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あーーーっ【ユリウス視点】

 

「ギースベルト家の夜会で、オルモス伯爵令嬢がパヴェル・ピーリネンと一緒にいるのを見た者から、『二人が連れ添って夜会に参加していた』『フロレンツィア様は殿下と婚約している身でありながらパヴェル・ピーリネンをエスコート役に選んだ』と噂になったようです」

「…………」

「実際には別々に会場入りして会場内で会って話していただけのようですが」


 朝から淡々と報告してくるサイラスが腹立たしい。


「そんなことは分かっている。ギースベルト家とオルモス家、ピーリネン家が昔から仲がいいのは有名な話だからな。レンツィとパヴェル・ピーリネンが幼馴染なのも知られた話だ。百歩譲って噂が事実だとしても、幼馴染ならなんの問題もない。くだらない噂を流してまだレンツィを蹴落とそうとする者がいるのか」

「くだらないと言う割に、目付きが悪くなっていますよ」

「頭では分かっていても、俺がエスコートできていればこんなくだらない噂は流れなかったし、まだレンツィに嫉妬している女に腹が立つものは仕方がないだろ!」

「……人前では出されませんように。折角、ここ最近殿下は本当に穏やかな方だと好感度が高くなっていたのですから」

「俺の好感度が高くても低くても関係ないだろ。王座を狙っていないんだから。……とりあえず、レンツィに会いに行く」

「いってらっしゃいませ」


 ギースベルト家の夜会があった翌日には噂が駆け巡っていた。

 何よりも『パヴェル・ピーリネンと親密そうに話をしていた』という噂が気に入らない。

 レンツィのことは信じているけど、レンツィが長いこと好きだった相手だと思うだけで、あいつのことは好きになれない。


 レンツィから『やっぱり家同士の付き合いもあるし、夜会には一人で行こうと思う』と聞いていたから、そんな噂は嘘だとわかっている。

 それでも、夜会では何もなかったと一応確認したほうがいいだろう。噂の相手がよりによってレンツィの好きだったパヴェル・ピーリネンだし。


 朝からレンツィの研究室に向かっていると、少し遠くにレンツィの姿があった。


「あ、レン……」


 声を掛けるのと行き違いで俺に気づかずに、所長室に入っていった。

 親子だからと馴れ合うことはせず、魔術研究所内では他人のように殆ど関わらない二人なのに、珍しい。


「――……を、どうして私には黙っていたの!?」

「内々の打診をしただけで、正式な婚約話ではなかったからね」

「だとしても、私に話してくれてもいいでしょう!?当事者なのに私だけ知らなかったなんてありえない!」

「もう終わったことだから、ね」

「ね、じゃない!パヴェルに婚約の打診をしたんだったらもっと早く言って欲しかった!それなら――」

「フロウ、その辺で。殿下がいらっしゃってる」

「えっ!?」


 所長室に近づくとドアが半開きでレンツィの声が聞こえてきた。

 話の内容から人に聞かれてはまずいと思い、周辺に消音魔法を掛けたが……

 驚愕の表情で振り返ったレンツィは直ぐに視線を逸らしてしまった。


「立ち聞きするつもりはなかったが不躾な真似を……流石にオルモス所長には気づかれてしましたか」

「お手数をおかけいたしました」

「大丈夫ですよ。それよりも、レンツィ……」

「…………はい」

「レンツィ。場所を変えようか。話をしよう」


 オルモス伯爵の前では冷静なふりをしていたが、『パヴェルに婚約の打診をしたんだったらもっと早く言って欲しかった。それなら』というレンツィの言葉が引っかかって、内心穏やかではなかった。

 それなら――の後に続く言葉は、なんて言おうとしていたんだ。


「座って」

「はい」

「パヴェル・ピーリネンと結婚したかった?」

「え?」

「さっき、言ってたよね。もっと早く言って欲しかったって。それって、もっと早く知っていたらパヴェル・ピーリネンと結婚できたかもしれないって思ったからじゃないの」

「え。違うよ」

「じゃあなんで?レンツィは俺との結婚は前向きじゃないし、あいつとの婚約話を早く知りたかったってのは、そういうことじゃないの?」

「……気づいていたの?私が前向きになれていないことを」

「気づくよ。結婚式の話には明らかに後ろ向きだし、気づかない方がおかしいだろ」

「ごめん」

「なんで謝るの?」

「だって…………」


 だって、なんだよ?

 気持ちが戻ってしまったなんて言うなよ?

 ……俯いたって話してくれないと分からないよ。


「あいつがレンツィに自分とも婚約話があったと話したってことは、満更でもなかったんだよな」

「それはないよ。パヴェルは私を妹としか見ていないって言ってたんだから。知ってるでしょ?」

「今だから言うけど、それって何か誤解があったんじゃない?『妹のように思っていた――けれど、そうじゃないと気づいた』とか、話には続きがあったかもしれないだろ」

「……それは、分からないけど」

「夜会で婚約話を出して来たのも、隙を狙ってきた可能性だってあるだろ」

「そんなことはないと思うけど……パヴェルはそんな感じで言ってた訳じゃないし」

「ふぅん。よく分かってるんだな」

「パヴェルは幼馴染だもん。実際に話をしていたのは私だし、それくらいはなんとなく分かるでしょ。パヴェルとは子供のころから知っている仲だし」

「幼馴染ね。庇うんだな」

「庇う訳じゃなくて、事実として。パヴェルとはただの幼馴染として話をしていただけだし」

「レンツィはそうだとしても相手もそうとは限らない」

「それはないよ。パヴェルは――」

「それに!ただの幼馴染じゃなくてずっと好きだった人だろ?そんな奴との婚約話があったと知ったら、嬉しくなるし庇いたくもなるよな」

「何言って……パヴェルは――」

「あいつと婚約したかったんだろ!?レンツィは俺とは結婚したくないみたいだし、あいつも満更ではないなら、俺との婚約は解消して婚約し直せば!?」



 あーーーっ……!!


 言ってしまった。

 レンツィが『パヴェル』と何度もあいつの名前を呼ぶのも、庇うのも嫌すぎて、話をしていたら不安と苛立ちがピークに達して、絶対に言ってはならないことを口走ってしまった。

 婚約解消なんて、心にもないことを……!

 本当に婚約破棄になったらどうしよう。

 しかも、かっこつけてあの後、「お互いに頭を冷やそう」とか言ってしまった。


 頭を冷やすのは俺なのに……。



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