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迷宮のレオーネ  作者: 朽木真文
一章 暴食の洞窟
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ST11 急行

投稿遅くて申し訳ない。時期的にね。

「無事やったか!」


 敵か味方か分からない。ケイブバットの声が聞こえた先を慎重に進むと、そこには見覚えのある顔が出迎えた。

 宵闇を撚ったかのような艶のある黒髪に、黒水晶のような静かな輝きをたたえる瞳。そして、今まで聞いたことの無い不思議なイントネーション。

 そう。探索者用の市場で情報を取り扱っていた、レグルスが信頼を寄せる商人。春夏冬あきないあざみであった。

 何故ここに?という疑問が先行するが、今は自分が知っている人間に出会えたことの喜びの方が勝り、追及はしないことにした。


「この人は?」


 しかし、そこには春夏冬だけではなかった。

 春夏冬の傍らに立つ二人の男女。男は、革鎧の上から、肩や胸部などの重要な場所だけに金属の補強した鎧を着込み、腰に剣を佩いた典型的な剣士という風貌。

 もう一人の女は、無骨なメイスを両手に抱え、ウェストポーチには折り畳まれた羊皮紙が突っ込まれている。内気そうで、かつひ弱そうだ。マッピングや、料理の担当だろうか。魔法持ちでもあるかもしれない。

 春夏冬が実は商人兼探索者だったという訳ではないだろう。恐らくは、春夏冬が雇った探索者チームだ。


「知り合いや。探していた人でもある」

「探してた? 私をですか?」

「あぁ気にせんといて。今は互いの再会を喜ぼうやないの」


 何かを隠すような言い草に気になりはするが、彼女がそう言うのなら詮索はしないことにした。それよりも今は訊きたいことがある。


「何でここに?」


 普通の探索者でも御の字。だと言うのに、知っている相手が来てくれたのは非常に喜ばしいことだ。

 しかし、彼女は商人であったはずだ。何故商人なんかが迷宮に潜っているのだろうか。


「再構築後のマッピングや。この情報、高く売れそうやろ?」

「なるほど……」


 振り返らずに後ろの女がポーチに差している羊皮紙を指差し、春夏冬はそう告げる。

 よく見ると、春夏冬の腰には使い古されていそうな剣がある。中々様になっている。可憐でお淑やかな容姿にそぐわないのは、そのお喋りな性格だけではなかったらしい。

 一通り彼女の姿を見た後、何故だか再び彼女の剣に再び視線を吸われる。何だろうか、この違和感は。そうだ。あの剣、どこか見覚えが――――。


「初めまして。俺はリュート、こいつはメリア。春夏冬さんに雇われたんです」

「メリアです。よろしくお願いします」

「あ……これはご丁寧にどうも。テルミニと申します」


 思考の海から私を引き上げたのは、春夏冬の傍らに立つ男女だ。

 リュートと名乗ったのは剣士の男だ。親指で自分と女を示すと、人当たりの良さそうな笑顔を見せる。

 リュートに紹介されたメリアと名乗る女は、私に対し大きく頭を下げた。

 中々に人のよさそうな二人である。やはり推測通り春夏冬に雇われた身であるらしい。

 すると、春夏冬が私達に起きたトラブルにようやく気が付いたらしい。いるはずの人物がいないことに眉を顰め、やがて不思議そうに口を開く。


「ん……テルミニはん、レグルスはんは?」


 私は事情を簡単に説明する。

 大喰らいの痕跡を見つけたこと、その直後に迷宮の再構築が起こったこと、同時に大喰らいの咆哮が聞こえ、私がレグルスとはぐれてしまったこと。

 真実を告げると、探索者の二人は大げさにとも言える程驚いた。特に、私が再構築に巻き込まれたという点についてだ。

 無理も無い。探索者が再構築に巻き込まれるなど、今まで聞いたことが無かった。迷宮の再構築の最中は、迷宮と地上を繋ぐゲートは閉じ、誰も出入りすることは出来ない。これは探索者なら知っていて当然の常識だ。

 しかしそれは、再構築中に出入りが不可だという事を示しているだけで、迷宮内に人がいる可能性を否定している訳ではない。

 何故今まで気が付けなかったのか。固定観念とは怖いものである。


「再構築に巻き込まれた!?」

「嘘……。そんなことあるんですね」

「そうなん? ……うちは聞いたことあるで」


 さも当たり前かのように飄々(ひょうひょう)と告げる春夏冬に、私を除く二人は食い入るような視線を向けた。


「な……なんや、そんなに見つめて」

「どういう事ですか!?」


 ただならぬ表情で春夏冬に詰め寄るメリア。今彼女の眼前にいる私に実際に起こった出来事だ。いつか自分が巻き込まれてもおかしくないと考え、情報を得ようとしてるのだろう。


