよ……。クソが……」


 飢渇の中、罵倒だけは、酷くはっきりと口に出来た。

 大喰らいの片腕が私の腹の下に伸び、私を軽々と掴み持ち上げる。あれ程までに私達を蹂躙(じゅうりん)したその手と同じとは思えないほど、その手にはどこか温もりを感じた。

 大喰らいが口を大きく開き上を向くと、その上に私を掴んだ腕を持ってくる。こいつ、菓子を頬張る子供のように、口の中に私を落として丸呑みするつもりらしい。

 ここからだと、大喰らいの口腔がよく見える。奴の口の形は、鋭すぎる牙を除けば、人間に限りなく近かった。

 あぁ、そうか。私はどうやら死んでしまうらしい。私は自覚しながらもどこか、他人事のように映る光景に違和感は無かった。

 ゆっくりと、絶望する私の様子すら楽しむように、大喰らいは私を口許に近付ける。

 ココアブラウンの髪の少女が、私に微笑みかける光景にが脳裏に過る。その事実に気付き、ふと笑みが零れた。今際の際で浮かぶのが友人の顔とは、とんだ親不孝者だ。

 探索者になると我儘(わがまま)を言いながら家を出て、馬車を乗り継ぎ遠い旅の果てにこの街にまでやって来た。

 始めて知り合ったのは一年前。しかし私と彼女は妙に馬が合い、気付けば親友と呼んでも差し支えない仲となっていた。

 師に様々な事を教わり、遂に念願の探索者の一員となったが、その役目は正しい道を見分けるという冴えない役目。無論英雄と語られるように大成する筈もなく、今はこうして大喰らいの腕の中。

 私は何の為に、何を為すために生きていたのだろうか。何を為せて、何を残せただろうか。

 問いは意識の彼方で揺蕩(たゆた)い、消えていく。

 全身に鈍い痛みのような感覚が纏わりついている。朦朧としていた意識が薄れていき、濃霧の中に落ちていく。私はそこから、這い上がることなど出来なかった。

 靴先に牙が触れる。ショルダーハーネスの外れかけた鞄が、大口の奥へと消えていった。

 どうやら、時間切れらしい。

 そう自嘲したとき、一際大きな鼓動が頭に響いた。






 ◆~~~~~◆






 心臓が跳ねる。脈動が激しく駆け巡る。

 黄金が視界を徐々に染め上げていき、完全に視界に金色のヴェールがかかったその時、私はそれまでの私ではなくなっていた。

 完成された私と言う名の絵画が、どす黒い絵の具で塗りつぶされたかのような感覚。しかし、その絵画は確かに私であったのだ。


「…………テルミニ?」


 私の変化に気付いた誰かが、息を呑む音が聴こえた。

 直後、私の中で再び何かが鼓動する。

 しかしそれは心臓ではない。それこそ、私を黒く塗り潰した、脈動であり衝動。

 先程とは違う衝動が、どこか深淵から湧きあがる。それは、今まで私の脳内を支配していた諦念、絶望、謝意を全て押し潰し、私の思考を一色に染め上げた。

 その正体は、今まで感じたことの無いような自信。


「ゥゥゥゥゥ??????」


 大喰らいが遂に私の意変に気付き、大口を閉じると無い筈の眼で覗き込むようにして私を腕ごと顔に近付ける。

 私はゆっくりと握り拳を耳の辺りまで引く。そして、拳を大喰らいに打ち付けた。

 その動作は、素人と言ってもいい。

 大気を震わせるような速さも無く、岩を打ち砕くような威力も無い。技術も、握り方すらも曖昧だ。

 しかし、拳が大喰らいに触れた直前に、変化は訪れた。


「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」


 大喰らいが小さな呻き声を漏らして私を離し、何かに恐れ戦くように後退りする。そして、狩られる直前の獣のような、今までで一番大きな咆哮を放った。

 理性ではなく、半ば本能で私は理解した。

 これは、身を滅ぼす力だと。

 朦朧と、霞のように漂い不明瞭だった意識が、徐々に形を成していく。頭に掛かっていた(もや)が、段々と晴れ渡ってくる。

 剣を構えて大喰らいと相対する。

 春夏冬もレグルスも叶わなかったこの強大な魔物は、巨大で、威圧的で、そして飢渇の中にあった。

 最早、身体を蝕む飢えは消えていた。

 身体が羽のように軽い。どこからか身体中に漲る力は熱く、まるで血流の流れのように全身に熱く駆け巡る。

 この力がどこから湧きあがるのか、私は興味すらなかった。ただ、目の前の脅威を、排除出来ればそれでよかったのだから。


「――――」


 黄金の瞳は確かに大喰らいを捉え、飢えた魔物と私は共ににやりと牙を(さら)けた。

 晴れ渡った意識の中でも、まだ濃霧が纏わりついて離れない記憶がある。

 今は分からないが、私は知っているのだ。この力について。真実、そして、更なる力を齎す方法についても。

 だが構わない。構うことは無い。今はただ、眼前の敵を討つだけだ。

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