迷惑なんですけど【フロレンツィア視点】
周囲からの無数の視線。
静まり返った夜会会場。
私に向かって手を差し出し、跪いて私を見上げる殿下。
右手にフォーク、左手に料理を山盛りにしている皿を持ち、停止している私。
オイル漬けのオリーブが転がったことでついたドレスのスカートのシミ。
床に転がったオリーブ。
甘い微笑みをたたえたまま跪いて手を私の方に差し出していた殿下は、床に転がり落ちたオリーブに視線を移し、フッと笑った。
いまいち焦点が合わないままぼんやりと殿下のほうを見ていたけど、殿下の微かな笑い声に反応して漸く焦点が結ばれる。
やけに可笑しそうな笑顔の殿下を中心に、鮮明に映し出された目の前の光景はお芝居のように見えた。
――私、今、殿下から、求婚されて、いる?
殿下はフッと笑った後、差し出していた手を下げて、徐に転がったオリーブをその手で拾うと、音もなく近寄ってきたサイラスに手渡した。
そして立ち上がり、私の右手からそっとフォークを取り上げてそれをサイラスに渡し、左手に持っていた料理が山盛りのお皿も取り上げてサイラスに渡した。
サイラスは落ちたオリーブをハンカチに包んでポケットに入れると、フォークと料理が山盛りになっている皿を受け取って下がっていった。
待って!置いていかないで!サイラス!
私が今、頼れるのはサイラスしかいないのに!
そして、殿下は一歩私の方へ近づくと、私の右手をそっと取った。
「今すぐに返事はしなくていい。人前では言いたいことも言えないだろうからね。さあ、こちらへ」
極上の微笑みを向けられ、そしてスマートに、けれど絶対に逃げられない力強さでエスコートされて、私たちは夜会会場を後にした。
あっという間に、私はお城の奥の方の部屋へと連れて来られていた。
豪奢な室内には殿下とサイラスと私だけ。
殿下と私は向かい合って座っているけど、サイラスは部屋の隅にいる。
山盛りの料理が乗った皿を持ってどこかに行ったサイラスは、気づいたらいつの間にか私たちの後ろについて歩いていた。そして当然のように一緒に部屋に入った。
「ここからは非公式だ。率直に君の気持ちを聞かせて欲しい」
「…………はい」
冗談ですよね?
拒否できます?
迷惑なんですけど。
なんて、王族を目の前にして率直に言えるわけがない。
いくら本人が率直に言えと言っても馬鹿正直に言ったら不敬罪になりかねない。
それに、今は失恋したばかりで次の恋なんて考えられないし、求婚されても困る。
求婚された意味がわからない。
大体、殿下が私に恋をしてるとは思えないし、かと言って政略結婚だとしても私を選ぶ理由は全くないはず。
父は魔術研究所の所長をしているけど、週の半分以上を所長室に泊まり込み、領地経営は弟――私の叔父夫婦に任せっきりな研究バカとして有名だし。
そりゃあ、魔術研究所所長として少しは役立つ発明品を生み出しているみたいだけど、それだけだし。
心当たりが無さすぎる。
私との結婚で王族や国に益があるとは思えない。
ただただ訳が分からなくて困る。
どうしてこんなことに?
うー……サイラス、助けてくれないかな……。
「話しにくいか……サイラス、席を外してくれないか?」
「それは流石に致しかねます」
「少しでいいんだ」
「致しかねます」
「…………」
サイラスに出て行かれるといよいよ困るから居てくれて良かった。
サイラスが助けてくれないかと視線を送るが、サイラスはひたすら前だけを見て私を見てくれない。
こんな時まで徹底しなくても……と悲しい気分になった。
レッカーで会うだけの関係とはいえ、約二年は常連仲間として仲良くして来たのに。
関係性がバレない程度に少しくらいは助け船を出してくれてもいいじゃない!
