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誤魔化すように【ユリウス視点】

 

「ん?なんだ?」


 レンツィが走ってくる。

 その五十メートル程後ろにはレンツィが想いを寄せる騎士が追いかけている。

 よく見るとレンツィの顔は泣きそうだった。

 貴族令嬢が騎士を撒けるはずもなく、その差が縮まっていくのが分かる。

 事情は分からないが、あんな風に逃げているなら俺が攫ってもいいのではないか?


「ひぎゃっ!?」


 普段人のいない倉庫の物陰に隠れて、レンツィが来た瞬間引っ張ると、不恰好な悲鳴をあげて俺の腕の中に転がり込んできた。


「んー!んんんー!?んむー!」

「静かに!」


 暴れそうになったのに声で分かったのか、すぐに大人しくなった。

 混乱に乗じてつい軽く抱き締めるが、ゆっくりレンツィを感じている暇はなかった。

 急にレンツィの姿が消えたことで周囲を見渡していた騎士が倉庫に近づいて来そうだったのだ。


 レンツィを促してすぐに裏口から一本隣の裏の道に出る。

 その後も、散策のたびに見つけておいた抜け道や知り合いの店の中を通らせてもらい、騎士を撒いた。

 一時的とはいえ折角俺の元に来たのに渡すものか。


 なんだかいつもと様子の違うレンツィが気になる。

 冗談を言って揶揄えばいつもの調子に戻るだろうか?と、揶揄ってみると――――


「だ、大丈夫?」


 レンツィはボロボロと大粒の涙を流して泣き出してしまった。

 ボロボロという表現がぴったりなくらい、いきなりの号泣だった。


 失敗した…………。


 レンツィの涙は見たくない。

 それも、状況から察するに涙の原因はあいつに関係しているだろうと思うと、穏やかでいられない。


 レンツィの足が止まってしまった。

 フードを目深に被った怪しい男が女性を泣かせているように見えるのだろう。道ゆく人からの視線やヒソヒソと非難する声が聞こえてくる。


 このままではあの騎士に見つかりかねない。

 コートを脱いでレンツィの肩にかけ、バサリとフードを被せて泣き顔を隠し、手を引いてレッカーへと向かった。


 レッカーにつくと女将が冷たいタオルをレンツィに渡した。

 冷たいタオルで少し冷静になったのか、コートを返すと言い出したが、まだまだ被っておいた方が良さそうだ。少し落ちついたとはいえまだ完全に泣き止んでいない。

 レンツィをちらちら見てくる客もいるし、彼女の泣き顔を他のやつらに見せたくない。


 暫くぐすぐすとしていたのに、ふいにタオルを少しずらしてレンツィが俺の方を見た。

 無言でずっとこちらを見てくるので何かと思えば――――


「……サイラスの顔、初めて見たなって…………」


 そうだった!

 道の真ん中であんなに泣き出すと思わなかったから焦ってコートをレンツィに貸してそのまま、俺は今顔を晒しているんだった。

 咄嗟に顔を逸らして視線から逃れようとしたら覗き込むように見られた。


 レンツィが下から見上げるような体勢になったことで、目深に被っていたフードが脱げかけた。


 真っ赤になった目は痛々しくもあるのに、涙に濡れた瞳でみつめられるし、レンツィと何も隔てるものがなく目と目を合わせていることに照れてしまって、コートを奪い取るように返してもらった。

 誤魔化すようにバサリとフードを目深に被る。


 初めの頃は頑なにレンツィに顔がバレないようにと思っていたのに、いつしか心のどこかでバレたいと思うようになっていた。

 俺に気づいてほしくなっていた。


「顔出せばいいのに勿体ない」


 ……?

 レンツィは俺が第三王子だと気づいていないのか?

 それとも気づいたけど知らないふりをしてくれているのか?


「だって、顔を見せた方が女の人にモテるでしょ?あ、でも困るから隠してるのか」


 不特定多数にモテたいなんて思わない。

 俺はそれなりにモテる。第三王子だから。

 俺に女性が寄ってくるのは、俺が王子だからだ。

 贅沢な暮らしがしたい。傅かれて生活したい。人から羨まれたい。

 そんな理由で擦り寄ってくる女性が多い。

 そういう女性は好きではないが、そんな女性は俺が王子でなければ擦り寄ることもないだろう。

 俺の思うまともな女性なら、王子妃なんて窮屈そうだし大変そうだから嫌と思っているはずだ。

 だから、俺を一人の男として、ただの人として見てくれる女性とは今まで出会ったことがなかった。

 それもこれもレンツィは俺の素性を知らなかったからだけど。


 レンツィはどうだろうか。

 顔を見られた後のレンツィの反応はよく分からない。

 でも、俺が第三王子だと分かってもこれまで通りの関係でいてほしい。

 こんなに対等に話せる女性は他にいない。



「で?泣いていた理由は聞いた方がいいの?」


 本当はこれを早く聞き出したくて仕方がなかった。

 一体あいつとの間に何があったのか。

 事と次第によってはパヴェル・ピーリネン、あいつを許さない。


「……っ……い、妹って言ってた」

「……あー。なるほどね」

「私も兄だと思ってる筈だって。兄だなんて一度も思ったことないのに。ずっと、ずっと好きだったのに。ずっと…………」


 再びレンツィの瞳から大粒の涙が零れた。

 ボロボロと感情を制御できずに泣くレンツィの横顔がきれいだと思った。


 慰めたい。


 スリ……と、艶々の髪をひと撫でした瞬間にはっとした。

 俺たちの間にはビストロで会うだけの関係しかないのに、無断で女性の髪を触ってしまったのだ。

 プライドの高い女性なら手を払い除けて、無断で触ったと非難してくるだろう。


 無意識に触ってしまったことを誤魔化すように、ガシガシと髪をかき混ぜるように少し乱暴に撫でた。

 とりあえず嫌がられなくてほっとした。


 レンツィは失恋したから泣いていたのだ。

 人目も憚らず目を真っ赤にして泣くほど、あいつを好きだったのかと思うと、胸が痛んだ。

 でも…………今なら、俺にも。


 レッカーから城に戻ると、これからどう動くのが一番良いか、一晩考えた。

 翌朝一番に父である陛下との面会を取り付けた――――



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