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日課【ユリウス視点】

 

 冷静さを欠くとこうなる。

 レンツィを責めて、距離を置いて、もう一カ月も経ってしまった。

 この間、レンツィとは一度も会っていない。

 レンツィが会いに来てくれるのを待っているが、レンツィは俺には会いたくないのだろうか。


 レンツィを責めてしまったあの日、休憩時間のお茶に来てくれなかったのがショックだった。

 迎えに行こうか迷ったけど、迎えに行って断られたらと思うと体が動かなかった。


 翌日もそわそわしながら待っていたけど、無情にも休憩時間が終わってしまった。

 翌々日にはサイラスから『そんなに会いたいなら迎えに行けばいいでしょう。代わりに行ってきましょうか?』と言われたけど、レンツィより立場の強い俺やサイラスが行くと、意外と押しに弱いレンツィは断れないはずだ。

 来てくれても表情が優れないレンツィを見るのが怖くて、来てくれるのをただ待つことにしてしまった。


 日にちが過ぎれば過ぎるほど、今更迎えにも行けなくなって、身動きが取れなくなった。

 俺が悪かったとわかっているから、俺から謝るべきなのに。

 唯一、レンツィはまだ妃教育を受けてくれているのが、俺の心の支えになっている。


「殿下。またですか……」

「うるさい」

「いい加減、気持ち悪いです」

「うるさい」

「オルモス伯爵令嬢も殿下があれからずっとこうしてこっそり遠くから見ていると知ったら、流石に気持ち悪がられると思いますけど」

「…………」

「はい。その魔望鏡を渡してください」

「…………」

「渡してください」

「……レンツィには言うなよ」

「言えませんよ」


 会いたくて、顔が見たくて、だけど会いに行くのも怖くて。

 朝と夕方、魔術研究所と城を繋ぐ渡り廊下を魔望鏡を使って遠くから眺めるのが日課になった。

 それくらいしかレンツィを見るチャンスがないから。


 寂しくなって会いに来てくれるかもしれないと淡い期待をして、最近は魔術研究所副所長の仕事以外もすべて副所長室で行っているが、レンツィが訪ねてくれることはない……。

 もしかしたら会えるかもしれないと思って、無駄に魔術研究所内をうろつくこともあるが、見かけることさえない……。

 レンツィは俺に会いたいと思わないのだろうか――――


「いい加減、素直になって謝りに行ってはいかがですか」

「レンツィは俺には会いたくないのだろう」

「お互いに分かった気になって、お互いに遠慮しあっているだけだと思われますが」

「…………」

「今回こうなったのもお互いに違う原因があると思っていそうですけど。冷静にちゃんと考えていることを話し合えば、解決の糸口は見いだせると思いますよ」


 確かにちゃんと話をするべきかもしれない。

 これまでも認識が間違っていて深く誤解しあったままだったこともあった。

 自分の想像したことをレンツィもそう思っていると考えて、何を考えているか聞くこともしていなかった……。

 だけど……。


「殿下。そろそろ予算会議に行かれませんと」

「分かってる」


 レンツィは今日はいつもの時間に退勤しなかった。

 どうしたんだろう。

 研究に没頭しているのだろうか。

 これ以上遅くなったら暗くなってしまう。

 城内ならコリーもいるし、影からも見守っている護衛がいるからいいけど、これ以上遅くなるのは心配だな。

 レッカーに行く日は街中を歩いて行ってるみたいだし、大丈夫だろうか――――


「あっ!」

「あ」

「レ、レンツィ」

「ユリウス……」

「………………」

「………………」

「……殿下、会議に遅れます」

「あ。じゃあ……」

「待って!この後、――行く?」

「あ……行こう、かな……」

「俺も後で行く!」

「うん」

「じゃあ」

「うん!」


 会議へと向かっていると、急に出会い頭にレンツィと遭遇したから焦った。

 だけど、ぶわっと感情が昂るのを感じた。

 うじうじ悩んでいたのなんてどうでも良くなるくらい、レンツィが目の前にいるということしか考えられなくなった。

 目の前にいるレンツィを見ることに集中してしまった。


 ……早く会議を終わらせよう。


 ◇


 いつもならのんびり会議に臨むところ、鬼気迫る勢いで話を進めた結果、魔術研究所の予算が多めに取れた。


 そして急いでレッカーに行くと、いつもの席にレンツィが座っていた。

 会えた!レンツィがいる!俺を待っててくれた!という歓喜に包まれる。

 気分的には駆け寄って掻き抱きたいくらいだったけど、歓喜に遅れて直ぐに不安も押し寄せてきた。


「お待たせ」

「あ。お疲れさま」

「いらっしゃい!今日はレンツィも久しぶりに来てくれたけどサイラスも。ふたりとも本当に久しぶりだね。ふたりとも急に来なくなるから心配したんだよ。何かあったのかい?」

「ちょっと……」


 女将が嬉しそうに俺たちの来店が久しぶりだと言う。

 レンツィもこの間はレッカーに来ていなかったのか。

 それだけ俺のことを避けていたのかと思うと落ち込む……。


「……とりあえず、乾杯しようか」

「うん。乾杯」


 その後もぎくしゃくとした空気がしばらく続いていたけど、次第に何事もなかったかのように話せていた。

 もちろんいつも通りではなく、レッカーでレンツィと話をするようになった頃くらいの感じに近かく、踏み込んだ話はしなかったけど、それでも話せていることが嬉しかった。


 ただ、文字通り『何事もなかったように』敢えてお互いにあの日喧嘩したことには触れないようにしていた。

 レッカーでは話しにくい内容だから、敢えて避けてくれているのかもしれないけど。


「そろそろ迎えの時間だよね。送る」

「ありがとう」


 レッカーの中では話せないことを話したくて送ると言ったのに、結局無言でオルモス家の馬車まで歩いてきてしまった。


「…………」

「……送ってくれてありがとう」

「レンツィ――ごめん!俺が悪かった!心にもないことを言ってしまった」


 そのままでは駄目だという思いが強くなり、このチャンスを逃したら後がないかもしれないと、とにかく謝った。


「え。や、やめて。私も、私が悪かったんだし」

「いや!レンツィは何も悪くない。俺が勝手に嫉妬して、結婚に前向きになれていないレンツィに不安を感じてあたってしまったんだ」

「え?パヴェルとの婚約話が出てたことを知って誤解していたんじゃないの?だから私がパヴェルと結婚したがってると勘違いされてるのかと思っていたんだけど」

「あー……婚約話を持ちかけたのは前から知っていた。それを知ったレンツィが奴と結婚したかったと思ったんじゃないかと疑ったけど」

「え!?婚約話があったことを知っていたの!?」

「レンツィに妃探しの儀の招待状を送る前に、オルモス伯爵から聞いていた」

「そんな前から!?」

「知っててレンツィに求婚した。弱っていたところに付け入ったんだ」

「…………そんな。知らなかったのは本当に私だけだったの……」

「ごめん。怒った?」

「ううん。びっくりしただけ」

「レンツィは自分が悪いと思っていたの?なんで?」



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