きっかけさえあれば【フロレンツィア視点】
休日の朝、いつもよりゆっくり支度をして食堂の扉を開けると、そこにいるはずのない、けれど昔からたまにいるから違和感もない人がいた。
「あれ?パヴェル。朝から家に来るなんて珍しいね。どうしたの?」
「伯爵に呼ばれたんだ。試して欲しい道具を作ったからって。まぁもう終わって、ご飯を食べて行けって言われたからご馳走になろう思って」
「そうなんだ。それで、お父様は?」
「何か思いついたらしくて研究室に行ってくるって」
私の父は魔術研究所の所長をしている。パヴェルを呼び出しておいて放ったらかしにすることから分かるように、世間的に魔術バカ、研究バカとして有名だ。
「お父様ったら……ごめんね」
「いや、もう慣れたよ。ははっ」
「お休みだったんだよね?」
「そうだよ。フロウも休みだろ?」
「うん」
「じゃあ、朝食を食べたら久しぶりに出かけないか?」
「うん!どこに行く?」
「そうだな。本屋に行ってからいつもの高台はどう?読みたい本があったんだ」
「いいよ」
パヴェルは騎士なのに――なのにって言い方は失礼かもしれないけど、読書家だ。騎士でいて穏やかで、こうした知性的なところに惹かれる女性が多いみたい。
本屋に行って本を買い、その隣のパン屋さんでサンドイッチと飲み物を買ってから、パヴェルと高台までやってきた。
花が咲き乱れる高台。
観光地化していない場所だけど、家から近いから昔から私たち幼馴染はよくここに来て遊んだ。
皆でかけっこしたり、木登りしたり。少し歩いて森の中に入るとベリーや山葡萄が自生している場所があるから摘みに行くこともあった。
パヴェルのお兄さんには、おままごとは『そんなの男がする遊びじゃない』と言われて参加してくれなかったのに、パヴェルは嫌な顔せず私たち姉妹に付き合ってくれた。
大きくなるにつれてみんなでここに来ることはなくなったけど、私とパヴェルは今でも時々こうして幼い頃から来慣れた高台に来ている。
木陰に布を敷いて、二人で腰掛けてしばらく読書をする。
パヴェルは難しそうな本を読んでいて、私は市井で流行っている物を紹介している本。本というよりは冊子かな。この本は仕事にも役立つから愛読している。
お互いに同じ木に背中を預けて本を読む。穏やかで心地の良い私のお気に入りの時間。
二人で黙って読書をしていたけど、難しそうな本と冊子のような本では、読み終わるタイミングが全く違う。当然私の方が先に読み終わってしまった。
手持ち無沙汰で、久しぶりに花冠を作ってみた。幼い頃はお姉様の真似をして良く作ったな、と思い出しながら。やってみると結構作り方を忘れていて、編み込んでいくのに思ったより時間がかかってしまった。
「よし、できた」
「ん?」
「見て!花冠!」
「あー、懐かしいね。よく二人に被らされたり手首を飾られた記憶が……」
パヴェルは懐かしんで優しく笑ってくれたけど、私たち姉妹から遊ばれたことを思い出したようで、少し複雑そうな顔に変わった。
「ふっふっふっ。動かないでね?」
「しかたないな」
「…………よしっ」
「どう?大人の男が花冠被っても可愛くないんじゃない?外すよ?」
「だめ!予想以上に似合ってるよ」
「そう?そんなまじまじと見ないでよ。流石にこの歳で花冠は恥ずかしいし」
「でも、すごく似合ってるよ」
黒髪と青い瞳に白い花で作った花冠。パヴェルの髪が女性のように長かったら、かなりの美女に間違いない。
むしろ、女性より髪が短いのに花冠が似合うってどういうこと?
「パヴェルは読書を続けていいよ?」
「もう……。ここにいる間だけだよ」
ニヒヒと笑いながら言うと私の顔をジッと見た後、諦め顔で許可してくれた。
こういうおおらかなところが大好きだ。
パヴェルから正式な許可も降りたし、早速手首につける用の花輪になる前の状態まで作った。
読書しているパヴェルの手首を巻き付けて留めたら完成!のはずが――
「あれ?長さが足りない……おかしいな」
「僕はこれでも騎士だよ。昔の感覚で作ったから長さが足りなかったんじゃない?」
確かに昔は線が細い印象だったけど、騎士になってからのパヴェルはしっかりとした男性らしい体つきになった。
だから自分の記憶より少し長めに作ったつもりだったのに。
こういう時、不意にパヴェルが自分のよく知る彼ではなく、大人の男性なのだと意識してドキドキしてしまう。
私だけ勝手にドキドキして、パヴェルは平然としているのが少しだけ恨めしい。
その後、反対の手にも腕輪をつけた。
読書に集中しているけど、私が腕輪をつけようとすると読書を中断して手を差し出してくれる。
私が腕輪をつけ終わると何事もなかったかのように本に視線を戻すパヴェル。
文句も言わず頭に花冠、首に二本、両手首に腕輪をしているパヴェルの姿はなんだか可笑しい。
首に二本目のネックレスをかけてから、さぁ次は何を作ろうかとパヴェルを見たら笑いが込み上げてきた。
「ふっ、ふふ……ふふふっ」
「ん?どうしたの?」
「だって、頭にも首にも両手にも」
「フロウがやったんだろ?それで笑うのは酷いじゃないか」
「ごめんごめん。だけど、似合ってるのもまた可笑しくて」
「まったく」
やれやれという風に息をついたパヴェルだったけど、花冠や花輪を取ろうとはしなかった。
こういうところも好きなんだよね。
許してくれているんだと思うと嬉しいし。
買っておいたサンドイッチを食べて、パヴェルは読書を再開して、私はパヴェルの膝を枕にしてお昼寝。
本当は逆を求められたいところだけど、パヴェルから私に膝枕を要求してくることはあり得なさそうだから、私がパヴェルに膝枕をしてもらった。
膝を貸してと言うと、直ぐに応じてくれるのは嬉しくなる。
少しでもどきどきさせたいと思っての行動だったのに、パヴェルは涼しい顔をして、どきどきさせたかった私のほうがどきどきしてしまった。
眠ったふりをしていると「足が痺れた」と起こされて、二人で話しながらゆっくり歩いて屋敷に戻った。
「明日からまた仕事がんばってね」
「うん。フロウもね」
一日二人で過ごしても特に甘い空気になることはないけど、まるで付き合いの長い恋人同士のようで悪くないのではないかと思っている。
初めて会ったときの記憶もないくらい、当たり前のように近くで過ごしているから関係性も安定しているけど、何かきっかけさえあれば……。
どうしたら変わるんだろう――――