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迷宮のレオーネ  作者: 朽木真文
一章 暴食の洞窟
13/68

ST12 対峙

「春夏冬さん!あれ!」


 少し遠く、迷宮では目立つボロボロの白い道着と肌色がちらつく。そして、傍らで蠢く黒い化け物もだ。

 あの大喰らいの咆哮と音から、レグルスが大喰らいと戦闘していることが分かり、我々は即座に迷宮を駆け向った。

 音の大きさ的にも距離は遠くなく、実際にその通りであった。

 あんなに肌色の表面積が多い、迷宮を舐めているような服装を着るのはレグルスしかいない。であれば、傍らの漆黒の蠢蠢(しゅんしゅん)は大喰らいだろう。

 やはり推測は正しかった。これ程望まない正解は初めてではあるが。


「完全に迷宮舐めとる服装……間違いない! 急ぐで!」


 春夏冬がそう言うと、およそ商人だとは思えない身のこなしで加速する。ふと、彼女がただの商人ではないのではと思案するが、私はかぶりを振って振り払う。

 それは今考える事ではない。

 見れば、大喰らいの巨大な前脚が、レグルス目掛けて振り下ろさんとしているところであった。このままでは押し潰されてしまう。


「レグルスさん!」


 しかし、私が気付いていることにレグルスに気付いていない訳が無い。私が警告するのと同時に彼が後ろに飛び退き、同時に轟音が鳴り響く。岩石の破片と土煙が舞い上がり、既にレグルスのすぐ側まで駆け寄っていた私達諸共包み込み、視界を奪った。


「まずいまずいまずっ……うぉっ!?」


 大喰らいの側で視界を失い、焦る私の背中を誰かが引っ張り土煙の中から引きずり出す。直後、眼前で突如として噛み合わされる大喰らいの牙。

 あのままいれば、私は今頃大喰らいの口の中であった。まさかとは思うが、奴はわざと砂埃を起こして、視界が奪われる状況を狙って――――いや、考えられない。敵は魔物だ。魔物はそこまでの知恵を持たない。ある筈がない。


「大丈夫か」

「お陰様で!」


 私の返事を聞いたレグルスが静かな微笑みを見せる。しかし、再会を喜んでいる暇は無い。すぐに私達は視線を前方に戻した。

 首を傾げ、不思議そうにこちらを見つめる大喰らいがいたからだ。


「ニィィィゲェェェェタァァァァ???」


 いや、見つめるという表現は厳密に言うと正確ではない。

 そこにいたのは、体毛は一切存在しない、コールタールのような汚い黒の体皮に覆われた奇妙な生命体だった。

 およそ生物としての機能が残っているかすらも分からない歪な形状は、我々に不思議な嫌悪感を抱かせる。

 鼻や耳、そして眼は退化したのか、本来それらがあるべき顔面には、大きく裂けた大口だけが存在している。

 飢えた獣のように牙の隙間から涎を垂らし、品定めするようにこちらに頭を向けている。鋭い牙は黄ばみ、何のものかも知れない肉の破片がこびり付いている。歯並びの悪い牙の隙間から覗く口腔(こうくう)は、体色とは対照的な鮮やかな深紅だ。

 四足獣ではあるのだが、四肢は獣と言うよりかは人間の手のようで、地面の岩肌をしっかりと掴んでいる。

 その性質は非常に魔物の中でも特に危険と言われている。人間、魔物、武器等の金属、炎の点いたランタン。目に付いたもの全てを喰らうと報告されており、非常に貪欲かつ、悪食で、暴食である。

 私はしばし、大喰らいと見つめ合っていた。いや、見つめ合っていたというよりは、蛇に睨まれた蛙のように、怯えのあまり足が竦んだのだと思う。

 これが、噂に名高い、迷宮エリアに巣食う強大な魔物。通称、大喰らいの魔物。


「怪我は無い!?」


 春夏冬の声で私は我に返り、私は既に大きく距離を取っていたレグルスと同じ位置まで背を向けず走る。

 春夏冬と探索者の二人もこちらに駆け寄る。大喰らいは襲い掛かるでもなく、私達の様子を動かずに眺めていた。

 それはまるで、獲物に襲い掛かる直前の獅子のように。


「これが……大喰らい」

「下がってろ!」


 歯を鳴らし(おのの)くメリアと、剣を抜くリュート。しかし剣を持つその手は震え、彼自身も耐え難い恐怖に身を包まれていることを示していた。

 無事レグルスと合流出来たが、確実に戦闘ができるのはレグルスと、辛うじて春夏冬だけだろう。

 何故なら、今この状況で身を震わせているのは、私とあの男女だけだ。彼らは恐怖でまともに戦闘できないだろう。私だって、立っているのがやっとだ。

 なれば、ここは脱兎の如く撤退すべきだろう。それに、これは私とレグルスの、それも主に私が招いたトラブルだ。春夏冬はまだしも、リュートとメリアを巻き添えにする訳にはいかない。

