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正直、困る【ユリウス視点】

 

 レンツィに求婚した後、レンツィを私室に連れて行き、向かい合わせでソファに座る。

 いつものように横並びで座った方がレンツィは落ち着くかと思ったし、俺もそうしたかったけど、サイラスが同席しているのでそれはできなかった。


 サイラスには、俺がレッカーに通っていることやレンツィと会ってることは言っていない。


 サイラスは俺の教育係も担っているから、人前で王子らしくないことをするとすぐに注意してくるのだ。

 俺が労働者階級向けの店に行っていることがサイラスに知られたら『王子が下町の店に行くなど!』と言われそうだから、影から付いてきている護衛には絶対に漏らさないように伝えてある。

 だから、レンツィと一緒でもサイラスの前では王子の面を外すことができない。


「ここからは非公式だ。率直に君の気持ちを聞かせて欲しい」

「…………はい」


 王族からの求婚は相手の気持ちなど関係なく決定事項だと考えるのが普通だ。

 だからか、レンツィの顔には戸惑いが浮かんでいる。

 二人きりになれば少しはリラックスしてくれるだろうか。

 俺としても、サイラスの前で気持ちを伝えるのは恥ずかしいし。


「話しにくいか……サイラス、席を外してくれないか?」

「それは流石に致しかねます」

「少しでいいんだ」

「致しかねます」

「…………」


 真面目なサイラスは、市井では緩くなってきた未婚の男女が密室で二人になるのはタブーというマナーも厳格に守る。


 レンツィはサイラスにちらちらと視線を送っているから、きっと『この人がいると話しにくい』と思っているに違いないのに。

 サイラスは頑固だから、駄目と言ったら駄目なのだろう。

 サイラスがいる場で本音を聞くのは難しそうだ。


「私の気持ちは先程伝えた通りだ。私は君と結婚したい。私の妻になって欲しい。といっても強制ではない。だが、前向きに考えて欲しい」

「……はい」

「うん。――サイラス」

「はい。オルモス伯爵令嬢の屋敷まで馬車を手配いたしております」

「いきなりで戸惑うのも分かる。気持ちを聞く機会はこれから幾らでもあるからね。……気をつけて。おやすみ」

「お、おやすみなさい」


 焦らずとも、またレッカーに行けばいくらでもレンツィの素直な気持ちは聞ける――――


 ◇


 翌日、早ければもうレンツィがレッカーに行く頃だと思い、俺も城を出るとレンツィがレリア・ヘッレルに絡まれていた。


「どうやってユリウス様をたらしこんだの!?」

「た、たらしこむ?」

「だって、私でさえ拒否されたのよ?色々なテクニックを駆使してもダメだったのに、どうしてその辺にいくらでもいそうなあんたが選ばれたのよ!」

「そんなことを言われても……私が聞きたいくらいです。知りたいなら殿下に直接聞いてください」

「なによ、偉そうに!これだから貴族って嫌な女ばっかり!」


 なんて醜いんだ。

 自分に自信があるのか、レンツィよりも優っていると思っているのか。勘違いも甚だしい。


 レンツィにはもう正体がバレているから直ぐに助け出したかったけど、ここで他の人間にこの姿が俺だと晒すのはまずい。


 うまく隠れている護衛の一人に目配せすると直ぐに近づいて来た。


「お呼びでしょうか」

「あれの始末をしろ。弱いが禁術である魅了の魔法を使っている」

「古代魔法の!?」

「関係各所に報告し、ヘッレル伯爵家や関係者を調べさせろ。本人は魔力を一時的に無効化した後、第二棟に引き渡せ。存分に研究に協力して貰えば良いだろう」

「御意」


 魅了の魔法はこの国で百年以上前に使用を禁止された古代魔法と呼ばれる類のものだ。

 古代魔法を研究している第二棟の奴らに引き渡せば喜ばれて恩も売れる。

 第二棟は変人が多いから、調べ尽くされる頃には再起不能になる場合もある。

 少なくとももう二度と愚かなことはしないと自ら誓うだろう。


 レッカーに着くとまだレンツィが来ていなかった。

 近道をしたし、さっきの対応をしている間に何かあったか?とソワソワしていると、直ぐにやって来た。


 この短時間で先に行ったはずのレンツィが後から来るなんて、何をしていたのか聞きたかったけど、女将が注文を聞きに来てしまい、聞ける流れではなくなってしまった。

 それよりも今は優先しなければいけないことがあるし。


「レンツィ。率直に、どう思った?――……プロポーズについて」


 レッカーでは対等な立場でと言ってあるから、レンツィはここでは率直な気持ちを教えてくれる気がした。

 だからこそ、心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思う位に、緊張感が高まっている。

 手に汗をかいているし、口が乾いて喉が張り付きそうだ。


