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正体が分かって【ユリウス視点】

 

 文官から報告を聞いてからすぐに副所長室へ戻ると、レンツィが泣いていた。この数分で一体何が!?


「ど、どうした!?何があった!?サイラス!!」

「わ、私は何もいたしておりません!」

「では、何故彼女が泣いているのだ!?」

「分かりかねます」

「もういい!出て行け」

「それは……」

「出て行け!命令だっ!」

「しかし」

「聞こえないのか。自分の足で出て行け。それとも私の手を煩わせるか?」

「……はい。失礼いたします」


 サイラスが自ら出て行かないなら俺の魔術で副所長室外に飛ばして、中に入れないように結界を張ることはできる。

 それをさせるのかと匂わすと漸く出て行ってくれた。


 サイラスは俺の教育係も担っているから、もしやレンツィにもなにか説教をしたのか?

 二人きりにするのではなかったな。

 何があったんだ?

 何があったか教えてくれ。レンツィを傷つけるものからは俺が守るから。


「や、やめてください……」


 そっとレンツィの手を取ると拒否された。

 昨夜は手を繋いだし、嬉しそうにしていたのに、少しショックだ。

 だけど、絶対に離さない。レンツィはもう俺のものだから。


「どうして泣いてるの?この短い間に何があった?」

「…………」


 フルフルと首を横に振るだけで、ポロポロと涙を溢すレンツィに心が痛んだ。

 何があったのか分からないが、王子妃になれば、厳しいことに直面することもあるだろう。

 俺が盾となり絶対に守ると決意しているが、今回のように俺のいないところで起こることは防ぎきれないこともある。

 何があったのか話してくれないと対処も対策もできない。

 それに、レンツィが泣いているのに俺はまた見ているだけなんて嫌だ。

 今回は俺にも関わらせてくれ。

 俺の、副所長室内で起こったことだから、俺にも関わる権利はあるだろう?


「……レンツィ。俺にはなんでも話して欲しい」

「……え…………なん、で……」


 何故か困惑した様子だけど、漸く視線を合わせることができた。

 レンツィの濡れた瞳が俺の心を乱す。

 なんで泣いているんだ?何に心を痛めているんだ?


「泣かないで、レンツィ」


 とにかく泣き止んで欲しくて、そっと肩を抱き、頭を撫でた。

 レッカーでは誤魔化すように撫でるのが癖になってしまっていたけど、今は誤魔化す必要がない。

 ここではただ慈しんで撫でることができる。

 暫く髪の毛の流れに沿うように頭を撫で続けているが、何故かレンツィは固まって動かない。

 涙は止まったようだけど、何も反応しないのは何故だ?


「レンツィ?」

「……あなたは……誰、なんですか?」

「えっ?……――――あっ!?もしかして、レンツィ気付いてなかった?」

「………………?」

「あー……そうなのか。てっきり気づいててそうなのかと思っていたのに。ってことは、城にいる間はサイラスを意識してたってことか!?え。それは、いやだな。なんだ。気づいていると思って。だけど城の中では王子の面が外せないから。だからレンツィも分かってて、城では反応が薄いのも完璧に協力してくれようとしてるんだと思ってたのに。なんだ……あ〜そうか。なんだ。なんだよ」

「な、な、…………なん、どう…………?」


 なんだよ。そういうことかよ。

 まさか今まで俺に気づいていなかっただなんて。

 初めてレッカーで顔を見られた時の反応が鈍いと思ったら、まさか今まで気づかないままだったなんて。

 なんてことだ。驚くべき鈍さ。

 だけど、そんな鈍さも可愛いと思ってしまうんだから、俺はどうかしているな。


「レンツィって、結構鈍かったんだね」


 レンツィにも伝わりやすいように分かりやすく口角を少し歪めて笑った。

 レッカーで意地悪を言って揶揄ったり誤魔化す時はいつもしているから、見たらすぐに分かる筈だ。

 そういえば、王子でいるときにはあまり意地悪は言わないし、少し揶揄ったとしてもこんな風に笑ったことはなかったな。


 俺の口角を歪めた笑顔を見たレンツィはみるみるうちに目を見開いた。そして忙しなく瞳を動かしている。


「………………そんな訳……」

「レンツィ、城で働く者に渡してある認識阻害反射ネックレスは?」

「え?認識?…………あ、肩が凝るからネックレスは苦手でいつも白衣のポケットに入れてあるます」


 あるますって。

 今更俺が誰か分かって混乱しているんだな?