 レグルス、そして春夏冬に目線を配ると二人は頷く。意図は伝わった。


()()が隙を作ります。二人は先に迷宮から撤退して下さい!後から追います!」

「賛成や、レグルスはんとうちとで……」

殿(しんがり)を務める。行け!」


 私戦えないけど。とは心の中でだけ付け足す。

 二人は震えながら頷き、迷宮の入り口への道を全速で駆け抜けていく。

 大喰らいはその背中を今にも追い掛けんと目で追っていたが、振り下ろされんとする剣に気付き、すぐに我々に視線を戻した。


「よそ見すな――――やっ! って……嘘ぉっ!?」


 さも見切っていたかの如く身を捩り、大喰らいは春夏冬が跳躍と同時に振り下ろした剣を避ける。虚しく剣は空を切り、ブゥンと頼りない音を鳴らした。

 そして、その体勢のまま裂けるほど大きく口を開き、這うようにして、荒々しくも地面に転がる小石ごと春夏冬を喰らおうとする。

 たった一秒ほどのこの出来事。春夏冬は未だ滞空中で、着地地点は大喰らいの軌道上。

 着地の隙を考えれば、春夏冬は大喰らいの餌食だ。


「ふっ……――――」


 息を吐く音とともに大喰らいの側顎部を、鋭くも重い衝撃が貫き大喰らいの軌道が逸れる。大喰らいの勢いは衰えず、そのまま岩壁に喰らい付いた。

 言わずもがな、レグルスの突きによってだ。


「おおきに」

「借りがあるからな」


 微笑みながら向き合い言葉を交わす二人を、私は一歩後ろから見ていた。戦えないのが、私に力が無いのがもどかしい。

 メリアとリュートを逃がしたのは、レグルスが庇う対象を出来る限り減らすためだ。

 いくらレグルスとは言え、ある程度戦えそうな春夏冬を抜いて、私とメリアとリュートの三人を庇いながら戦うのは難しいだろう。春夏冬がここまで戦えるとは思っていなかったが。

 あの二人は一応探索者であり、さらにメリアは案内人を兼任しているみたいだし、第一階層程度なら難なく抜けられるだろう。

 しかし、私自身も足手纏いの一人であるのに、何故二人についていかなかったかと言えば、残して私も行けば、二人が正しい道順で迷宮から脱出できないと思ったからだ。

 迷宮の構造は複雑怪奇(ふくざつかいき)。行きは一本道に見えても、帰りは道が何本も分かれていたなんて事例は数知れない。事実、さっきレグルス撒いてるし。

 私は戦闘のプロでは無い。が、案内人としては師にも一人前と認められた。戦闘で下手に手を出せば二人の邪魔になる。出来ないことは専門家に任せて、私は二人の合図で先導し逃げる。

 奇声と共に大喰らいが前脚を薙ぐと、レグルスと春夏冬が跳躍し避ける。私は離れているので当たらない。

 脚を振り抜いた体勢の大喰らいに、二人は落下の勢いを利用した殴打と斬撃。しかし、衝撃はあれど有効打には至らなかったようだ。軽く仰け反り一歩下がると、大喰らいは怒りを噛み締めるように低く唸った。


「あかん! なんも効かへんわ、岩殴ってる感覚や!」

「テルミニ、今しかない! 退くぞ!」

「分かりました!」


 合図を受け葡萄(ぶどう)状の物体を大喰らいに向かって投げつける。それは、本来違う階層で使う事を目的とされた煙幕だ。たちまち迷宮は灰色の煙に覆われ、私達と大喰らいを遮る。目が無いので効くか分からなかったが、やらずに後悔よりやって後悔だ。

 奴に攻撃は効いてはいないが、今は確かに怯んでいる。なにより実際に戦った春夏冬がああ言うのだ。あの隙ですら逃がすのは惜しい。

 二人の指示を受け、私は先導し二人が私に追行する。

 しかし、それはそう簡単には叶わなかった。




『逃さない』




 誰かの、か細い少女のような声が響く。しかしそれは、大気を伝わり鼓膜を震わせた訳ではない。まるで脳に刻み込まれているかの如く、はっきりと頭に直接。


「え……?」


 直後、私は崩れ落ちるように地面に膝を付く。

 視界が白く霞む。聴覚の情報が耳鳴りによって遮られる。命の危機を感じ高速で巡っていた思考が、たった一つの感情に支配され、一切の回転が停止し停滞する。

 何故私は膝を突いたのか。その理由は明確だ。

 偶然、何かに(つまづ)いて転んだ? それとも、罠が張ってあった? そんな生易しいものでは断じて無い。

 あの何者かの声が脳に響いたと思えば、思考を妨げ、まるで理性の(たが)を吹き飛ばしてしまうかのような、絶えず湧き上がり膨張していく衝動。


「イィィィィィィィ!!!!」

「テルミニはん!?」

「しっかりしろ! おい!」


 悪戯が成功した子供のような、甲高い嘲笑の如き咆哮を大喰らいが鳴らす。その反応で確信する。やはり、奴の仕業らしい。

 この、灼けるような飢餓感は。

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