胃袋をつかむ作戦【ユリウス視点】
少しでもレンツィと過ごす時間を増やそうとお茶に誘ってみた。
休憩時間を狙って研究室に誘いに行くと、少し迷惑そうな顔をされたけど、俺は負けないからな。
お茶をするのはどこでも良かったが、レンツィの研究室にいる研究員たちが明らかに好奇の目を向けて来たから副所長室にレンツィを連れてきた。
サイラスにお茶の準備をさせているが、レンツィがサイラスの顔をチラチラ見て、たまに俺とサイラスの顔を視線が行ったり来たりしている。
見ているというより、見比べている?
ずっと俺だけを見て欲しいんだけどな……
いつの間にこんなに欲張りなことを考えるようになっていたんだ。
「サイラスがどうかした?」
「殿下とサイラス、様は、似ていらっしゃると思いまして……」
「あぁ、なるほどね。サイラスと私は従兄弟で、サイラスは第二妃の兄の子供なんだ」
「従兄弟。だから、似ていらっしゃるのですね」
第三王子と側近のサイラスは従兄弟関係にある。というのは貴族の一部には周知の事実だったけど、レンツィは知らなかったのか。
俺が第三王子であることに気づいた、というより確信したのが茶会のときだったみたいだし、本当に興味がないんだな……。
フッ。まぁいい。
こうなったら、絶対に俺のことを好きにさせて興味津々にさせてやる。
「十年前、私が成人した時から殿下の側近になりました」
「そうでしたか」
俺のことはちらちらとしか見てくれないのに、どうしてサイラスが話すとじっと見るんだ!?
城では知り合いだったことをバレないようにしてくれるのはありがたいが、サイラスをじっと見るなら俺のこともじっと見つめても何も問題ないはず。
なのに、俺には冷たくないか?
バレないようにと意識するあまり素っ気ないのか?
「これからも休憩時間は共にお茶をしよう」
「あ、はい」
「今日はクッキーのみだが、明日からはもっと美味しいデザートも用意させるから楽しみにしておいて欲しい」
「お、お構いなく」
なんだ、お構いなくって。
まだ王族でもないのにデザートを用意させるのが忍びないとかそんな感じか?
レンツィは甘い物が好きだから俺が食べて欲しいんだ。だから遠慮することないのに。
この後、早速明日から何を用意させるか菓子職人と相談してこよう。
◇
その日の夜、レッカーに行くとレンツィがいつもの席に座っていた。
店に入った瞬間、テーブル席の見慣れぬ二人組の男性客がカウンターに一人で座るレンツィを気にしている素振りに気づいた。
すぐにいつもの席に向かい、わざとらしく少し近すぎるくらいに近づいて「お待たせ」とレンツィに言う。
途端にレンツィに興味を無くしたような男性客にホッとする。
正式に第三王子から求婚されている状況でレンツィがナンパの誘いに乗るとは思えないけど、用心するにこしたことはない。
しかし、レンツィに「わぁびっくりした!って、近っ!え、なに!?」と仰け反られたのは、軽くショックだ。
「あ、えっと。今更だけど、サイラスって今まで通りに呼んでいいの?」
「勿論、ここではサイラスで良いよ」
サイラスと呼んだ後少し口籠ったから何かと思えば。
ユリウスと呼んで欲しいけど、流石にユリウスと呼んだら気づく人がいるかもしれない。
サイラスという名前は貴族にも平民にもいる名前だけど、ユリウスは平民にはほぼいないはずだ。
王族は過去の英雄や賢王の名を付けられることが多く、ユリウスという名も過去の王から名付けられた。
今は過去の王の名前を平民が使用するのを禁止されている訳ではないが、禁止されていた時代があったため、今でもあまり使われることがない。
それに、レッカーでは今までサイラスと呼ばれていたのに、全く別の名前で呼ばれ始めたらおかしいからな。
「そういえば、サイラスって二十八歳なんだね」
「ん?うん」
一瞬、どっちのことを言ってるのか分からなかった。
仕方ないけどややこしいな。
なんで俺はサイラスって偽名を選んでしまったんだ……。
「見えないな。初めて見た時は、もっと若く見えた」
「そう?」
サイラスが若く見える?
