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気持ちをぶつける相手【フロレンツィア視点】

 

 薄暗い建物の中に引き摺り込まれ、声が出せないように口に手を当てられて、後ろから強く拘束される。

 まさかこんな場所で、こんな日に、こんなことになるなんて、なんて最悪な日なんだろう。

 こんなことになるならパヴェルから逃げなければ良かった……。


「んー!んんんー!?んむー!」

「静かにして。見つかる」

「っ!」


 後ろから耳に吹き込むように囁かれたのは、聞き覚えのある声。

 どうしてこんな場所でこんなことを?


「――――……行ったか?あ、ごめん。苦しかったよね」

「……サイラス」

「この辺にいるってことは、レッカーに行くんだよね?こっちから出よう」


 私を建物の中に引き込んだのはサイラスだった。

 建物の裏からそっと出て二人で歩き出す。

 その後、サイラスに促されるまま、何軒かの庭や店の中を突っ切ったりした。

 どこをどう通ったか覚えていないけど、完全にパヴェルを撒けた筈だ。


「何で?」

「ん?レッカーに行こうと歩いてたんだけど、大好きな筈の騎士様から泣きそうな顔で逃げるレンツィを見かけたから。あんな顔で逃げるなんて只事じゃないなと、つい。余計なことした?」

「ううん。……助かった。ありがとう」

「それにしても、クッ……ははっ!随分と色気のない悲鳴だったな」

「急に引っ張られたから」

「そっか。腕痛くなかった?――……だ、大丈夫?どこか痛かった!?」

「だっ……だいじょぶ、じゃっ、ない……ぅっうぅ」


 お互い何者なのか知らない。

 レッカーの店内以外で会うのも初めてだし。

 だけど恋の相談もしていたサイラスは、今の私の気持ちをぶつける相手として最適だった。

 私の様子がおかしいのはわかっているはずなのに、レッカーにいる時のように、いつも通り接してくれる優しさが深く浸透してきて、抑えていたものが遂に溢れ出してしまった。


『妹みたい……兄だと思って……異性としてという意味ではない』


 異性としてという意味ではない、なんて……そこまで言わなくてもいいじゃない。

 私はきっかけがあれば何かが変わるかもって期待していたのに。



 ――いつからなのか、どこが良かったから好きになったのかなんて分からない。

 子供の頃の、きっと優しいおにいちゃんだから好きっていう程度の入口だったと思う。

 だけど、パヴェルがお姉様を目で追っていることに気づいたとき、好きにも種類があるのだと知った。

 初めて知った好きの種類は、切なくて辛くて全然嬉しくなかったのにやめ方も分からなかったし、やめたくなかった。 

 まだまだ子供だった私は、自分を見てくれなくてもいつかはチャンスが巡ってくるかもと考えていた。


 だけど、異性として意識されていないのだとはっきり聞いてしまったら、そんな相手に期待してもチャンスが巡ってくることはないのだと悟れるくらいには大人になった。


 さっきだって……私を見つけて駆け寄ってくるのは、女性たちの輪から抜け出す口実でもあるのだろうなと気づいていた。

 私が異性として特別だから優先してくれるわけではないって、本当は知っていた……。


 私はずっとずっと特別だったのにな――――



 道の真ん中で立ち止まりボロボロと泣いていると、サイラスのフード付きコートが被せられた。

 こんな街中で泣いているのを見せないため。そしてパヴェルに見つからないようにするためだろう。

 サイラスの優しさにまた涙が出た。


 私の肩にコートを掛けてバサリとフードを被せた後、サイラスは手を引いて歩いてくれた。

 ゆっくりと歩いていたサイラスが立ち止まったと思ったら、カランコロンとドアベルが鳴った。

 ぐずぐずと泣き続けていた私は、その音でレッカーに着いたのだと気づいた。


「いらっしゃ……あら?サイラスと、レンツィ?まあ、珍しい」

「女将、冷たいタオル頂戴」

「え?あら、大変!」


 サイラスに手を引かれるまま店内に入り、カウンターのいつもの席に並んで座った。

 私はまだサイラスのコートを被ったままで、顔を上げることもできなかった。


「レンツィ、ほら。冷たいタオルだよ。何があったのか知らないけど、目を冷やしな」

「ぅっ、奥さん……ありがどゔ。うぅっ……あ、ザイラズもゴードありがどゔぅ……がえすね……」

「い、いや……まだ被っといた方が良いんじゃない?まだ被っときなよ」

「っ、うん……ごめ……んっ、ゔ〜……っ」



 奥さんがくれた冷たいタオルが気持ちいい。

 暫く冷たいタオルを目に当てていると、漸く少しだけ落ち着いてきた。


 気持ちが落ち着いてくると、とんでもない醜態を晒してしまったことが気になる。迷惑もかけてしまった。


 そろりとタオルをずらして隣を窺うと、サイラスと目が合った。心配そうな顔をしてるけど、迷惑そうな顔はしていない。

 心配かけて申し訳ないな……。

 だけど落ち着くにはまだもう少し時間がかかりそう――――


 ん?