「……正直、困る」

「困る……か。そっか…………」


 困る、ね。

 本当に正直に言ったな。

 喜べる返答ではないけれど、嫌だとか無理と言われなかっただけほっとした。

 困るってことは、少しは可能性があるってことだろ。


「だって、私、失恋してそんなに経ってないんだよ。サイラスも知ってるでしょ?」


 知っている。今しかないと思って急いで妃選びの儀を開いたのだから。


「今は他の人とか考えられないし。どうして私なのか全く分からないし」

「じゃあ、もう少し時間が経てば良いってこと?」

「え?……うーん…………そもそも、務まると思えないし。なんか、色々あるでしょう?きっと。私には分からないけど色々と」


 俺の妃には王太子妃や第二王子妃程の教養もマナーもあらゆる能力も、それ程求められていない。

 この国には妃を娶らないと王位を継げない決まりがあるので、王位を狙っていないことを示す為に態々前回の妃選びの儀では誰も選ばず、王位継承権を放棄した。

 正妃の子供である第一王子が無事に王太子になった今、ますます第二妃の子供で王位継承権もない第三王子の俺の妃なんてそれほど多くを求められない。

 全く義務がないわけではないが、高位貴族の家に嫁入りするのと変わらない程度だと思う。

 レンツィだって伯爵家の娘だし、心配するようなことは何もないのだ。


「…………どうして私なんだろう」

「分からない?」


 こんなに魅力的なのに。

 本人は地味だと言う落ち着いた茶色の髪は艶やかで真っ直ぐで綺麗だし、深緑の瞳は思慮深く知的に見える。

 屈託なく笑う笑顔は俺の目にはとても魅力的に映るし、幸せそうにご飯を食べるところは見ているだけで癒される。

 レンツィの研究は、派手な物は生み出さないが、民に喜ばれる物が多い。

 一度使ったら手放せない物を作り出せるのは凄いし、研究姿勢も評価できる。


「だって……パヴェルも華やかな美人が好きだったし…………」


 パヴェル・ピーリネン。あいつのことをまだ引きずっているのか?

 当然のようにレンツィの口から出る男の名前が忌々しい。

 そう思ったら、低い声が出ていた。


「――あいつのこと、まだ好きなの?」


 こちらを見たレンツィは少し目を見開いてパチパチと瞬きをしたが、すぐにまた弄んでいるグラスへと視線を戻した。

 少量とはいえスパークリングワインをくるくる回したら炭酸が抜けやすくなるぞと思い浮かんだが、今はそんなことどうでもいい。


「…………もう、諦めたから別に。前ほどは……でも、だからって嫌いになるわけじゃないし」


 いっそのこと、嫌いになってくれたら良いのに。レンツィの魅力が分からない奴なんて。

 いや、魅力に気づいてくれなかったことをむしろ感謝すべきか?


「サイラス、ありがとう」


 いきなり礼を言われたが、本気で意味が分からなかった。


「あの日、私のそばにいてくれて、話を聞いてくれて、ありがとう。ちゃんとお礼を言っていなかったけど、おかげで気持ちを切り替えられたから」

「なら、あの日タイミングよく会えて正解だったな。レンツィの気持ちに寄り添えたなら良かった」


 あの時、あの場所にいた自分を、攫ってしまおうと思って行動した自分を褒めたい。

 レンツィから穏やかな微笑みを向けられて、一層良かったと感じた。


 けれど、少しでもあいつのことを思い出して欲しくなくて、世間話へと話題を逸らした。


 いつも通りに話をして、レンツィの迎えの時間が来たので、馬車まで送ることにした。


「近くだからわざわざ良いのに」

「もう俺にとっては大切な人だからね」


 少しでもドキッとして欲しくて言ったけど、焦って嫌がられたら元も子もないと思い、いつもの冗談を言う時みたいに笑って誤魔化した。

 紛れもない本心から出た言葉なのに。

 早く誤魔化さずに気持ちのすべてを伝えられるようになりたい。


 この短い距離を俺が送らなくても、オルモス家の者は優秀らしいから大丈夫だと思うが、俺が少しでも長く一緒にいたいから、馬車まで送るのは習慣にしようと決めた。


 ◇


「おかえりなさいませ」

「サイラス。まだいたのか」

「殿下。妃選びの儀も終えられたのですから、そろそろ夜遊びは卒業なさってください」

「小言を言うために残っていたのか?」

「小言ではありません」

「夜遊びをしているわけではないから問題ない」

「殿下」

「もう帰れ。俺はもう休む」

「殿下!」

「おやすみ」


 レンツィと対等に話せる貴重な時間を取り上げられてたまるものか。

 サイラスに話したほうが良いか?

 しかし……レンツィもレッカーに通っていることが知られたら、そんな令嬢はやっぱり相応しくないとか言い出しそうだからな。

 厄介だな……。


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