後ろに髪を撫でつけてきっちりとセットしている髪型は、どちらかといえばおじさんっぽい気もするが?
…………?
あ、体型はシュッとしてるか。
二十八歳にもなれば、人によっては腹が出ていたり禿げ始めている人も城で見かけるが、それらと比べたら確かに若く見えるかもしれない。
「あーまぁ、鍛えてるからかな」
「鍛えてるんだ」
「護身術は習ってるよ。立場上ね」
俺は魔術も得意だし、相当な手練れでない限り、ある程度自分の身は自分で守れる。攻撃を反射するような魔道具をオルモス伯爵に作ってもらって密かに王族は身につけているし。
だが、万が一に備えて俺に近い侍従たちは皆護身術を習っている。いざというときに俺を守るためでもあるが、必ずしも俺自身を狙ってくるとは限らない。自分たちが人質にならないためにも、護身術の体得は王族の侍従たちに必須だ。
「あー、なるほど。立場上ね。危ないことはしないでね」
「ん?俺?」
「うん」
「ありがとう。レンツィが心配してくれるなんて感動だな」
レンツィの反応からすると、恐らくまだ真に受けていい関係にはなれていない。
心配してくれたからといっても、きっと挨拶みたいなものだ。
条件反射で出た言葉というのか、特別な感情から来る心配ではない。
だから真に受けて喜んではいけない。
「人が本気で心配してるのに」
「えっ。そうなの?本気で心配してくれたの?俺のこと」
「心配くらいするから。飲み仲間が危険な目に遭うんじゃないかと思ったら誰でも心配すると思うんだけど」
「飲み仲間…………か」
「ん?どうかした?」
「いや…………頑張る」
「うん。頑張って」
飲み仲間かよ!
飲み仲間…………。
そうだよな。レンツィにとっては飲み仲間だよな。
立場なんて関係なく今まで通りが良いと望んだのは俺だ。
今更男としてもう少し意識して欲しいとは言えない。
これは言葉で直接的に伝えるのではなく、俺が頑張ることだ。
それにしてもなんだよ、『頑張って』って。
他人事かよ……。
どうにかして異性として意識させないと。
どこか会話が噛み合っていない気もするが、とにかく頑張ろう。
「そういえば、明日からのお茶の時間だけど、」
「あー……」
「あーって何?もしかして嫌なの?」
「うーん」
「嫌なんだ……」
嫌なんだな。
そんな直接嫌だと言われたら流石にへこむぞ。
頑張ろうと決意を新たにしたばかりで心が折れそうだ。
「嫌というか」
「というか、なに?」
ん?もしかして嫌なわけではない?
そうだよな。嫌ならレッカーでこうして話をするのも避けるよな、きっと。
だけど、求婚後も変わらずレッカーではこの席に座ってくれるし、普通に話もしてくれる。
……あれ?
もしかして、結構悪くないんじゃないか?
「デザートを用意してくれるっていうのは少し楽しみだよ」
楽しみなのはデザートだけかよ。
まぁそうだよな。
そういうところも可愛いと思ってしまうんだから、俺も大概だよ。
「それ、そのデザートは希望ある?」
「ないよ。美味しいデザートならなんでも嬉しい。茶会で食べたデザートは全部美味しかったから楽しみ」
「それなら良かった」
考えようによってはデザートを楽しみにしてくれるだけいいよな。
本気で嫌なら好きなデザートさえ食べたいと思わないだろうし。
そう考えると俄然やる気が出てきた。
副所長室でのお茶の時間は、レンツィの好みに的確にはまるデザートを用意させよう。
毎回指示して的確に好みを突いて、喜ばせよう。
こうなったら胃袋をつかむ作戦からだ。
胃袋から絆して、最終的に俺に絆されれば良い。
それに、レンツィが喜んで食べてくれたら、その嬉しそうな表情を見られて俺も幸せな気分になれる。
控えめに言っても最高だな。




