序章 落ちこぼれ案内人
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小躍りで喜んで筆が速くなります。
窓外には茜色に染まり始めた空と、天高く聳える塔が一つ。そんな景色が見える街の小さな酒場。
談笑は響き、カードゲームに興じる席からはアガリを宣言する声すら上がっている。そんな、楽しげで陽気さ満ちる店内の空気とは裏腹に、酒場の隅の隅の席。そこにはどんよりと暗く重い空気が流れていた。
いや、私が醸し出していた。
「はぁ……」
私は手中の紙を眺めながら、周囲の者が思わず目線を向けてしまうほどの大きなため息を漏らす。
契約解除を示す書類だ。その書類の半ばには、確かに私が先日まで所属していた探索者のチームの名前と、私自身の、テルミニ・テセス・ローレンライトの名前があった。
そう。私にとってはこれで何回目かも分からない、探索者チームとの契約解約であった。
今までは、たまたま彼らと馬が合わなかっただけだ。私はそう自身に言い聞かせていた。
しかしながら、ここまで来ると私自身に問題があるのではないかと思えてくる。無いと信じたいが、結果は出ているのでそうはならない……のかもしれない。
「よう嬢ちゃん! またヤケ酒か!?」
酒場のマスターが料理と追加の酒を運んでくる。
丸太のような筋肉から提供される料理は、繊細な味付けで癖になるとこの辺りでも有名だ。私も、彼と彼の料理に何度もお世話になっている。
嫌なことがあった時しか来ていない筈なのに、彼に顔を覚えられてしまうほどに。
「マスター……。私って、何か問題ある?」
「あ? 嬢ちゃんにか。あぁー運か?」
確かに、自分ではそれくらいしか悪いところが分からない。
「魔法もできるし、確かに自分じゃそれくらいしか思いつかないよ……。マスターの言う通り、もう運のせいにして立ち直るしかないのかな……」
「ハッハッハ! そう悲観するなよ嬢ちゃん! 若いんだからよォ!」
案内人としては、私は最低限の基準を満たしている筈だ。
危険な魔物が跳梁跋扈する迷宮。その正しい道を案内する役職、それが案内人。正確には、正しい道と思われる道を示す。といった方が正しいかもしれない。
足跡、地面の擦り減り方など、人間の通った痕跡が多い方を案内する。人間、なにも迷宮で一生を過ごす訳ではない。正しい道であれば、通った人物はその道を往復してるだろう。だからこそ、その道が正しい道。
迷宮に対しての知識も求められる。
各階層の魔物の種類、それぞれの特徴や対処法、食物連鎖。迷宮のシステムについても。
ただ、私の場合は一味違う。
「魔法ってのは、『魂を視る魔法』か?」
「そ。別名、天性の案内人魔法。他にも、魔法はあるけど……」
「ハハッ! それも前に聞いたぞ! 確か『一掬いの――』」
「あー言わないで……。自分の無力さを突きつけられて虚しくなる」
「ハハッ! 別に止めはしないが、若いうちから飲み過ぎはよくねぇぞ! ハッハッハ!!」
豪胆な大笑いをしながら、マスターは店の奥に去っていく。
私はそんなマスターを一瞥し、だらだらと料理に手を付けながら考えに耽る。
『魂を視る魔法』は、あまり前例を見ない珍しい魔法だ。記録上でも、百年以上前が最後。そしてどの人物も、案内人として大成している。
その能力は、人に宿る魂の状態や、人から漏れ出る魂の残滓を肉眼で見ることが出来る。というもの。
これにより私は、魂の残滓が濃い道を選ぶだけで、案内人として百点の仕事が可能なのだ。案内人魔法と古書に記されていたのも頷ける。
魔法は、生まれながらその人が持つ才能のようなものだ。一つ持っているだけでも珍しい。稀に後天的に魔法が発現したという話もあるが、文字通り極稀。それ故に、魔法持ちと言うのはそれだけで重宝される。
が、それは実用的な魔法の場合のみに限られる。ぶっちゃけた話、案内人として働くなら、魂を視る魔法なんて無くてもいい。他の手段があるのだから。
私の持つ魔法は『魂を見る魔法』と、『一掬いの水を操る魔法』のみ。魔法は天が与えし才とは言うが、前者はいいとして後者。この魔法を、一体どうやって生かせというのか。便利な使い方もあるが、迷宮で役に立つような攻撃的な用法は少ない
伝説の探索者チーム『頂の暁光』のメンバーには、奇跡と言っても過言ではない、魔法を八つ持った者がいたという。
私にもそんな才能があったら……。迷宮で輝く自分を想像しながら、鶏肉のソテーの最後の一欠けを頬張った。
「ごっそさん主人。もう二度と会わないことを祈るよ……」
「ハッハ嬢ちゃん! 今後とも御贔屓に……ってな! ハッハッハッハ!!!」
