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想像できない【フロレンツィア視点】

 自宅での夕食を終えて、私室に戻ろうと食堂を出ると、珍しくお父様が帰宅したところだった。

 お父様は相変わらず、あまり家に帰ってこない。


「あ。お父様、おかえりなさい」

「あぁ、フロウ。久しぶりだね。顔を見せて」

「もぉ小さな子供みたいにしないで。それに、そう言うならもっと帰ってきたらいいのに」


 私に気づいたお父様は足早に近づいてきて、笑顔で私の顔を両手で包むようにしてきた。

 子供の頃から久しぶりに会うとやっていた仕草だけど、さすがにもうやめて欲しい。


「あー、ハハ。そうだね。大人になったなぁ」

「大人って、成人してもう何年も経ってるけど?」

「そうだね。フロウとこうしてこの屋敷の中で顔を合わせるのはあと数回かもしれないんだなぁ」

「…………」

「フロウはずっとこの屋敷にいてくれると思っていたけど、結婚したらなかなか会えなくなるんだもんね。シーナのように……。フロウが結婚するまではもう少し帰ってくるようにしようかな」

「ずっとこの屋敷にって。私はお嫁にいけないと思っていたの?ひどくない?」

「お嫁にいかないというか、婿をとってこの家を継いでくれたらいいなと思っていたんだ」


 ……あ。

 お姉様が結婚したときに、私が婿をもらってこの家を継ぐことになるのかなって、ぼんやりと思ったんだった。

 第三王子殿下の相手に選ばれたのが衝撃的過ぎて、すっかり忘れていた。


 確かに私が継がないと、うちには男児はいない。

 誰か親戚の中から養子を探すことになってしまう。

 実質的に叔父夫婦が領地の管理をしているし、私たち姉妹が継がない場合は従兄弟を養子にするのが良いんじゃないかと考えたこともあった。

 だけど、お父様は私に婿を取って継いで欲しいと思っていたのかな。

 本当ならお姉様か私が婿を取って跡を継ぐのが一番良かったのだろうけど。


「あぁ、家のことは心配しなくてもいいよ。養子を探そうと思えば候補には困らないからね」

「うん……」


 お姉様の結婚式前夜にこっそりと泣いていたお父様を思い出した。

 私の時も泣くのかなと思うと、しんみりしてしまう。

 私が結婚したら、お父様はますます研究に没頭して屋敷に帰らなくなりそう……。

 お母様が月に一度、帰国する時にしか屋敷に帰らなくなったらどうしよう。

 もう若くないんだし、もう少し体を大切にして欲しいんだけどな。

 お父様や家の事が心配だからってユリウスがうちに婿に来てくれるはずがないし……。



「お嬢様、今年もギースベルト家から夜会の招待状が届いております。今年も出席とお返事してよろしいですか?」

「うん。ありがとう、ラルフ」


 ギースベルト家とは家族ぐるみで交流のある貴族で、パヴェルの家のピーリネン家と我が家と三家で仲がいい。

 奥様が社交的で夜会や茶会を開くのが好きで、社交界シーズン中は何度も開かれている。

 我が家が招待されるのは親しい人だけを集めた小規模な夜会。

 お母様が事業を始める前は、我が家からはお母様とお姉様と三人で参加して、お母様が事業を始めてからはお姉様と二人で参加し、お姉様が結婚してからは私一人で。

 一人で参加するようになってからは、パヴェルにエスコート役を頼んでいた。


「あっ、でも……待って」

「何かありましたか?」

「今年は、ユリウス殿下に参加していいか確認してから返事したほうがいいかな?」

「あー、そうかもしれませんね。お嬢様のお立場は今やただの伯爵令嬢ではありませんし、夜会の参加ひとつにも意味を見出されてしまう可能性はありますね」

「だよね。一応確認してからにするから、返事は保留にしておいて。明日聞けると思うから、招待状貸して」


 今の私は王族の正式な婚約者ということで――これを考えるとお腹の辺りが重く感じるけど、私は王族に準ずる存在になってしまった。

 自分のことを貴き存在なんて思っていないけど、貴き方が自分の屋敷の夜会に参加されるのは名誉なことで、そんな方を招待できるというだけで、力を示すことになる。

 その屋敷の者が誇示しなくても、周囲が忖度して知らぬ間に押し上げられることもあるし、上昇志向の強い者のなかには虎の威を借る狐も多い。

 ギースベルト家の方はそういうタイプではないと思うけど、今の置かれた立場を思うと、昔馴染みの家の夜会も自由に参加できないと考えるべきだろう……。


 ◇


 翌日のユリウスとのお茶の時間に、夜会への参加について聞いた。


「ギースベルト家の夜会?あぁ、オルモス家と付き合いがあるんだったね」

「うん。毎年参加していたんだけど、どうなんだろうって思って」

「相談してくれてありがとう。レンツィはよく分かっているね。確かに、招待されたからって所構わず参加されるのは困る」

「やっぱり」

「だけど、ギースベルト家なら大丈夫だ。元々大臣を務めている家系だし、この夜会では招待されていないけど、王家にも毎年招待状が届いていたはず」

「そうなの?」

「うん。呼ばれるのは俺じゃないし、毎年行くとは限らないけどね。だから、レンツィが参加しても問題ないよ」

「そうなんだ。良かった。毎年恒例だったし」

「あ、そうだ。俺がエスコートしようか」

「え?良いの?」

「うん。仕事のようなものだけど他の貴族の家の夜会に参加することもあるし。レンツィのエスコート役なら喜んでするよ」

「ありがとう。んー……でも、まだ行くと決めたわけじゃないから。もしかしたら断るかもしれないし」

「そう?まぁいいけど、遠慮はいらないよ」


 まさかユリウスがエスコート役を申し出てくれるなんて。

 エスコート役をユリウスに、本当に王子に頼んでいいのだろうか。

 結果的に私が誰か偉い人から怒られることになりそうで不安。


 それに、ギースベルト家の面々もいきなりユリウスが現れたら驚くよね。

 王家の方を招待しているって言ってたけど、それは多分社交シーズン中に開く一番大規模な夜会にだろうし。


 予告せずにユリウスを伴って行くのは躊躇われるし、かと言って前もって伝えておくのもどうなんだろう。

 ギースベルト家としては王族に慣れているかもしれないけど、王子が来るなら相応の準備も必要になるし……。


「ところで。結婚式だけど、大聖堂と王城の教会のどちらかで挙げるけど、どちらという決まりはないらしいんだ。レンツィはどっちが好き?」

「えっと……」


 ……どうしよう。

 大聖堂も王城の教会も、どちらも私には立派すぎて、そこに立っている自分が想像できない。

 その二つをどちらが好きかなんて視点で考えたことがない。


 これまで結婚式にはほとんど行ったことがないけど、友達の結婚式は主役のふたりが笑顔に溢れて、参列者もみんな笑顔で、小高い丘の上に建つ小さな教会も雰囲気が良くて、『素敵。私もこんな結婚式にしたいな』と憧れたりした。

 お姉様の結婚式はお相手が他国の公爵様だったから、凄く立派な教会で華やかで、結婚式の作法も結婚式後のパーティーも憧れよりも大変そうと思った。


 だから、なんとなく私は慎ましやかな結婚式がいいなと想像していたことはあったけど、大聖堂や王城の教会なんて――――


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