 目が、合った??


 あ、サイラスの顔をいつもは隠しているコートが私に被せられているから、しっかりとサイラスの目が見えるんだ。初めてちゃんと顔の全体像を見た。

 がぽっと被せられたけど、フードを被っている方は意外と周りが見えているんだな……。


 べっ甲のメガネの奥には綺麗なブルーグレーの瞳。

 落ち着いた口調同様に落ち着いた雰囲気で、だけど予想を遥かに上回る綺麗な顔立ちだったから驚いた。

 髪はフードから見えていることもあって、茶色なのは知っていたからそれは予想通りだけど、いつも見えている形の良い唇から想像していたよりもずっと美形だった。

 綺麗な顔立ちなのに何でいつも顔を隠すようにフードを被っているのだろう。


「――なに?」

「……サイラスの顔、初めて見たなって…………」

「あ!……そうだね。非常事態だったから、その」


 じっと顔を見ていたら一瞬怪訝な顔をされた。

 初めて顔を見たと言うと、顔を逸らしながら非常事態だったと言う。私も、自分であんなにいきなり号泣するとは思わなかった。


 逸らされた顔をもっと見ようと身を乗り出すと「もういいね!?返して!」とコートを剥ぎ取られてバサリとフードを被ってしまった。

 あっという間に見慣れたサイラスの出来上がり。


 サイラスの素顔、どこかで見たことがある気がするけど……どこだっけ?

 会ったというより見た気がする程度だし、サイラスも多分城勤をしているっぽいからお城で見たのかな?

 ………………?うーん、思い出せない。


「顔出せばいいのに勿体ない」

「勿体無いってなに?」

「だって、顔を見せた方が女の人にモテるでしょ?あ、でもモテすぎて困るとか?だから隠してるのか」


 レッカーには女性客も多いけど、いつも目深にフードを被っているせいか、私の知る限りサイラスに声を掛ける女の人はいない。

 顔を出したほうが良いと思ったけど、これだけ綺麗な顔立ちなら逆にモテすぎて困ってしまうのかも。だからフードをいつも被っている可能性もあるな。


「へ?――そんなことか。いいよ別に。好きな人に好かれれば」

「そうなんだ。男の人って皆モテたいのかと思っていた」


 パヴェルも女の人に囲まれているときはどことなく嬉しそうだから、そうなのだと思っていたけど違う人もいるんだ。


「で?泣いていた理由は聞いた方がいいの?」

「……っ……い、妹って言ってた」

「……あー。なるほどね」

「私も兄だと思ってる筈だって。兄だなんて一度も思ったことないのに。私のことは大切だけど異性としてという意味ではないって……ずっと、ずっと好きだったのに。ずっと…………っ……」


 横からサイラスの手が伸びてきて、髪をかき混ぜるように少し乱暴に撫でられた。

 パヴェルの優しい頭ポンポンと無意識に比べてしまう自分が嫌だ。

 ついさっきもパヴェルのことを引き合いに思い出したし……失恋したのに、こんなにも瞬間的にパヴェルが思い出されるほど、私の中を占める割合が多い。

 それなのに、妹としか見られていなかったなんて。


 薄々……気がついていたけど。妹みたいに可愛がってくれているって。

 妹の立ち位置だから、パヴェルは私に優しくて他の女の人より許してくれていて、特別扱いしてくれるんだって。分かっていた。

 だけど、もう二十歳なのに。

 お酒だって飲めるし、大人の女性になったと思っていたのにな。


「ゔ〜……っ……」

「……女将、冷たいタオルもう一本ちょうだい」

「あらぁ。待ってて」



 ◇



 迎えに来たラルフがじっと顔を見てくるからつい目を逸らしてしまう。


「パヴェル様からお嬢様が無事に帰宅しているか問い合わせがございましたよ」

「そう……それで?」

「お嬢様の所在は確認できておりましたので、無事ですと返答いたしました」

「そう。ありがとう」

「喧嘩でもなさったのですか?」

「…………別に。そんなのじゃないよ」


 喧嘩できるならまだマシだったかも。喧嘩にもならない。

 ただの妹だから。

 私が我が儘を言えば、パヴェルは少し困ったようにしながらも願いを聞き入れようとしてくれるだろう。可愛い妹だから。

 だけど、妹は最愛の人にはなれない。

 喧嘩をしても最愛の人になりたかったのに。

 パヴェルの唯一になりたいと願っていたのに。


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