「私の気持ちは先ほど伝えた通りだ。私は君と結婚したい。私の妻になって欲しい。といっても強制ではない。だが、前向きに考えて欲しい」
「……はい」
「うん。――サイラス」
「はい。オルモス伯爵令嬢の屋敷まで馬車を手配いたしております」
「いきなりで戸惑うのも分かる。気持ちを聞く機会はこれから幾らでもあるからね。ゆっくり考えて欲しい。……気をつけて。おやすみ」
「お、おやすみなさい」
殿下の甘い微笑みに当てられそうになりながら、殿下の私室と思われる部屋を後にした。
無言のサイラスの後をひたすらついていくと立派な馬車があり、無事に家に帰ることはできた。
サイラスに「お気をつけてお帰り下さいませ」と見送られたけど、最後まで他人行儀な態度に少し寂しさを覚える。
◇
翌日、いつも通り魔術研究所第三棟に出勤したけど、それはそれは居心地の悪い思いをした。
魔術研究所は城の中でも奥まった場所にあるため研究室までは城の中を通っていくのだけど、まぁ注目を浴びた。
室長には『フロレンツィア、婚約おめでとう!今後はフロレンツィア様って呼ばないとなぁ!ははは』と言われ、おしゃべり好きな同僚には『婚約おめでとう!いつの間にユリウス殿下とお近付きになってたの?教えてくれてもいいのに!』と言われた。他の同僚からも『ユリウス殿下とのご婚約おめでとうございます』と次々に言われた。
ユリウス殿下とは第三王子殿下のお名前だけど、まず言いたいのは、婚約していない。
殿下とお近づきになった覚えもない。
言わば保留の状態だ。
『強制ではない』とは言ってたけど、私から断ることなんて許されていないのだろうから、皆からの祝福にはっきりと否定することもできず、違うともありがとうとも言えず、ずっと笑って誤魔化した。表情筋が疲れた。
いつもなら休憩時間には外に出ることも多いけど、外に出ると余計に疲れそうだったので研究室に引きこもって研究に没頭した。
今回は六脚ユニコーンのたてがみと尻尾の毛を使った織物の研究をしている。
六脚ユニコーンのたてがみと尻尾の毛はとても丈夫な上に、低級程度の魔物なら近寄れない位の魔物避け効果が発見されたので、旅装用の衣類や鞄に使えないか研究している。
丈夫なのは良いけど、もの凄く剛毛でそのままでは人の服としては不向きなのが今の課題だ。
「うーん。どうしたら柔らかくなるかなぁ。柔らかく……あ!猫又大猫の毛髪成分を混ぜたらどうだろう……」
猫っ毛という言葉があるくらいだし、猫系魔獣は全体的に毛が柔らかい。
――あ、でももう帰宅時間か。続きは明日にしよう。
今日はそそくさと帰りたい。
「お先に失礼します」
「ご苦労さま」
室長に挨拶して研究室を出るとせかせか歩き、さっさとお城を出る。
お城から出てしまえば、好奇の視線に晒されることもなくなる。
朝から注目を浴びて、精神力を削られたから早くレッカーに行って美味しいご飯で癒されたい。
「待って!」
「!?」
お城から出ると、私の前にふわふわなピンクの髪にローズクォーツの瞳を持つレリア嬢が立ち塞がった。
「どうやってユリウス様をたらしこんだの!?」
「た、たらしこむ?」
「だって、私でさえ拒否されたのよ?色々なテクニックを駆使してもダメだったのに、どうしてその辺にいくらでもいそうなあんたが選ばれたのよ!」
「そんなことを言われても……私が聞きたいくらいです。知りたいなら殿下に直接聞いてください」
「なによ、偉そうに!これだから貴族って嫌な女ばっかり!」
「事実を述べているだけですが……貴女も貴族ですよね?急いでいるので、失礼します」
急ぐ用事はなかったけど、せかせかと歩いてレリア嬢の前から立ち去った。
横を通り過ぎるとき、「待ちなさいよ!」と大きな声を出されたから走って逃げた。
どうして私が逃げないといけないんだろう――――




