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彼女には関わらないようにするつもりだった【ユリウス視点】

 

 俺はあの日、彼女を見るつもりも関わるつもりもなかった。だけど、それは正解だったと今なら言える――――



 第三王子宮で料理人をしていた男が開いたビストロ『レッカー』は、いつしか俺の息抜きの場所になっていた。

 初めて店に訪れた時の、この店のオーナーであるヘルベンとその妻メリッサの慌てぶりは忘れられないが、すぐに俺が素性を隠してお忍びで来ていることを理解し、今では完全に他の客と同等に扱ってくれる。

 周囲も平民ばかりで、こんなフードを目深に被った怪しげな一人客は触れずに、そっとしておいてくれるから気が楽だ。

 声が大きい者が多く、何気ない市井の情報を得やすく、民の価値観を知れるのも良い。


 そんな俺の憩いの場所に、ある日突然貴族の令嬢が現れるようになった。

 店では名前をレンツィと名乗っているが、フロレンツィア・オルモス伯爵令嬢だとすぐにわかった。


 何故なら、研究バカと名高い魔術研究所所長の娘だからだ。

 俺は魔術研究所の副所長を務めているが、オルモス伯爵は所長という肩書きを持っているのに研究ばかりして所長らしいことをしない。

所長が研究バカな上に、重要な部署だから王族である俺が魔術研究所の実質的な管理を任されている。魔術は好きだから良いけど、所長の仕事もこっちに来るから結構負担が掛かる。少しは所長らしい仕事もして欲しいところだ。


『娘が結婚したんです…………しかも!隣国に!隣国の公爵に見初められるなんて、流石私の娘だ。親の私から見ても本当に美しく魅力のある子だった。だけど、隣国はないだろう……中々会えなくなるじゃないか!』


 所長がおかしいと所員からの報告を受けて所長室を訪ねると、娘が嫁いだことを悲しむあまり研究を放棄していた。

 週の半分は所長室に泊まり込むような人だから、家族のことはどうでも良いのかと思いきや、ここまで嘆くほど娘を愛していたのかと驚いた。

 こんなに悲しむくらい愛していたのならもっと家に帰ればいいのに。


『もうひとり、娘がいるんですよ。もしも次女にまで外国に嫁がれたら、私はもう何を生き甲斐に生きて行けば良いのか……あの子には絶対にこの国で相手を見つけて欲しい!あぁ、フロレンツィア。父の為にも国内の男と結婚してくれ』


 てっきり魔術研究が生き甲斐なのだと思っていたら、娘が生き甲斐。何を生きがいにって、魔術研究は生き甲斐ではなかったとは……。驚きの連続だ。


『でも、次女はまだ暫く大丈夫そうなんですよ。私にとっては可愛い娘ですが、長女が華やかで人目を惹く容姿だったものだから、次女は自分は異性から相手にされないと思い込んでいるんです。それに、私に似て魔術研究の才能がある。楽しそうに魔術研究をしているんですよ。だから、まだ暫くは大丈夫そうなんです』


 確か、下の娘は魔術研究所に所属していたな。

 第三棟に入所したフロレンツィア・オルモス。入所して間もないのに既に可能性を感じさせる研究をしていると報告されている。

 一度見かけたが、異性から相手にされないような見た目ではなかった。確かにぱっと人目を引くタイプではないが、俺には思慮深そうで好印象に映った……

――――ということが半年ほど前にあったばかりだ。


 俺がレッカーに来る時は認識阻害の魔術で髪や目の色を変えているし、眼鏡をかけてフードも被り変装している。

 名前も完全に偽名だ。


 ヘルベンに『ここで貴方様をユリウス殿下とお呼びすることはできません。呼びかける時になんと呼べば良いのか困ります』と言われ、『では、サイラスと呼べばよい』と咄嗟に自分が一番呼び慣れた側近の名を言ってしまった。

 無意識で一番見慣れているサイラスの髪色と目の色に変えてしまった上に、サイラスという名を選んだことを今となっては少し後悔している。


 偽名で変装もしているからレッカーの客に、万が一、フードの下の顔を見られても、俺がこの国の第三王子だとは認識しないはず。

 そもそも平民は国王や王太子の顔は分かっていると思うが、第三王子の顔まで正確に認識しているか不明だし、ましてや第三王子の側近のサイラスは知らないはずなので、問題は起きないだろう。


 だが、城で働く者には認識阻害反射ネックレスを携帯させている――これはオルモス伯爵が開発した画期的な魔術道具だ。

 認識阻害反射ネックレスをしていれば、認識を阻害する系統の魔術は効かないという優れものなので、俺本来の姿が見えてしまう。

 更に、フロレンツィア・オルモスは貴族令嬢として王子である俺の顔も分かっているはず。


 そんな訳で絶対に顔を見られないように、彼女がレッカーに通い出してからは、より一層フードを目深に被るようになった。


 彼女はレッカーが気に入ったらしく、大体週に二回、多い時で四回は仕事終わりに来ているようだ。

 成人しているとはいえ、貴族令嬢が夜に一人で出歩いて親は何も言わないのか!?と思ったが、週の半分は家に帰らない父親だった……。

 母親も事業を興して国内外を飛び回る多忙な日々を送っていると聞いたし、放任主義、個人主義の家庭なのかもしれない。

 毎回迎えが来てちゃんと家に帰っているだけ、彼女が一番まともに思える。


「いらっしゃい、レンツィ!今日はここしか空いてないんだけど、良いかい?」

「うん、私は大丈夫!お隣失礼して良いですか?」

「……どうぞ」


 毎月労働者階級の者へ給料が支払われる日は、店内が混雑する。その日は一段と大盛況で、俺がいつも座るカウンターの隣しか席が空いていなかった。

 フードを目深に被ってカウンターの端にいる怪しげな男の横しか空いていないと言うと帰る客もいたのに、彼女は気にならないらしい。貴族らしいおおらかさ、言い換えれば危機感の無さか。


 万が一にもバレないように、隣同士でも彼女には関わらないようにするつもりだった。

 今日は気が休まらない……と思いつつ、いつものように一人で飲み食いするだけのつもりだったのに。


 この後すぐから彼女に釘付けになるとは思わなかった――――


同一人物でも名前の呼び方が人や事情により異なるので、念のため。

フロレンツィア=フロウ、レンツィ

ユリウス=サイラス、第三王子、殿下

パヴェルはそのままで別の呼び方はありません。


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