前向きに考えてみようか【パヴェル視点】
昨日、仕事を終えて城に戻るとフロウの父親であるオルモス伯爵と会った。魔術研究所の所長をしているオルモス伯爵から『試作品を作ったから明日の朝、家に来てくれないか』と言われたので、朝からオルモス伯爵家に訪ねて来た。
昔からオルモス伯爵が作った試作品を試すのは、我がピーリネン家の役目のようになっていた。
我が家とオルモス家は貴族街にある互いの家が近くて、父同士が同じ歳だから昔から交流があった。
父は騎士をしていたため、騎士向けの魔道具ができたら実験台になっていたのだ。
僕は僕で子供の頃からよく実験台になっていて、騎士になってからは試作品ができたら城で『これを試して欲しい』と渡されていたのに、家に呼び出されるのは久しぶりだ。
「おはようございます」
「おはよう。悪いね、朝から呼び出して」
「いえ。もう慣れたものですから」
「そうか。ははは。これが話していた試作品だ」
「どうやって使うんですか?」
「手首に巻いて、こうして――――」
伯爵から試作品の使い方や用途を聞き、使用する際どんなところを意識して感想が欲しいのか確認した。
「それで、今日来てもらったのは試作品のことだけじゃなくて、パヴェルは将来についてどう考えているのか聞きたかったんだ」
「将来ですか?僕の?」
「うん。パヴェルももう二十二だろう?そろそろ将来を考えてもいい頃だ」
「そうですね。ピーリネン家は兄が継ぐと決まったので、僕はまずは騎士爵を取得するのが今の目標ですね」
「結婚は?」
「いえ特にはまだ。決まった人はいませんし、まずは安定性かと」
「そうか。知っての通り我が家には男の子が生まれず、姉妹だけだ。娘には話していないが、婿養子をとりたいと思っている」
「それって……」
「今すぐということではないし、嫌なら遠慮なく断ってくれていい。だけど決まった相手がいないのなら一度考えてみてくれないか?子爵家次男の君にとって、伯爵家の婿養子はそう悪い話ではないだろう」
「そうですが」
その後もオルモス伯爵と話をしていると『あ、そうか!いいことを思いついた!』と言って突然立ち上がり『すぐに試したいから私は研究室に戻る!パヴェルは朝食を食べて行くといい!』と言い残して去って行った。
流石、研究バカと言われているだけある。
オルモス伯爵家への婿入りか――――。
指定された時間がやけに早朝だと思ったら、きっとフロウに聞かれないためだろう。流石に城ではできない話だし、きっとまだフロウには話していないのだろう。
オルモス伯爵家の子供は、姉のショルシーナと妹のフロレンツィアの二人姉妹。
だけど、シーナは数年前に結婚している。
つまり、オルモス伯爵家へ婿入りとは、フロウとの結婚を意味しているのだ。
婿入りをするのはやぶさかではない。継ぐ家のない僕が、子爵家次男が、格上の伯爵家を継げたら将来安泰だ。現オルモス伯爵のお陰で裕福だし。
初恋の相手であるシーナとの結婚話であれば、恐らく二つ返事で快諾していたが……。
僕なりにフロウのことが大切な存在なのは間違いない。
ただ、それは妹のような存在という意味であって、これまで異性として意識したことはなかった。
フロウと結婚か――――妹のように思っていたけど、確かに最近のフロウが女性らしくなったのは感じる。
同僚のダンから紹介を頼まれるくらいだ。
…………恋愛感情がなくても夫婦としてやっていくこともできるだろう。
今でさえ大切な存在であるのは間違いないから、夫婦になっても大切にする自信はある。
激情に突き動かされることはなくても、溺れるような恋ではなくても、フロウとなら穏やかな夫婦にはなれるだろう。
打算的すぎるだろうか?
いや、貴族の政略結婚とはそういうものだ。
それに、フロウとなら気心が知れていて今更取り繕わなくてもいいから楽なのが何より良い。
フロウなら僕の性格もよく理解してくれている。
そうなると問題はフロウの気持ちだが、オルモス伯爵が僕に言ってくるということは、きっとフロウに今好きな人はいないのだろう。
オルモス伯爵は研究しか興味がないように見えるが、影で護衛をつけて逐一娘の動向を見守らせているくらいだから、フロウに好きな人がいるかどうかくらい把握してそうだ。
好きな人がいるなら幼馴染の僕と結婚させるのは可哀想だけど、そういう人がいないのならフロウも貴族令嬢な訳だし、政略結婚を受け入れてくれるだろう。
前向きに考えてみようか。
こうなってみると、まだダンにフロウを紹介していなくて助かったかもしれない――――
朝食後、久しぶりにフロウと高台に行った。
高台へ誘うのは初めてではないのに、内々とはいえ婚約話が出た直後だからどこか気恥ずかしさを感じた。
この高台はシーナとフロウと、たまに僕の兄も含めて、子供の頃によく遊んだ場所だ。
大人になった今は流石に追いかけっこやかくれんぼなんてするわけがなく、高台に行ってもただ本を読むだけ。
景色がよくて、風も木漏れ日も気持ちがよく、僕は敢えてこの高台で読書をするのが昔から好きだった。
先に本を読み終わったフロウは花冠を作っていた。
出来上がったものを僕の頭に乗せる。
流石にもう花冠は厳しいだろうと思ったのに、取らせてもらえなかった。
嬉しそうな顔をしているからまぁいいか。と、許したら次々と飾られてしまった。
フロウが嬉しそうにしているのが愛らしくて、昔からフロウには嫌だとかやめてと言えず、つい許してしまう。
子供の頃はフロウが本当の妹なら良いのにと思ったこともあったな。
買ってきたサンドイッチを食べて、僕が読書を再開するとフロウは僕に「足を貸して」と言う。
胡座の状態から足を伸ばして座り直すと、嬉しそうに僕の足を枕にし、昼寝を始めた。
無邪気に躊躇なく僕の足に頭を乗せてくるあたり、異性として意識されていなさそうだ。
とても穏やかな時間が流れている。
オルモス伯爵から打診がなければ気がつかなかったかもしれないくらい当たり前になっていたけど、フロウと高台で過ごす時間の穏やかさは僕の中ではお気に入りだ。
僕は女性受けする外見らしくて女性に困ったことはない。
だけど、誘われて少し良いなと思う女性とデートをしてもすぐに『つまらない』とか『思っていたのと違う』と言われてしまう。
自分から動くのも、グイグイと引っ張っていくのも苦手だし、のんびりとした性格らしく『騎士なのに頼りない』と言われたこともあった……。同僚たちからも『騎士らしさがない』と言われることもある。
でも、思えばフロウからそういう類の文句を言われた記憶がない。
フロウは自分がしたい事があるときは、ちゃんとこれがしたいと言ってくれるし、きっと普通なら退屈なこの高台での読書も楽しんでくれる。
フロウとならのんびりと無理なくありのままでいられる夫婦生活が想像できて、悪くないのではと思った。