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美味しいご飯を食べて回復しないと【フロレンツィア視点】

 

 朝から削られ続けた残りわずかな精神力をレリア嬢に残らず吸い取られた気がする……。早くレッカーにいって美味しいご飯を食べて回復しないと。


 下町に向かって歩いていると、巡回中のパヴェルと会った。

 どことなく顔が強張っているけどどうしたのだろう。


「フロウ……」

「パヴェル。お疲れさま。どうかしたの?」

「フロウ、本当なの?ユリウス殿下に結婚の申し込みをされたっていうのは」

「あー、……うん」


 少し前までだったら、パヴェルからこんなこと聞かれたら誤解されたくないって必死に誤魔化したり否定したんだろうな。

 今は知られても、まぁ事実だし。と思えてしまう。


「本当なんだ……そうか…………。凄いな、フロウは。こんな言い方は不敬かもしれないけど、殿下は見る目があるね」


 ……見る目がある?

 当のパヴェルから女性として見てもらえていなかったのに?

 見る目があるというのは、私に対して魅力を感じていた人が言う言葉じゃないの?

 自分は異性としては見られないけど、知り合いにはお勧めしたいってこと?

 所謂『いい人』ポジションってことか。


「そうか……。殿下から求婚されたなら、結婚するんだよね。フロウも嫁に行くのか……寂しく、なるな」

「まだ、いかないよ」

「王族との結婚ならどんなに早くても一年くらいはかかるか。だけど、きっとあっという間だよ」

「うん……」


 寂しくなるなんて言いながら、そんなに寂しそうに見えない。

 戸惑っているようだけど、お姉様が隣国へ行くことが決まった時のほうがよっぽど寂しそうだった気がする。

 大体、簡単に結婚するんだとか言えちゃうんじゃない。それって私が妹だからでしょ?


 もう気持ちは切り替わってると思っていたけど、こんな時はつい卑屈に考えちゃうな…………。


 ◇


 パヴェルと別れてレッカーに行くと、サイラスがカウンターの端の席に座っていた。


「来てたんだ。早いね」

「うん。仕事は終わらせてきた」

「へぇ。そんな自由に終わらせることできるんだ」


 殿下の側近って、仕事は殿下次第なのかと思ってた。

 だから、忙しくてなかなか来れない日があったり、いつも少し遅めに来ているのかと思った。


「今日の自分の分の仕事は急いで済ませたからね。レンツィは遅かったね」

「そうなんだ。ん?遅い?いつもより早いくらいだと思うけど」


 何の事?


「いらっしゃい!レンツィは何にする?」

「飲み物はいつもの、白のスパークリング。食べ物は……」

「今日は鞠鳥の焼き鳥がおすすめだよ」

「じゃあそれで!」

「はいよ」


 サイラスに、殿下は何を考えているか聞きたい。どんな思惑があって私に求婚してきたのか。

 でも、こんな所で出して良い話題じゃないよね。

 誰かに聞かれていたら大問題になるかもしれないし。


「レンツィ。率直に、どう思った?」


 サイラスは「プロポーズについて……」と、少し耳に寄せて私にだけ聞こえるように、小声で言った。もともと私たちはそれほど大きな声で話していないけど、そこだけはギリギリ聞こえるくらいの小声だった。


「えっ!?……それって、こ、こんな所でそんな話して大丈夫なの?」

「核心に触れる言葉を言わなければ大丈夫だと思う。ねぇ、どう思った?良いよ、素直な気持ちを聞かせて。ここにいる時は立場なんて関係ないから」


 私もつい小声でこそこそ確認すると、サイラスはいつも通りに答えた。いかにもやましい話はしていませんというように。


 そうか。レッカーは下町の庶民向けのお店だから。

 ここにいる間は私たちも平民で、対等な立場としてこれまで通りに思ったことを話して良いってこと、なのかな?

 この前も立場に関係なくって言ってたよね。


 あ。そういえば、お城では徹底的に他人って感じで接せられたけど、今はいつも通りだな。

 流石は殿下の側近。本当に顔の使い分けが完璧だ。


 お城では他人のフリが完璧だけど、二回も立場なんて関係ないって言うってことは、サイラスにとってここでの関係を大切に思ってくれているのかな。……なんかちょっと嬉しいかも。


「いいよ。素直な気持ちを聞かせて」


 やけに聞きたがるな。

 もしかして、殿下から探るように言われてるとか?だとしたら、正直には言いにくい。


 だけど、考えようによっては良いのかな。

 私から正直な気持ちを殿下に直接伝えるなんて無理だし、サイラスから伝えて貰えるチャンスと考えたら悪くない。

 サイラスに素直に話しても殿下に伝えるべきではないことはきっと黙っておいてくれるだろうし。


「……正直、困る」

「困る……か。そっか…………」

「だって、私、失恋してそんなに経ってないんだよ。サイラスも知ってるでしょ?」

「うん。それは知ってるけど」

「今は他の人とか考えられないし。どうして私なのか全く分からないし」

「じゃあ、もう少し時間が経てば良いってこと?」

「え?……うーん…………そもそも、務まると思えないし。なんか、色々あるでしょう?きっと。私には分からないけど色々と役割っていうか」

「それは大丈夫だよ」

「何でそんなこと言えるの?」

「ここでは言えないけど、選ばれるだけのことはあるんだよ」


 選ばれるだけのことってことは、やっぱり我が家と王家が結ばれることで何か益があるの?

 心当たりなんて全くないんだけど。

 お父様の発明品って多いから、私がある程度の年齢以上になってから作られた一部しか把握してないけど、もしかして何かあるのかな。


「…………どうして私なの?」

「分かんない?」

「分かんないよ。男の人って、華やかな美人とか可愛らしい人が好きでしょう?私は地味中の地味だし」

「そんなことないよ。何でそう思うの」

「だって……パヴェルも、華やかな美人が好きだったし…………」

「――あいつのこと、まだ好きなの?」


 言いにくい事を伝えているのを誤魔化すように、グラスの中に少しだけ残っていたスパークリングワインをくるくる回してぶつぶつ言っていたら、サイラスの声が一段低くなった。

 思わずサイラスの方を見てみるけど、フードを被っているから表情は窺い知れない。


「…………もう、諦めたから別に……。でも、だからって嫌いになるわけじゃないし」

「そっか」

「サイラス、ありがとう」

「それは何の礼?」

「あの日、私のそばにいて、話を聞いてくれて、ありがとう。ちゃんとお礼を言っていなかったけど、おかげで早く気持ちを切り替えられたから」

「なら、あの日タイミングよく会えて正解だったな。レンツィの気持ちに寄り添えたなら良かった」


 それから一旦殿下からのプロポーズのことは忘れて他愛もない話をし、いつもの私の迎えの時間になったらサイラスが馬車まで送ってくれた。


「近くだからわざわざ良いのに」

「もう俺にとって大切な人だからね」


 急にそんなことを言うからドキッとした。

 でも、見えている口元を見ると口角が歪んでいたから冗談なのだろう。

 殿下の側近であるサイラスにとって、殿下がプロポーズした令嬢は、自分にとっても大切な人という意味なのかもしれない。


 サイラスは以前と同じで馬車の目の前ではなく少し手前で立ち止まった。


「じゃあ俺はここで」

「うん。……うちの従者と知り合いだったの?」


 馬車の前に立つラルフが、キュッと機敏な動きで礼をしたのだ。


「いや。お嬢様を送ってくださりありがとうございますってことじゃない?」

「そっか。送ってくれてありがとう」

「俺がしたいだけだから。おやすみ」

「おやすみ」



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