「あぁ……前に降りてきた探索者から聞いた話やけど――――」


 長かったので、彼女の話の要点をかいつまんで話すとこうなる。

 春夏冬は、当時も商人として活動していた。

 その日もいつものように情報や商品を取り扱い、それなりに繁盛していたのだが、ふと遠くに目線を向けると、迷宮の方向から牛歩のような足取りで街に向かう探索者のチームがいた。

 丁度いい。そう思い、情報を買うために彼らに近寄った春夏冬は、すぐに彼らの異変に気が付く。

 まず、彼らの人数が少ない。前衛と思わしき男と、後衛と思わしき女が一人の二人。実際に無い訳ではないが、二人だけのチームというのは珍しい。

 それに、何やら様子も変だった。

 リーダーと思わしき、それなりに高そうな鎧に身を包んだ一団の先頭を歩く青年は、まるで死んだ家畜のような眼をしていた。

 魔法持ちだろう、ゆったりとしたローブに身を包んだ女性は、何故か一本の鞘に収まった短剣を抱きしめてすすり泣いていた。

 仲間が死んだか、そう言った類だろう。そう思いながら、そっとしておいてあげたいと言う気持ちよりも情報を求める心が勝り、情報を買うために話を聞くと、青年は重々しく口を開いたそうだ。

 曰く、迷宮が突如としてパズルのピースのように崩壊し、その隙間からは虚空が顔を覗かせた。

 チーム全員が困惑の最中で判断が遅れ、しばらく立ち尽くしていたところで、仲間の一人が虚空に落下。そのまま消えていった。

 仲間の一人が消えようやく遁走という選択肢を取ったが、既に迷宮内は虫に食われたように歪な穴だらけだったそう。

 あらゆる地面が抜け落ちた迷宮を走ることは難しく、その内にもう一人も体勢を崩し虚空に消えていく。その丁度転んだ時に、女が抱えるその短剣を落としたそうだ。

 何とか生存した二人だったが、まるで遊戯盤の上で踊らされていたかのような光景に、二人は完全に迷宮に対してのトラウマを抱いてしまい、これから探索者を辞めこの町を離れて、田舎で二人静かに暮らそうとしていたらしい。


「――――つまり、再構築に巻き込まれた人間は死ぬ、もしくは迷宮にトラウマを抱き、二度と探索者のコミュニティに戻ってくることは無い。やから情報が無かったんやろ」


 納得の説明だ。

 探索者の間で出回る情報というものは、大半は元々一つの探索者チームから(もたら)されることが多い。

 そのチームの経験というものが伝播(でんぱ)し、樹形図のように段々と広く浸透していく。

 再構築の情報は、その情報源が総じてトラウマを抱き情報を流すことがなかった為に、我々はその情報を知らなかったのだろう。


「それ、もっと早く言ってくださいよぉ!」

「あほ抜かせ! 鮮度はなくとも情報は大事な商ひ……あぁ! 頭は揺らすのは無しやろ!」


 メリアが春夏冬の胸ぐらを掴み激しく揺らす。その光景に目もくれず、リュートは顎に手を置いていた。


「なるほど。テルミニさんはどうでした?」


 そう問われても、私はあまり恐怖は感じなかった。確かに、危機感はヒリヒリと感じたが、もう二度と迷宮に潜りたくないとか、探索者をやめようと思う程でもなかったと思う。


「そんなにでしたよ。仲間が死んでないからかもですけど。それより、レグルスさん見ませんでした?痕跡とか」

「あぁ……あった?」

「いや、うちの記憶には無いな……」

「私も覚えてないですね」


 三人は揃って首を傾げる。私が招いた事ではあるのだが、厄介な状況に陥ってしまった。協力してくれそうな仲間がいるのがせめてもの救いか。

 仕方が無い。三人と相談し、取り敢えずレグルス探しに協力してもらえることになる。

 しかし痕跡が無い以上は、迷宮を虱潰しに探すしか無いだろう、という結論に至り、早速行動に移そうとした時だった。


「オォォォォナァァァァァァカァァァァァァ!!!????」


 私の魂すら震わすような聞き覚えのある咆哮。そして、激しい衝撃音。

 三人から向けられる視線に、私は頷きを一つ返した。

 考えうる最悪のケースの一つだ。

 私の当初のプランでは、レグルスと合流した後は迷宮から速やかに脱出し、体勢を立て直すつもりであった。それは、春夏冬達と合流した今でも変わらなかった。

 出来る限り、大喰らいとの戦闘は避けたい。しかしそれは叶わないらしい。

 普通の魔物とレグルスが、こんな轟音を生じる戦闘を演じる訳が無い。

 どうやら、レグルスと大喰らいは戦闘しているらしい。

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