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視線は相変わらず甘くて【フロレンツィア視点】

 

 今日は、ブルーベリーのマフィンに、茶会の時にあったふわふわなチーズケーキ、紅茶のゼリー。ゼリーが紅茶味だから、今日の飲み物はフルーツを浮かべた炭酸水。


 初めの頃は緊張してあまり楽しむことができなかったけど、殿下とのお茶の時間にも大分慣れて来て、少しだけこの素晴らしいデザートを心から堪能する余裕が出てきた。


 ん〜美味しい。


 やっぱりこのチーズケーキ美味しい!

 それに、マフィンの後の紅茶のゼリーはさっぱりしていてまだまだ食べられそうな気がしてくる。

 飲み物に浮かべられたフルーツが甘酸っぱくて、炭酸も喉をすっきりさせてくれる。


 やっぱり美味しいものを食べている時って幸せ!


 視線を感じて顔を上げると、殿下がにっこりと笑って私を見ていた。

 殿下の視線は相変わらず甘くて、少し嬉しそうにも見えて、どうしていいか分からない。

 一度合わせた視線が彷徨ってしまう。


「やっぱり美味しそうに食べるね」

「はい。美味しいです」

「喜んでもらえて嬉しいよ。――だけど実は、来週から公務で一カ月程隣国へ行くことになった。すまないが明日から出立の準備や諸々で忙しくてお茶を共にする時間が取れそうにない」

「そうなんですか。どうぞお気をつけて」

「ありがとう。デザートは研究室に届けさせる」

「いえ!そこまでは、大丈夫です」

「そうか?」

「研究室に届いたら、研究室の皆に羨まれるかもしれませんし、皆に食べられてしまうかもしれないので」

「なるほど。では、私が帰ってきたらまたこの部屋でお茶を共にしよう」

「はい」

「公務とはいえ、隣国の王族の結婚式の出席ついでに商談もしてくるから一カ月になるのだが、多少時間に余裕はあるんだ。だから、手紙を書く」


 殿下から選ばれた時に『今すぐ返事はしなくていい』と仰っていたけど、一カ月以上休憩時間にお茶をしているのに、未だプロポーズの返事について聞かれていない。

 正式に婚約者になった訳ではないはずだけど、私は自分がどうするべきかがよく分からない。

 そもそも王族から選ばれた時点で逃げ道はないのだろうけど、未だに婚約の書類を交わしていないのは何故だろう。


 偉ぶってないし、穏やかだし、無理強いしないし、結構冗談を言ったりして気さくだし、こんな言い方は不敬だけど、ユリウス殿下は凄く良い人だと思う。

 王族じゃなければ好きになっていただろうなと思う。

 だけど、王族だと思うと雲の上の人すぎるという思いが強くて、恋愛感情が芽生える気がしない。


 ◇


 研究に熱中して、いつも通り皆の帰り支度で時間を知った。

 私も急いで帰り支度をしてレッカーに行くと、いつもの席にサイラスが座っていた。


「サイラス、来てたんだ。明日からだよね?準備はできたの?」

「うん」

「一カ月か〜長いね。今までも急にレッカーに顔を出さなくなってたのって、やっぱり今回みたいなことだったの?」

「そうだね。避けては通れないから。急な代役を任されることもあるし。今回もそう」


 代役?あ、殿下が他の王族の代役をするってことか。

 サイラスは殿下の側近だからお城でも常に行動を共にしているし、殿下が公務で国やお城を離れる時も当然サイラスはどこへでもついて行くのだろうな。

 そりゃ、主が行くなら避けては通れないよね。


「――会えなくて寂しい?」

「うん。寂しい、かな」

「かな、程度なの?俺は寂しいんだけど」

「えっ」


 拗ねるような声色にびっくりして右を向くと、ニヤと口角の端が歪んでいるから意地悪しようとしているのが分かる。

 私の反応を見て面白がっているんだろう。

 揶揄われるのはいつも私ばかりだから、たまには反撃しても良いだろうか。


「寂しいよ。だって一カ月も会えないんだよ。寂しいに決まってるでしょ。意地悪言ってるけど、サイラスは私に会えなくて寂しいって思ってくれないの?」


 少し拗ねた感じで言ってみた。

 少しくらい騙されて動揺してくれるかな?

 にやりと勝手に顔が笑ってしまうので、誤魔化すように俯いた。


「………………」


 ん?無視?

 白々しすぎた?

