一番に頼られたい【ユリウス視点】
「美味しい?」
「はい。美味しいです……」
「良かった」
まぁ、聞かなくても表情を見ていれば分かるけど。
でも、レッカーで伸び伸びと食事をしている時のような、見ている者まで笑顔にするような表情は見られない。
少しでもレンツィと一緒にいたくて、早く俺に気持ちを傾けて欲しくて、胃袋を掴む作戦を決行している。
こういうときは、自分が王族で良かったと思う。希望したら大体は通るから。
強引で迷惑に思われたかもしれないけど、共に過ごす時間が長ければ長いほどレンツィの性格なら俺にも情が移るだろう。
レンツィが美味しそうに食べる姿が好きだし、喜んで欲しくて、菓子職人と相談していつも俺がその日のデザートを決めている。
確実にレンツィの好みを突いて、更に食べ飽きしないように甘くない軽食も用意して、味のバランスも考えている。
毎日幸せそうに食べている顔を見られて、俺も幸せな気分になる。
だけど、ここではリラックスしきれないのか、レッカーで俺が見惚れてしまったような心から幸せそうな表情が見られないのが残念だ。
まだまだ俺に恋愛感情を持ってくれていない証拠だろう……。
「そういえば、最近君が開発した化粧水。貴族から庶民まで大好評らしいね」
以前、自分には王族の妃になる資格なんてないというようなことを言っていたのを思い出して、最近王妃も愛用しているという化粧水や、これまでレンツィが開発した品について話せば、恐縮している様子だった。
素晴らしい才能を持っていて、人々に役立つ品を開発しているのだからもっと自信を持てば良いのに。
魔術研究所の研究で、実際に人々の役に立つ研究結果を出すのは簡単なことではない。
長い時間を使っても新しい発見ができず、研究費用が嵩みすぎると研究を打ち切りにされることもあるし、新しい発見をしても実用性がないこともあるのだ。今のところレンツィの研究ではそれがない。
それに、普通は開発してもなかなか商品化できないが、魔術研究所で働き出して二年ほどなのに、レンツィは高い確率で結果を出せている。
それをどんなに褒めてもピンと来ていない様子。
あの研究者としては偉大な父親を見ていたら、自分なんてまだまだだと思うのかも知れない。
「あぁ、もう休憩時間が終わりか。早いな」
「では、失礼します」
「待ってくれ。送るよ」
休憩時間が終わると、レンツィはそそくさと副所長室を出て行こうとするのが、いつも少し寂しい。
だけど、今日は魔術師団へ行く予定があるから、第三棟の下までは一緒に行ける。
少しでも長い時間過ごせると嬉しい。
「きゃーーー!!」
春めいて来たと話をしながら、心地よい風に吹かれて歩いていたのに、突然の悲鳴。
「なっ!?なに!?どうした!?」
「どうされました!?」
突然のレンツィの悲鳴に、サイラスはこちらに駆け寄ってくるし、護衛も剣を抜いた。
襲撃の気配はなかったがなんだ!?と周囲に警戒しながらレンツィを庇おうとしたら、俺の真横にいたはずのレンツィが、ビュンと音がしそうな勢いで走って駆け寄った先は、サイラスの胸。何故。
「きゃー!やだ!やだやだ!取って!取って!きゃー!クモ!いやー!!取って!お願い取って!!いや!取って!やー!」
クモか……と一堂が肩の力を抜いたのが分かった。
サイラスはレンツィの肩にいた小指の先程の小さなクモをサッと払ってから、両手を顔の横に上げている。
自分の意思で主の求婚相手を胸に抱いているわけではないとアピールするためだろう。
そんなことはどうでもいい。
何故!?
何故なんだ!?
どうして真横にいた俺ではなく、サイラスの元へ一直線に駆け寄ったんだ!?
「本当!?ほんとに取ってくれた?」
「本当です。ご安心ください。もういません」
それに、いつまでサイラスに縋り付いているんだ!?早く離れてくれ!
「……何故?何故サイラスに助けを求める?」
「え?――っ!ごめっ、すすすみません!」
思わずサイラスから引き剥がそうと肩を引っ張り問い詰めてしまったが、レンツィの手はまだサイラスの服を握りしめたまま。
レンツィは誰に助けを求めて、誰に縋り付いているか自分では分かっていなかったようだ。
きょとんと俺の顔を見た後に、サイラスの服を握りしめて縋っていることに気づいて、軽く飛び退った。
「何かあった時、次からは私を頼ってくれないか」
誰でもなく、レンツィには俺が一番に頼られたい。
レンツィが一番に頼ってくれないのは、全て俺がレンツィの気持ちを俺に向けることがまだできていないからなのに。
それなのに、頼ってくれなかったレンツィに苛立つなんて。
だけど、小さな虫からレンツィを守ることくらい俺にだってできる。
俺は昔から魔術が得意だから、特に体を鍛えてこなかった。魔術を駆使すれば体術や体力がなくても補えるから。
だけど、レンツィが騎士であるパヴェル・ピーリネンを好きだと知って、対抗心から密かに体も鍛え始めた。
二年近く体を鍛えることを習慣にしていたから、それなりに力もついた。
レッカーではフードとコートで顔も体も覆い隠しているから、レンツィには一切気づかれていないけど……。
◇
「あの、昼間はごめんなさい。やっぱり嫌だった?」
夜、レッカーでレンツィにクモが嫌いだと知らなかったと話を振ると謝られた。
俺がいるのに他の人を頼ったことがまずかったとレンツィも理解しているようだ。
「それにしても、あのぉ、怒ると思わなかった」
「怒ったんじゃない。嫉妬しただけだ」
求婚して気持ちを伝えているのに、怒ると思わなかっただと?昼間は思っていなかったけど、レンツィの鈍さに少しイラッとした。
そもそも、咄嗟のときに頼られないことがショックだったし、頑張ってもまだレンツィの心を傾けられない自分にも失望した。
「え?ごめん、聞こえなかった」
つい思い出して嫉妬心が湧き上がり、低いトーンで話してしまった。
本音が口をついて出たが、幸い聞こえていなかったようで助かった。
「いや。結婚を申し込んだ相手が他の男を頼ったら、そりゃ嫌だよね」
「そういうものなんだ」
そういうものなんだ、って……男心に疎すぎないか?
それとも俺が相手だから分からないのか?
「レンツィは、あいつ、あの騎士が他の女を優先したら嫌だろ?」
「うん。確かにそうかも」
その例えなら分かるのか…………。
俺はまだあいつに勝てていないんだな。くそっ。