美味しい料理を平らげ、私はとぼとぼと重い足取りで酒場を後にする。「笑う狼亭」とはよく言ったものだ。狼の遠吠えのように、店主の笑い声が酒場の外にまで聞こえてくる。それに伴って、私の気分はさらに下がっていくのだ。
探索者チームから追い出されたとて、宿屋の宿泊代が無くなるわけではない。私は、明日を生きるために稼がねばならない。
少し遅すぎる昼食を済ませ、鈍く重い足取りで向かうは探索者ギルドだ。迷宮を攻略する探索者たちが集まるギルド。案内人にはそこで、案内人を欲している探索者チームを融通してくれる。
「はぁ……」
チリンチリンと、ギルドのドアに付けられた鈴が鳴り、私は再び溜息を漏らす。
それは、またここに同じ目的で来てしまったのかという感情と、次こそは契約を維持できるだろうかという感情が混じったせいだ。
「あ、テルミニさん」
窓口に立つ受付嬢が苦い顔をする。最早友人となるまでもう何度も会っているからだろう。そして再びここで会うという事は、そういう事である。
「何が『あ』だよ。いや、私も来たくなかったけどね?」
「じゃあ頼むから契約を維持してくださいよ……。何度も同じ契約書を書く身にもなってください。もう様式集作りますか? 契約と契約解除の」
彼女は笑えない冗談を呟きながら探索者チームのリストを取り出し、机に並べ始める。それはどれも案内人を必要とし、ギルドに申し込んでいるチームだ。
案内人は、高い技能を要する。だからこそ、契約は維持できなくとも、契約するチームが無いという事はあまり無い。
私はそれらに詳しく目を通す。
「冗談よしてよゼクレ。このチームは?」
私は並べられたリストの中から、一つのチームの名前を指差す。
チーム名の下に記されたメンバーのそれぞれの情報を見、中々に良さそうだと思ったのだが、彼女は私の選択を褒めるでもなく、苦虫を噛み潰したかのような表情を見せる。
「あぁ、あまりお勧めしません。ここのリーダーは女癖が悪いんです。テルミニさんは性格がまぁ……あれですから。大喧嘩からのパーティー脱退の未来が見えます」
「そんな正確に予知しなくていいから。ここは?」
「そこはまぁ、テルミニさんに言わせるとヘタレ、ですね。探索者チーム結成からかなり経ちますが、まだ第二階層で燻っています」
一般的なパーティーの平均到達階層は、第三から四階層。それ以降の階層へ行けるのは、ある程度経験を積んだベテラン達だ。ただ、それでも平均は第五階層までと言われている。
人類の最高到達点は『頂の暁光』の第七階層という記録である。『頂の暁光』はその後再び迷宮に挑戦したが、十年経った今でも彼らを迷宮の外で見た者はいない。
その行方として最も有力な説は、その後第八階層へ挑み全滅した。というもの。
「うーん……将来性が無いね。もっと未来あるチームはいないの?」
「はぁ……」
多弁で少し毒舌な受付嬢は大きなため息を漏らす。その表情は、あからさまに面倒がるようなものだ。
「そんなんだから契約維持できないんですよ? 貴女はただでさえ出来ることが少ないんですから、もっと我慢しないと」
「って言ってもなぁ……。っておーい! 何だよ出来ることが少ないって!」
さりげなく悪口を言われても、気心の知れた仲だ。本気で怒っている訳では無い。
「……とりあえず奥から他のリスト持ってくるんで、座って待っててください」
「りょーかい」
私は、ロビーの長椅子に乱雑に腰を落とす。脚を組み、両腕を背もたれに広げる。
こんなのでも一応は貴族の出だ。親が見たら、貴族の品位や知性があーだこーだと、一日中説教をされるだろう。ただ、今の私は不機嫌極まりないのだ。
仕方ない、仕方ないと自身を納得させ、ついでに脳内の親にその理由を力説する。
最中でふと、大きな足音を察知し思考を中断する。
「お前が、テルミニなのか?」
すると、私の窓口でのやり取りを見ていたのだろう。太い男の声が私の背から掛けられる。
もしや、直接の案内人の契約か。通常はギルドを仲介すれば、チームから支払われる報酬が少し減る代わりに安全性はぐっと上がるため、私はギルドを仲介しない契約は受けないようにしている。
だが、私はもうなりふり構ってられないのだ。お金が無い。もう直での契約でもいい。どれもこれも、前のチームでの給料が低賃金だったせいだ。
そう思い、私は営業モードの笑顔で振り向いた。そして、すぐに顔を引きつらせることになる。
「ん? ……テルミニでいいんだな? 丁度良かった。探してたんだ」
声の主は、私の太腿よりも太いのではないかという腕を組み、静かにそう零す。
そこには私の二倍はあろう背丈に、顔には激しい傷痕が複数刻まれ、ボロボロの道着の隙間からその引き締まった肉体を晒した、強面な大男が立っていたのだ。