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ひとつの案を思い付いた【ユリウス視点】

 

 昨夜、レッカーからの帰り道に馬車の中で話せた。

 レンツィがまだ俺に気持ちを向けてくれているのが嬉しすぎて、気持ちの昂りが、愛おしさが溢れてやばい!と思っていたら、レンツィがいきなりぎゅっと目を瞑るから我慢できなかった――――


「殿下?」

「ん?」

「オルモス伯爵令嬢と仲直りされたのですね」

「うん」

「それは良かったですが、仲直りを祝ってパーティーでもひらくのですか?」

「いや。レンツィと二人で休憩するだけ」

「お二人にしては、デザートの量が凄いですね」

「……つい」

「あ、いらっしゃいましたよ」

「レンツィ!お疲れ様!」

「わぁ!……すごいね」

「レンツィの好きな物ばかり集めたんだ」

「今までも好きな物だったよ」

「喜んで欲しいからね」


 今回必要以上にデザートを用意したのは、ただ仲直りできて嬉しかったり久しぶりにお茶ができたりするだけが理由ではない。


 昨夜は聞けなかったが、俺との結婚に前向きになれない理由を聞こうと思っているからだ。

 そこをはっきりさせないとまた同じように不安になって心にもないことを言ってしまいかねない。


「とりあえず、食べて」

「うん。いただきます。――ん〜!美味しい!」


 これ。

 これだ。

 この笑顔。

 あー、可愛い。

 昨夜はここまでじゃなかったし、久しぶりにちゃんとこの笑顔が見られた。

 顔が緩む。

 レンツィが俺の視線を感じたのかこちらを向いたけど、途端に頬を染めて顔を背けてしまった。

 小声で「そんなに見ないで」と呟いているから、可愛くて頬を突っつくと恨めしそうに見てきた。

 可愛すぎるだろ。

 ちらっとサイラスを見ると後ろを向いて資料整理していたので、拗ねたように軽く尖らせているレンツィの唇にちゅっと口づける。


「っ!?ユ、ユリウス……!」

「しーっ!サイラスにばれる」

「……殿下?」

「はい」

「節度を守ってくださいね?」

「はい」


 ◇


「……はぁ。もう食べられないかも」

「残りは包ませようか。持って帰る?研究室の皆にお裾分けしてもいいし」

「あ。じゃあお裾分けしようかな」

「うん。サイラス」

「手配いたします」

「レンツィ」

「なに?……どうしたの?」

「俺との結婚に前向きになれない理由を教えてほしい」


 俺は多分かなり真剣な表情をしていただろう。

 それはそうだ。

 レンツィの答えによって二人の未来が変わりかねないのだから。

 俺の顔を見て、それまで美味しいものを食べて幸せそうな笑顔だったレンツィも居住まいを正して話し出してくれた。


「……自信がないの。私に王子妃が務まると思えない」

「妃教育は順調だって報告を受けているけど」

「歴史とか人間関係とか、あとはしきたりとか、そういう覚えればいい事は時間があればどうにかなるけど、対人面での対応とか、気持ちの問題はどうにもならないでしょ?口酸っぱく『王族として、公平公正、利他的な行動を』と言われるけど、私はそういう崇高な精神をいつでも持てる自信がないの。一番の理由はそれ」

「なるほど。そんなに『公平公正、利他的な行動を』って言われる?」

「うん……それで覚悟もできていないのに詰め込まれて苦しくなってしまって……」

「そうか。確かに俺も子供の頃からそう言われてきた。だけど、王族は聖人ではないから、実際は皆利己的だよ」


 俺がレンツィとの婚約を勝手にすすめたのは自分のことしか考えていなかったし、王位継承権を放棄する前に何度も暗殺者を差し向けられたのも利己的としか言いようがない。例えば民を苦しめる暗愚な王を民のために暗殺しようとするのとは訳が違う。


「一番の理由ってことは、他にも何かある?」

「うちの家督は誰が継ぐことになるのかなって。お父様は私に婿をとって継いで欲しいと思っていたみたいで……だから、パヴェルに声をかけたのだと思うの。そう考えると……お父様も寂しがるな、とか……仕方がないけど」


 確かにパヴェル・ピーリネンはオルモス伯爵家の婿として、ちょうどいい人物だ。

 レンツィの幼馴染だし、次男だし、人柄も穏やからしいし、頭も悪くなさそうだ。

 だけど、あの時レンツィはあいつのことを好きだったから、オルモス伯爵は娘が好きな人と結婚できるようにとあいつに声をかけたという理由もあったはずだ。

 オルモス伯爵の話を聞いた限りでは、婿としてちょうどいいからというよりも、そちらの理由のほうが強いと感じた。


 それにしても、レンツィがそんなに家のことを気にしていたなんてな。

 俺としては、オルモス伯爵家は親戚筋に男が多いようだからそちらから養子を貰うことになるだろうと思って心配していなかった。

 跡継ぎに養子をとる貴族は珍しくないし。

 なんなら、オルモス伯爵はまだまだ元気そうだし、俺たちの子供が二人以上生まれたら、ひとりを伯爵家の養子にしてもいいと考えたこともある。

 陛下ならきっとこちらの案を支持するだろう。


「他にはある?」

「他は……あとは……あ、仕事は続けられるのかなっていうのも、少し」

「研究員としての仕事は、レンツィが続けたいうちは続けてほしいと思っているよ」

「いいの?」

「勿論。話は戻るけど、レンツィの研究員としての才能は第三王子の妃として足る成果を上げているしね。さっき、利他的であれと言われると言っていたけど、人の役に立つ道具や品物を作り出しているレンツィはある意味で充分利他的だと俺は思うよ」

「…………利他的って、そういう事じゃなくない?」

「とにかく、レンツィの気持ちはわかったよ。レンツィの不安が取り除けるように、いい方法がないか俺もちゃんと考える。だから、少し時間が欲しい。いい?」

「うん」

「レンツィだけの問題じゃないんだ。ちゃんと二人で乗り越えていこう」


 レンツィから話を聞いた俺は、翌日すぐに陛下との面会を取り付けた。

 レンツィの話を聞いているうちにひとつの案を思い付いたのだ。


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