 俺の正体が分かって気が緩みかけたけど、王子という認識も強いのだろう。

 迷って変な言い方になるレンツィも可愛い。

 だけど、ふたりきりのときは、俺は俺として接してほしい。王子ではなく俺として。


「いや、もう敬語使わなくて良いよ。分かったでしょ?俺のこと。レッカーでレンツィと会ってるサイラスってのは俺だよ。白衣のポケットの中ってことは、城の外では携帯してないの?」

「はい、う、うん。お城の中で間者に騙されないようにするために渡されていると思っていたんだけど……だから白衣のポケットに入れっぱなしで」

「なるほど。だからか。――レッカーで顔を見られた時、茶色の髪にブルーグレーの瞳に見えてたんだ?」

「うん……」

「サイラス――レッカーで会ってた男は側近のサイラスだと思っていたんだ?」

「う、うん」

「そう。サイラスをよく見てると思ったら、レッカーで会ってる男だと思っていたからか。だからサイラスを気にしてたんだ?」

「………………う、うん」


 気に入らないな。

 会えなくて寂しいと言ってくれたのも、昨夜手を繋いだのも、俺ではないと思っていたのか。

 俺ではあるけど俺ではないと。


 前にクモが肩に乗ったとき、俺ではなくサイラスに助けを求めたのもそれでか。

 レンツィに求婚して以降、城ではレンツィがチラチラとサイラスに視線を送るときがあるのは分かっていた。

 てっきりサイラスがいると話しにくいなという意味でサイラスのことを時折見ているのだと思っていたのに。

 レンツィの気持ちが、俺に向けられる筈の視線が、サイラスに向いていたと思うと……。

 だけど、今は何故泣いていたのか聞き出す方が先決か。


「なるほどね。で?サイラスと何があった?何で泣いたの?」

「その……サイラスのことを、す、好き、に、なっちゃったから、」

「は!?」


 サイラスを好きに?

 まさか……サイラスに送っていた視線は、好意の表れだったのか!?


「……サイラスからは好きって言われてないけど、でも会えなくなるの寂しいとか言ってくれてたし、同じ気持ちかなって。て、手を、繋いだりもしたし。それで、殿下に優しくされればされるほどこのままではいけないと思って、婚約できないと思って……。さっきサイラスとふたりきりになったから、ちゃんと話したいって言ったんだけど、知らないふりされて、急に突き放された気がして…………」

「あー。そういうことか。びっくりした。サイラスは知らないからな。俺が外でサイラスの色合いになるように認識阻害の魔術を使っていることも、レンツィと会っていることも」


 そう。一人で――正確に言えば見えないように数名の護衛がいつもついてきているけど――外出するときは、必ず茶色の髪にブルーグレーの瞳に色を変えている。

 初めて一人で外出をしたとき、見慣れた色合いに変えるのが一番楽にできたから、それからサイラスの色合いにしていたのだが……。

 だけど、城勤の者にはスパイを見破るために認識阻害の魔術を反射するための魔石がペンダントトップになったネックレスを持たせてあるし、基本常時身につけるものだから、レンツィには正しい色の俺が見えていたと思っていたのに。

 携帯していない可能性を考えていなかった。

 名前まで容姿と一致する偽名を使ったから、余計にサイラスだと思ってしまったんだな。

 サイラスを模っていたのは自分だけど、レンツィから好意の視線がサイラスに送られていたと思うと、サイラスが恨めしい。



 …………それにしても。


「好き?」

「え?」

「俺のことを好きになっちゃったんでしょ?」

「っ!?」

「真っ赤になって、可愛いな。――俺も、好きだよ」


 ぽろりと本音を漏らしていたことにレンツィは気づいていなかったのか。

 一瞬で真っ赤になるなんて、可愛いな。

 あー、やばい。可愛すぎる。

 やっと、本当に想いが通じ合ったんだな――――



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