 よく考えたら、仮にも自分が仕える王子の求婚相手からこんなことを言われたら、冗談でも困るか。

 冗談は言い慣れてないから、笑えない冗談を言ってしまったのかも。


 なーんてね!と言おうと右を向いたら、サイラスが手で口を覆って俯いていた。


「ん?どうし……っ!?」


 覗き込むと、フードから見えているサイラスの頬が赤くなっているのが分かる。


「ちょ、見ないで。今の反則……」


 サイラスは壁の方に顔を背け、私の顔の前に手の平を翳して視線から逃れようとしている。


 え?もしかして、照れてる?

 そう思った瞬間、急に私まで恥ずかしくなってきた。


「ご、ごめん」

「いや……嬉しかった、から」

「そ、そう?」

「――俺も、すごく……寂しいよ」

「っ!?あ、あぅ、そ、そう」

「――ここに暫く来られないと思うとね」

「………………」


 んん?『ここに暫く来られないと思うと』?


 何かがおかしいと思って、俯いたままのサイラスをもう一度覗き込むと、にっこり笑った口角が歪んでいた。

 騙された!

 甘い声色にうっかりドキッとしたじゃない!

 動揺したのが恥ずかしい。


「あーっ!騙した!?」

「ククッ……あぅって!はははっ!」

「ひどい!弄んだ!」

「ごめんごめん。元はと言えばレンツィが」

「私が何!?」

「いや。怒った?」

「怒った」

「怒ったの?ごめん。許して?プリン頼む?好きだよね、レッカーのプリン」


 サイラスはガシガシと少し乱暴な手つきで私の頭を撫でて、ご機嫌取りにプリンを頼もうとする。

 何故だかそれが可愛く思えて、許せてしまう。


「いらない」

「え。本当に怒っちゃった?ごめん!」

「違う。怒ったけど。そうじゃなくて、最近毎日休憩時間にいっぱい甘いもの食べてるじゃない?だから少し太っちゃって」

「へ?あ、そうなの?分からないけど……もしかして迷惑だったりする?」

「最初は戸惑ったけど、慣れたし迷惑ではないよ。でもひとつひとつは小ぶりなサイズとはいえ、一カ月以上毎日あんなに食べてたらね。このままではどんどん肥えそうで怖い。一種類でも十分なんだけどな」

「そっか……分かった。伝える」


 殿下に伝えてくれるのか。

 私からは言いにくいから助かるな。

 サイラスは私が何気無く言ったことを選んで殿下に伝えてくれているようだ。少し前に副所長室が寒いとサイラスに言ったら、翌日には副所長室が暖かくなっていたことがあった。

 サイラスもだけど、殿下も私のために割とすぐ行動してくれるんだよね――


 今夜もサイラスが馬車まで送ってくれた。

 レッカーから馬車までは五十メートル程度しかないけど、殿下から求婚されて以降、レッカーでサイラスと一緒になると必ず送ってくれるようになった。

 私の身に万が一のことがあってはならないってことなのかなと理解しているけど、二人で歩くこの時間は結構好きだったりする。


「今日も送ってくれてありがとう」

「うん。…………」


 馬車の前にはいつもラルフが立っているからか、馬車の数メートル手前で「おやすみ」と挨拶をしてサイラスはすぐに去っていく。

 ただ、今日は何故かおやすみを言わずに立ち止まったまま。釣られて私も足を止めて振り返り、仰ぎ見る。


「どうかした?」

「さっきの……本当?」

「さっきの?」

「会えないと寂しいってやつ」

「あぁー。うん、まぁね」


 私が「寂しいよ」と言うと、サイラスの形の良い唇が笑みの形を取る。

 ただ、いつものにっこりと綺麗な弧を描いた笑顔とも意地悪を言う時の唇の形とも少し違う。

 はにかむような、嬉しさを隠しきれない、そんな形だった。


 相変わらずほぼ口元しか見えていないのに、美しい口元に隠しきれない感情が乗っていることに、微かに見えている頬が染まっていることに、思わずポカンと見上げたままでいると、遠慮がちに指先を軽く握られた。


「俺も……――おやすみ」

「っ!」


 サイラスは一歩踏み込んで耳元で囁くように『俺も』と言った後、おやすみと言い捨てて走り去ってしまった。

 ラルフの「お嬢様?どうなさいました?」という声で我に返るまで、サイラスが走り去った方をぼぅっと見てしまった。


 馬車に乗り込んで一旦落ち着くと、つい先程のやり取りが脳内で勝手にリピートされる。


 はにかんだ後に頬を染めて『俺も』って!

 サイラスが可愛すぎる!

 キュン……!



 ん?

 きゅん?


 え?


 私って、もしかしてサイラスのことが……?


 嘘でしょ!?

 だって、一、二カ月くらい前まではパヴェルのことが好きだったのに。

 失恋した時だってあんなに悲しかったのに。

 サイラスのことを……!?


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