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似合うと思って選んでくれた【フロレンツィア視点】

 久しぶりに副所長室に行くとすぐにクッキーが入っていそうな缶が差し出された。

「開けてみて」と、言われるがまま開けてみると、可愛いアイシングクッキーが入っていた。


「わぁ、可愛い!」

「気に入ってくれた?」

「はい。ありがとうございます」

「食文化が似ているからあまり特有の名物は少ないんだ。いくつかはあるけど、どれも日持ちのするお菓子ではなくてね。だから、今隣国で流行ってるという、デコレーションが凝ってるアイシングクッキーにしたんだ」

「そうなんですか。こんなに可愛らしいクッキー初めて見ます」

「喜んでもらえて良かった」


 型抜きされたクッキーの上にカラフルな色付けや模様付けをされている。

 お花が立体的になっていたり、レースのような模様になっているものもある。

 アイシングクッキー自体はこの国にもあるけど、食べるのが勿体無いほどにリアルで繊細なデザインの、ここまで乙女心をくすぐるアイシングクッキーは見たことがない。


 一緒にお土産のクッキーを食べながら、殿下の土産話を聞いた。

 伝え方が上手で、鮮明に景色が思い浮かべられる気がした。

 いつかこの目で実際に見てみたいものだ。


「夜会では君の姉上にも会ったよ」

「そうなんですか!?その、姉は元気でしたか?」

「うん。お元気そうだったよ」

「そうですか、良かった。……似ていないのに、よく気がつかれましたね」

「そうかな?確かにぱっと見の顔の印象は違うけど、所々似ていてやっぱり姉妹だなと思ったよ」

「そんなこと初めて言われました。ど、どの辺が似てると思いますか?」

「後ろ姿と笑顔と……とか、かな?」


 背格好は似てるからもしかしたら後ろ姿は似ているのかもしれない。

 笑顔が似てるというのは初めて言われたし、知らなかった。

 で、後ろ姿と笑顔と……何?

 あ、もしかして私が自覚していない悪癖があって、それが似ているとか?


「他は、もしかして悪い所が似ていましたか?」

「いや。私にとっては好意的な部分だよ――お皿いっぱいに料理を盛っていたところとか、ね」


 お姉様と容姿は似ていないけど、食べることが好きなところは確かにそっくりな自覚がある。

 お姉様が嫁ぐ前は二人で街に出て新しいグルメを探すこともあったし、お姉様がどこかの家の茶会や夜会で美味しいものを見つけると、屋敷の料理人に再現させていた。

 嫁ぐ時も自分の好みを完璧に把握しているという理由で、屋敷に長く勤めていた二人の料理人を連れて行ってしまった。

 食に興味のないお父様があっさりとお姉様のお願いに許可を出してしまったのだ。異国に嫁ぐ娘が少しでも寂しい思いをしないようにと……。

 屋敷に今いる料理人は新しく雇った若い料理人で、腕は悪くないが、長く働いて好みを知り尽くしていた料理人と比べるとどうしても劣ってしまう。それもあって、私はレッカーに通い出した。


 しかし、公爵夫人になってまでお姉様は夜会でお皿を山盛りにしているとは……。


「そ、それはなんと言いますか、大変お恥ずかしい……」

「佇まいは優雅なのに、手に持った皿は料理が山盛りで、チグハグ感が可笑しかったよ。でも……君を思い出して、会いたくなった」


 真っ直ぐに目を見て、少し切なげに「君を思い出して会いたくなった」と言われると、殿下から漏れ出る色気にあてられて顔が勝手に赤くなる。

 手紙の中ではそれはそれは甘い言葉を文字で見ていたけど、直接言われるのは慣れていないからやめてほしい……。

 私は今、明らかに挙動不審になっている自信がある。


 殿下から微笑まれたり優しくされたりする度に、レッカーでサイラスと会っていることや殿下のお気持ちに応えられない罪悪感が襲ってくる。

 昨夜のふわふわした気持ちが萎んでいくようだった。


 思わずチラリとサイラスを見てしまう。


 サイラスはどう思っているのだろう。

 彼からはっきり『好き』と言葉にされてはいないけど、『寂しい』や『やっと会えた』と言ってくれるくらいだし、昨夜は手も繋いだくらいだから、好かれているはず。

 遊び、ではないと思いたいけど……。


 サイラスとは、一瞬目が合ったけど逸らされてしまった。

 これだけ殿下とお茶をして毎日のように会っているし、サイラスとも不自然ではない程度に言葉を交わす時もあるけど、徹底して他人のフリをしているから、目が合ってもすぐに逸らされるのはいつものこと。

 だけど、昨日の今日で目を逸らされたのは少しショックだった。


「お土産はクッキーだけじゃないんだ。コンフィチュールもあるんだ。これは無花果とブルーベリーのミックス、こっちは三種のベリーのミックス。ミラベルのコンフィチュールもある。それとこれは小物入れ。銀細工が有名らしくてね。それと、リボン。君に似合うと思って選んだんだ」


 殿下は嬉しそうにひとつひとつ説明しながら、箱から取り出して見せてくれた。

 この場で食べなくてもいい瓶詰めのコンフィチュールや小物入れと、たくさんのお土産が出てきてテーブルの上がいっぱいになる。

 最後に、一層嬉しそうな表情をして渡されたリボンは、真っ白で綺麗なレースのリボンだった。

 清楚で上品で繊細な、惚れ惚れするような美しいリボン――殿下はこのリボンが私に似合うと思って選んでくれた……。

 こんなに美しい白いリボンが私に似合うだなんて。


 殿下は私のことをちゃんと考えてくれている。それなのに私は……

 これは、本当に私が受け取って良いんだろうか――――


 俯いてしまうと、殿下が少し不安そうな表情で覗いてきた。


「もしかして、気に入らなかった?」

「いえっ。とても、素敵です。ほんとうに、素敵で……ありがとうございます」

「それならよかった」


 やっぱり、だめだ。

 殿下にこんな表情させるなんて。

 はっきりさせないとこれは良くない。

 まずはサイラスとちゃんと話がしたい。


 レッカーの中だと詳しい話ができないから、レッカーの帰りに我が家の馬車で送ると誘って話をするのはどうだろう。

 ラルフはいるけど、この際ラルフは御者台にいってもらえば…………。


 そんなことを考えていると、副所長室に従者がやってきて殿下が呼ばれて行った。


「すまない、すぐ戻る」

「はい」

「サイラス、私が戻るまでにお茶を新しいものにしておいてくれ」

「承知いたしました」


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