意外とサイラスのことを知らない【フロレンツィア視点】
「…………」
目の前でサイラスがお茶を出してくれるのをじっと見てしまう。
顔見知りだとバレないようにしたほうが良いのは分かっているけど、つい。
それにしても、殿下とサイラスってやっぱり似てる気がする。
目の前のサイラスと殿下の顔を見比べてしまう。
「サイラスがどうかした?」
「! 殿下とサイラス、様は、似ていらっしゃると思いまして……」
「あぁ、なるほどね。サイラスと私は従兄弟で、サイラスは第二妃の兄の子供なんだ」
「従兄弟。だから、似ていらっしゃるのですね」
第二妃は確か公爵家の出だったはず。ということは、サイラスの家は公爵位ってことか。
やっぱり高位貴族なんだ。
それならレッカーでバレないようにフードを被ってるのも、お城でバレるのが困るのも納得だ。
徹底的に他人のふりをして、完璧に仕事に徹しているのも分かる。
「十年前、私が成人した時から殿下の側近になりました」
「そうでしたか」
あ。茶会以降にお城でサイラスと話すのは初めてかも。
徹底的に無視される訳ではないのか。
今は部屋に三人なのに、完全に無視し続けるのは不自然だもんね。
十年前に成人ということは、サイラスは二十八歳なんだ。
一度だけ見た時の印象は、あまり歳が変わらなさそうに見えたけど、あれは髪の毛を下ろしていたからかな?
今のしっかりと整えた髪型だと確かに二十八歳くらいに見えるかも。
自分が聞かれたくないからって、個人を特定できそうな情報は聞かないようにしていたから、出会って二年くらい経つのに年齢も知らなかったな。
――今更気づいた。
私って意外とサイラスのことを知らない。
レッカーの常連仲間だから食の好みは把握できているけど、それ以外のことをあまり知らない。
知っていることといえば、今仕入れたばかりの年齢と最近知った職業、食の好みは結構把握できてるつもり。
性格的には結構優しい。
私が疲れ気味だったり風邪気味だとすぐに気づいてはちみつ入りの飲み物を注文してくれたり、いくつかのメニューで迷っていたら『シェアする?』と聞いてくれる。
パヴェルを好きだったときは相談に乗ってくれたしちゃんと話を聞いてくれた。
だけどよく意地悪も言うことと、意地悪を言うときは笑った口を歪ませるからすぐに分かるということも知っている。
…………くらいしかない。
ついさっきまで年齢も知らなかったし、趣味や特技も、兄弟の有無も知らない。
こんなに少ない情報しか知らないのに、いつも一体何を話していたんだっけ?
自分が聞かれたくないからって、こうしてみるとサイラスのことを知らなすぎる。
「これからも休憩時間は共にお茶をしよう」
「あ、はい」
サイラスについて考えていたら、殿下からお茶を誘われた。
にこりと微笑まれると、その微笑みの甘さにドギマギしてしまう。
一体何を考えて私に甘く微笑むのか……。
それとも、この甘くみえる微笑みは、私には甘く見えるだけで殿下の常の笑顔なのだろうか。
だとしたら魔性だ。
――ん?これからもってことは、これからずっとってこと?
考えことをしていたから条件反射で返事してしまったけど、今日呼び出されたのも本当は逃げたかった。
王子と向かい合ってふたりでお茶なんて、緊張感がすごい。
「今日はクッキーのみだが、明日からはもっと美味しいデザートも用意させるから楽しみにしておいて欲しい」
「お、お構いなく」
王族に対して、「お構いなく」という返答で良いのかどうかももうよくわからない。
お構いなくと言ったところで、共にお茶をするのは多分決定事項だろう。
ならば、ただお茶をするだけより、美味しいデザートがあるのは少しだけ嬉しい。
今日のクッキーも美味しいけど、『もっと美味しいデザート』と言われると興味がある。
先日の茶会や夜会で食べたデザートや料理はどれも美味しかった。
あの美味しさがまた味わえると思うと、苦痛な中で唯一の楽しみになるだろう。
◇
「サイラス、……」
レッカーで、いつものようにサイラスを呼ぼうとして急に不安になった。
今まではサイラスの家の爵位を知らなかったから何も考えずに呼び捨てにしていたけど、サイラスって公爵家の人なんだよね。
そう考えると呼び捨ては抵抗があるような。
でも、レッカーでいきなり様付けで呼んだら、サイラスが貴族だってバレてしまう。
立場関係なく今まで通りと言ってたから、変えないほうが良いんだよね?きっと。
「何?」
「あ、えっと。今更だけど、サイラスって今まで通りに呼んでいいの?」
「勿論、ここではサイラスで良いよ」
そっか。やっぱり様付けに変えないほうが良いんだ。
今までずっと呼び捨てだったし、今更だしね。
本人から許可が出たし気にしないことにしよう。
「そういえば、サイラスって二十八歳なんだね」
「ん?うん」
「見えないな。初めて見た時、もっと若く見えた」
「そう?あーまぁ、鍛えてるからかな」
「鍛えてるの?」
「護身術は習ってるよ。立場上ね」
「あー、なるほど。立場上ね」
王族の側近だと、やっぱりいざという時は護衛の役割も担うのだろうか。
それなら護身術も習わないといけないよね。
「危ないことはしないでね」
「ん?俺?」
「うん」
「ありがとう。レンツィが心配してくれるなんて感動だな」
随分大袈裟なことを言うなと思ってサイラスのほうを見ると、笑顔の唇が歪んでいた。
「人が本気で心配してるのに」
「えっ。そうなの?本気で心配してくれたの?俺のこと」
「心配くらいするから。飲み仲間が危険な目に遭うんじゃないかと思ったら誰でも心配すると思うんだけど」
「飲み仲間…………か」
「ん?どうかした?」
「いや…………頑張る」
「うん。頑張って」
殿下を守るのも大切だけど、自分の身を守るのも大切。
そのためには護身術の訓練は頑張らないとね。
助けになるような何か良い魔道具が作れたらいいけど、私は生活に根付いたような物しか作れないからなぁ。
「はい、お待たせ。特製プリンね」
「わぁい!いただきます!」
「……好きだね、プリン」
「うん。レッカーのプリンは卵の味がして、まろやかで美味しいからね。カラメルが絶妙にほろ苦くて食べ終わった時に甘ったるさやしつこさを感じないのが良いんだよねぇ」
「そういえば、明日からのお茶の時間だけど――」
「あー……」
美味しいぷりんを食べて幸せな気分が、お茶の時間を思い出したら半減してしまった。
「あーって何?もしかして嫌なの?」
「うーん」
「嫌なんだ……」
「嫌というか」
「というか、何?」
嫌というよりは迷惑?
緊張するし、行きたくない。
突き詰めて言えば「嫌」ということなんだけど、流石にサイラスとはいえ、嫌とは言いにくいな。
「……でも、デザートを用意してくれるっていうのは少し楽しみだよ」
「それ、そのデザートは希望ある?」
「ないよ。美味しいデザートならなんでも嬉しい。茶会で食べたデザートは全部美味しかったから楽しみ」
「それなら良かった」
その後、デザートの話で盛り上がった。
サイラスは甘い物も好きだから、好きな食べ物の話題になると話が合って良い。
あ。サイラスとは食べ物の話ばかりしているんだ。だからあまりサイラスについて知らないんだ。




