好きな気持ちが降り積もる【ユリウス視点】
長かった。
たった一カ月。されど一カ月。
レンツィの気持ちが俺に傾き始めていると分かった直後に一カ月も会えないのは辛い。
貴族にはレンツィが第三王子の相手だと知られているからレンツィに粉をかける男はいないはずだし、レッカーでも俺が行けない間は女将に守ってもらえるよう頼んであるけど――これは前からだけど、それでも心配だ。
正式に俺の婚約者になったレンツィは、国の要人として護衛を付けることができる。
出発前に慌ただしく、城内にいるときの護衛とレンツィに近づく男は遠ざけるように指示してきたから、多分大丈夫なはず。
本当は四六時中護衛を付けたいところだけど、城外ではオルモス伯爵家の者が影から張り付いてるから大丈夫だとオルモス伯爵が言っていたので信じるしかない。
それでも、この会えない一カ月の間にレンツィの傾きかけた気持ちが元に戻っていたらどうしよう……と不安や焦りが襲ってくる。
無理してでも婚約届けを出してきて良かった。今はそれが心の拠り所のようになっている。
今回の公務である結婚式後の夜会で、群がる女性たちに愛想笑いをしていると、視界の端にレンツィがいたような気がして二度見してしまった。
この異国にレンツィがいるはずがないのに。似たような背格好の女性がレンツィに見えてしまうなんて、我ながら重症だなと思った。
だが、二度見した先には背格好が激似の後ろ姿。
髪の色が艶やかな亜麻色だったからレンツィではないのは分かるが、左手に皿からはみ出しそうな程山盛りの料理を持っているところを見て、レンツィを思い出す。
まだ一週間程度しか経っていないが、もうレンツィに会いたい。
今頃何しているだろうか?この時間ならレッカーで幸せそうな顔をしながら料理を頬張っているかもしれない。
そうだ。これが終わったら手紙を書こう。
一番の目的である結婚式関連の公務はこれで終わるが、ついでの公務があってすぐに帰れないのがもどかしい。せめて、少しでも俺を意識してもらえるように、先日出したばかりだけどまた手紙を書こう。
そんなことを思いながら、レンツィに似た後ろ姿の女性を見てしまう。
まだ若い大臣が寄って来て『妻を紹介させてほしい』と言われ承諾すると、呼ばれてきたのは先ほど後ろ姿がレンツィに激似だと思った女性だった。
ショルシーナと名乗り、旧姓はオルモスだと言うからさらに驚いた。どうりで似ている筈だ。
顔は似ていないが、屈託のない笑顔はレンツィと似ていた。
食いしん坊なところもそっくり。
レンツィの話題で盛り上がり、ますますレンツィに会いたくなった。
◇
帰国後すぐにでもレンツィに会いに行きたかったが、公務中に知り得た情報を関係各所へ伝えたり、早急に対処した方がいい事柄の対応があって、レンツィに会えたのは帰国して2日目の夜だった。
今日こそは絶対にレンツィに会いたいと思って鬼気迫る勢いで仕事を終えてレッカーに行くと、レンツィは来ていなかった。
もしかして今日はレッカーに来ないのか?今日の昼間は会う余裕がなかったからカードを届けさせたが、夜も会えないと判断されてしまったのだろうか。
カランコロンとドアベルが鳴るたびに忙しなく振り返っていたら、女将に笑われた。
仕方ないじゃないか。会いたい気持ちがピークに達しているのだから。
けれど、もうすっかり暗くなってしまったし、今日は来ないのかもしれないと諦めかけたその時、レンツィがやってきた。
「サイラス!」
「っ!?レンツィ!!」
思わず椅子から立ち上がって軽く駆け寄ってしまった。
勢いで抱きしめそうになったが、なんとか理性を働かせた。
「今日は来られないんだと思ってた!」
「今日はもう来ないかと思ってた」
ふたりの声が重なって、思わず吹き出した。
同じようなことを考えている、ただそれだけで嬉しくなってくる。
レンツィをいつもの席に誘いつつ、つい我慢できずに指先に触れると、「やっと会えた」と抑えきれなかった気持ちが言葉になって溢れてしまった。
照れているようなレンツィを見て、この一カ月の間に傾きかけた心が離れたらどうしようかと思ったが、杞憂だったと安堵する。
…………?
だけど、今日はいつもより目が合わないのは何故だろう?
折角久しぶりに会えたのに、いつもよりこちらを向いてくれない気がする。
俺はレッカーではフードを目深に被っているけど、レンツィは無意識なのか目を見てくる。
だから、俺からの視点ではよく目が合うのだけど、今日はこちらを見てもチラッと見るだけですぐに逸らされてしまう。
もしかして、さっき手を握ってしまったが、嫌だったのだろうか。
せっかく傾きかけたと思っていたレンツィの気持ちがこんな少しのミスで離れでもしたら……まずい!
「で?今日はなんであまりこっちを向いてくれないの?」
「そ、そんなことないよ」
あれ?この反応は、嫌だった訳ではない?
「もしかして、久しぶりだから照れてる?」
「そっ、そういうことは言わなくていいでしょ!」
「ククッ……そうか、照れてるのか」
照れてただけか。よかった……。
照れてこっちを見られないって、可愛すぎか!
また好きな気持ちが降り積もるのが分かった。
楽しい時間もあっという間。
すっかり習慣になった馬車までの道を歩く。
今なら誰も見ていないし――両家の護衛はどこかから見ているんだろうけど――手を繋ぎたい。
「手、繋いでも良い?」と聞くと驚いたような声を出したけど、少し視線を逸らしながら「ん」と手を差し出された。
可愛すぎか!!
本当に愛おしすぎる。
手どころか抱きしめたくなったが、ぐっと堪えた。
それでも滾る気持ちが抑えきれず、力強く手を握りしめてしまった。




