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もっと意識して欲しい【ユリウス視点】

「サイラス、来てたんだ。明日からだよね?準備はできたの?」

「うん」


 隣国の王族の結婚式に出席するため、一カ月程はレンツィに会えなくなる。

 旅立つ前に会えるのは今夜が最後だから、絶対に会いたいと思い、急いで仕事を終わらせて早めにレッカーへと来ていた。


「――会えなくて寂しい?」

「うん。寂しい、かな」

「かな?程度なの?俺は寂しいんだけど」

「えっ」


「えっ」と本気で驚いたような声を出したから、少しは動揺しているのだろう。

 動揺して、もっと意識して欲しい。

 一カ月も会えないと寂しいのは本音だけど、誤魔化した。

 まだ、『かな』程度にしか寂しがってくれないことへの意趣返しのようなものだ。

 それなのに――――


「寂しいよ。だって一カ月も会えないんだよ。寂しいに決まってるでしょ。意地悪言ってるけどサイラスは私に会えなくて寂しいって思ってくれないの?」


 絶対、「また揶揄った!」と少し拗ねたように怒るのかと思っていたのに……狡い。こんなの。


「…………やば」

「ん?どうし……っ!?」

「ちょ、見ないで。今の反則……」


 好きな女にこんなことを言われて、落ちない男はいないだろ。

 やばい。今すぐ抱きしめたい。


「ご、ごめん」


 なんで謝るんだよ。冗談だったのかよ。

 冗談だったなんて言わせたくない。

 もっと、もっと俺のことを意識してよ。


「いや……嬉しかった、から」

「そ、そう?」

「――俺も、すごく……寂しいよ」

「っ!?あ、あぅ、そ、そう」

「――ここに暫く来られないと思うとね」

「………………」


 真っ赤になったレンツィが一瞬で真顔になった。


「あーっ!騙した!?」

「ククッ……あぅって!はははっ!」

「ひどい!弄んだ!」


 あー、かわいい。本当に抱きしめたい。

 拗ねたり怒った顔まで愛おしいって。

 重症だな。


「怒ったの?ごめん。許して?プリン頼む?好きだよね、レッカーのプリン」

「いらない」


 やばい。本気で怒らせたか?

 あまり攻めすぎて逃げられたらと怖くなって、急いで方向転換したのが裏目に出たか?


「最近毎日休憩時間にいっぱい甘いもの食べてるじゃない?だから少し太っちゃって」


 見た目には分からないけど、迷惑だっただろうか?

 レンツィの幸せそうにデザートを食べる姿が好きなばかりに……。

 喜ぶと思ったんだけどな。


「最初は戸惑ったけど、慣れたし迷惑ではないよ」


 慣れて来たのか。

 確かに最近は王子の面を被った俺と話をするのも抵抗がなくなって来ているし、副所長室でも素を見せてくれるようになって来ていると思う。

 その変化が俺は嬉しく思っていた。

 直接レンツィの口から聞けたのは嬉しい誤算だ。

 少しずつ距離が縮まっている証だよな。


「このままではどんどん肥えそうで怖い。一種類でも十分なんだけどな」

「そっか……分かった。伝える」


 お茶をしなくていいではなく一種類で十分ってことは、俺とのお茶の時間は受け入れてくれているんだな。

 レンツィの体型が変わったところで俺の気持ちは変わらない自信があるけど、こんなことで嫌がられたら困るしな。

 数を減らすのは良いとして、美味しくてもっとヘルシーにできないか料理長に伝えてみよう。

 それなら、帰国後からのお茶も楽しんでもらえるだろう。


 レッカーを出て、いつものように馬車のすぐ近くまで送っていくが、この後一カ月も会えなくなるかと思うと離れがたい。

 それに、どこまで本気で寂しいと思ってくれているのか。

 さっきはレンツィの口から冗談だと言われる前に誤魔化してしまったけど、本音が知りたい。

 もしも、少しでも気持ちを傾けてくれたなら……。


「どうかした?」

「さっきの……本当?」

「さっきの?」

「会えないと寂しいってやつ」

「あぁー。うん、まぁね。寂しいよ。一カ月も会えないと思うとね。流石に寂しい」


 本当に寂しいと思ってくれていたのか……!

 会えなくて寂しいのは俺だけじゃなかったんだ。

 やばい。嬉しすぎる。


「俺も……――おやすみ」


 嬉しさが隠しきれなくて、照れを隠すように「おやすみ」と言って走った。


 もうここまで、レンツィが会えなくて寂しいと言ってくれるくらいに心を傾けてくれているなら、もう……いいよな!?


 ◇


「オルモス所長!起きてください!」

「なっ、なに!?」


 俺は翌朝、まだ薄暗かったが婚約届け片手に魔術研究所の所長室に突撃した。


「この後、一カ月公務で国を離れるのですが、レンツィに、フロレンツィア嬢にその間会えないのは寂しいと言われました!これはもう、想いを傾けてくれていると思っても良いでしょう。ですから、ここにサインをお願いします!」

「はぇ?フロウが寂しいと言ったんですか?殿下と会えないことを、寂しいと?」

「えぇ。間違いなく、言いました!」

「…………そんな嬉しそうな顔、嘘ではできないでしょうけど――そうですか。そうかぁ……フロウが……」

「さぁ。約束通り、婚約届けに伯爵のサインを!」

「いつかはこうなると思っていたけど、そうですか……」

「私はまもなく発たねばならず、時間がありません。お義父上、さあ早く!」

「まだお義父上とは呼ばれたくないのですが」


 貴族令嬢は成人していても親の許可、婚約届けに当主のサインが必要になる。

 オルモス伯爵との約束もあるし、レンツィの気持ちを尊重したい気持ちもあって正式に婚約は結んでいなかったが、公にはすでに俺とレンツィは婚約者と認識されている。


 だから、寂しがってくれるようになったら、ここまで来たらもういいだろう。

 明らかに今まで見えなかったレンツィの気持ちが見えたことが嬉しすぎた。


 善は急げと、昨夜帰って来てから、帰ろうとしていたサイラスを捕まえて婚約届けを作成させた。

 そわそわして眠れないまま夜が明けるのを待って、レンツィの父でオルモス伯爵家当主のいる魔術研究所所長室へと乗り込んだ。もしかしたら、オルモス伯爵は寝ぼけてて正常な判断ができていなかったかもしれないけど、サインは勝ち取った。


 それにしても、所長室に泊まり込んでいてくれて助かった。

 運悪く今日が自宅に帰っている日だったら、婚約届けにサインを貰うのが帰国後になってしまうところだった。


 こうして、俺とレンツィは正式に婚約者になった。


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