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早一カ月【フロレンツィア視点】

 

 ユリウスの正式な婚約者になっていたと知ってから早一カ月。

 私を取り巻く環境には、いくつか変化があった。


 大きく変わったところは、妃教育が始まったこと。

 毎日仕事の合間に食い込むようにスケジュールを組まれている。

 他国から嫁いでくる妃向けの教育プログラムだったものが元になっているらしく、自国の貴族は分かっていることが前提のため、一日数時間で済んでいる。

 継承権を放棄した第三王子の妃というのも短時間で済んでいる理由らしいけど。


 とはいえ、何が何だか。

 自分の中で変化を受け止めきれないまま新しいことを詰め込まれるように、流されるまま授業を受けている。

 だから、どこか地に足が着いていない感覚がずっとある。

 必死に目の前に出されたものを覚えている状態なのに、次々と新しいことが出てくる。

 復習はなく、毎日新しいことを教えられるばかりなので、家に帰ってからも勉強の日々。

 ちゃんと身についているのかさえわからないまま、毎日が過ぎていく。


 変わらないことは、ユリウスと休憩時間にお茶をすること。

 今日も目の前には美味しそうなケーキ。

 以前、お茶の時にデザート三種類は多すぎると言ったから、今は甘い物としょっぱい物が一種類ずつになった。

 その分、一つの大きさが増したからあまり変わらない気がするけど……。


「どうした?食べないの?今日はシフォンケーキの気分ではなかった?」

「ううん。そんなことないよ。いただきます。――ん!ん〜美味しい!ふわっとしっとり!クリームとの相性もいいね!このクリーム、チーズみたいな風味がする」

「クリームチーズとレモンピールが少量混ざっているらしい」

「だから爽やかなんだ!重く感じないから美味しい」


 私が美味しいと言って食べていると、ユリウスが甘い微笑みを向けてくるのも変わっていない。


 想いが通じあった翌日のお茶の時間に、あまりにも甘い微笑みを向けられてタジタジになり、『前から思っていたけど、そんな顔でこっち見ないで!』と我ながらかわいくないことを言ってしまった。

 ユリウスは一瞬虚をつかれたような表情になったけど『レッカーでレンツィが美味しそうにご飯を食べる度に、フードの下ではずっとこうして見ているんだよ。もう気持ちや表情を隠さなくても良くなったんだし、慣れてよ』と、より一層甘く微笑まれて、余計狼狽える結果になった。


 ユリウスの甘い微笑みに未だにドギマギしてしまうのも変わらない。

 顔や態度には出さずに、慣れたふうに装うことはできているつもりだけど、寧ろ内心では悪化している。

 ユリウスをただの第三王子殿下として見ていた時のほうが、まだ甘い笑みを冷静に受け止められていた。


 ユリウスは従者にも比較的にこやかに接しているけど、私以外にはあの甘い笑みではないことに、想いが通じあってから気づいた。

 この甘い微笑みは私にだけ。


 自分の好きな人が、自分に向けてだけ甘く微笑んでくれることや、近すぎるくらいに寄り添って座ってくるという事実に、私の心は隠しきれない喜びや照れで高揚し、わーーー!!と叫び出したくなる。

 心の中がこんなにもあっぷあっぷしていることを悟られないようにするのが精一杯で、上手く返せないのが今の悩み。

 それと、微かに増え始めた体重も……。


「今日のケーキも気に入ってもらえて良かった」

「う、うん。今日もユリウスが選んでくれたの?」

「そうだよ。明日は何がいい?」

「えっと、何でも大丈夫」

「最近のレンツィはいつもそればかりだな。もしかしてもう飽きた?それとも、食べたくない?」

「え。違うよ。ユリウスの選択に間違いがないから、お任せしたいの。サイズはもう少し小さくてもいいけど……」

「本当に?」

「うん。それに、知らないほうが今日は何かなって楽しみがあって良いし。それを励みに妃教育も頑張れる」

「分かった。明日も楽しみにしておいて」


 最近のユリウスは、私の頭の表面を滑らせるように撫でるのが癖な気がする。

 どこかうっとりしたように微笑みながらひとしきり私の頭を撫でて、それに満足すると至近距離で視線を合わせて一層甘く微笑む。


 わざと。


 私が耐えられなくて視線を逸らして、ユリウスが吹き出し、私が頬を膨らまし、ユリウスが『明日も美味しいお菓子を用意するから許して』と言うまでがセットになってしまった。


「あ、そうだ。ドレスの裾の刺繍はこっちとこっち、レンツィはどっちが好み?」

「あー……こっち、かな」

「こっちか。うん、分かった。衣装部に伝えておく」


 あれからあっという間に結婚式の日取りが決まった。

 王族の婚約期間は大体三年、短くても一年はあると思っていたのに、サイラス様から『半年後で調整がつきました』と言われたときは驚いた。

 婚約をして、妃教育も始まったのに、私は未だに自分が王族と結婚することが実感できていなかった。


 ユリウスのことは好きなのに、何故か結婚式の準備に前向きになれない。

 だから、結婚準備もユリウス任せ。

 ユリウスは嬉しそうに楽しそうに結婚式の準備をすすめているけど、私はユリウスと同じ熱量を持つことができていない。

 自分のことなのに……。


「あ、そろそろ戻るね」

「分かった。今日は行く?」

「うん、行くよ!」

「じゃあまた夜に。研究頑張って」

「ユリウスもね!」


 夜、時々レッカーへ行って二人で並んで美味しいご飯とお酒を飲むのも、変わっていない。

 私にとって大好きな時間――――


 ユリウスとお茶をした後、研究で使う資料探しのために図書室へ向かっていると、忍び笑いが聞こえてきた。

 正式に私たちの婚約が発表されて以来、こういうことが多くなった。

 わざと聞こえるように陰口を言って笑う声が聞こえてくる。

 王子妃という立場に興味がなくて知らなかったけど、意外と王子妃の座を狙っていた令嬢は多かったらしい。


 過激な意地悪をしてくる人は今のところいないし、悪意を向けられること自体、多分少ないほうなんだろうけど、やっぱり気持ちのいいものではないし、息苦しく感じてしまう。



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