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信じられないものを見た【ユリウス視点】

 

「何が美味しかった?」

「……わ、私はこちらが美味しいと思いました」


 俺の顔をちらちらと信じられないものを見たかのような、戸惑いを隠せない顔で返答した。

 だけど、レッカーで話しているような口調ではない俺に釣られてか、レンツィも貴族令嬢らしい振る舞いをしている。

 レッカーでは正体を隠しているし、こんなところで暴露されても困るから、理解が早くて助かる。


「どんなところがお勧め?」

「え、えっと、これはチーズケーキなのですが、こんなに滑らかな口溶けのチーズケーキを食べたのは初めてでして……」

「うん、それで?」


 期待した通りだ。続きを促すと、嬉々として語りだした。

 美味しいものを食べるのが好きなレンツィならいつもの調子で話してくれると思った。

 愛おしさに笑みが漏れる。明日までは俺の相手が誰か勘づかれないようにするべきなのに、レンツィを前にすると顔が緩んでしまう。

 夢中でチーズケーキの素晴らしさを語っていたのは無意識だったらしく、俺が思わず笑ってしまうと顔を赤くして俯いてしまった。


「も、申し訳ございません」

「何で謝るの?本当に嬉しそうに語るね」


 俺はそんなところも好きだから、もっと話してほしい。美味しいものを幸せそうに語るレンツィが好きだ。


「でも良かった。私も好きで、食べて欲しいと思ってこのチーズケーキを追加してもらったんだ。気に入ってもらえて嬉しいよ」


 食の好みが似ているレンツィなら絶対に気にいると思って、このチーズケーキはメニューリストに追加させた。他のデザートもどれもレンツィが気に入りそうなものを選んだ。食べることが好きなレンツィなら絶対に軽食コーナーに行くと思ったから。レンツィに喜んで貰いたくて。


「失礼します。殿下……」


 側近のサイラスが近付いてきて、そろそろ別の令嬢にも声を掛けるように促してきた。

 初めから俺が選ぶ相手は決まっているのに、この儀で相手を選ぶという慣例から、このような茶番をしなければいけないのは鬱陶しい。

 俺の希望している相手は陛下にしか伝えていないから、サイラスが満遍なく高位貴族の令嬢と話させようとするのも仕方がない。

 それに、高位貴族の令嬢を蔑ろにすると後から文句を言われて面倒なことになりかねない。

 ご機嫌取りにそろそろ公爵家の令嬢のところへも行かねば――――


「…………サイラス?」

「っ!?」


 レンツィがサイラスと名を呼ぶ声が聞こえて反射的に振り返ってしまった。

 サイラスはサイラスで初対面の令嬢からいきなり名前を呼ばれたからびっくりしてレンツィの方を向いている。


 俺とサイラスが一斉にレンツィの方を向いたから、レンツィは目を白黒させ慌てて俺とサイラスの顔を行ったり来たり視線を動かしていた。


 え?……もしかして、今気づいたのか?

 どうせ名前を呼ばれるなら、いつもの偽名ではなく本名が良かったな。ここでならいくらでも本当の名前を呼んでいいのに……。


「あ!お邪魔を。も、申し訳ございません」

「大丈夫だよ。残念だけどもう行かないと。また話そう」

「……はい」


 ◇


 ――――俺はレッカーへと急いだ。

 昼間に茶会があったから今日は何も執務をしない予定だったのに、急ぎの執務が入ってしまって終わらせるのに時間がかかってしまった。

 やっと終わったらもうレンツィの帰宅にぎりぎり間に合うかどうかという時間だった。

 だけど、今日はどうしてもレンツィに会いたかった。

 昼間は驚かせただろうし、絶対に今日中に会わないと駄目だと思った。


 本当はもっと早くにレッカーに行ける予定だったのに。

 急いで行くと、レンツィがちょうどレッカーから出て歩いていくところだったので、すぐに声を掛けた。

 走ったせいでフードが脱げかけているが、もう知っているレンツィになら見られても構わないし、今は追いつくのが先だ。

 だけど、まだ多少人通りもあるからレンツィに追いついてからすぐに深く被り直した。


「もう帰るところ?」


 俺が王子だと分かってどう思ったのか聞きたいと思ったけど、この時間に外で二人きりで立ち話は駄目だろう。ゆっくり話す時間はないが、せめて馬車まで送ると言おうか。


「うん。あの……今日、ごめんなさい!」

「ん?」

「あんな所で名前を呼んだりして。隠してるんだよね?」

「あー、うん。まぁ……流石にバレたらまずいから」

「そうだよね。予想はしていたけどびっくりして、つい……ごめん」


 予想していたってことは、レッカーで顔を見られた時に俺のことは分かったけど、まさかこんなところにいる訳がないと思ってたってところか。

 まぁ普通はそう考えるよな。

 これまでレンツィと話している時に、俺に気づいて欲しいという思いから少しヒントになるようなことを話していたし、会話の中からも俺が王子であることを感じ取っていたのかも知れない。

 騙していたつもりはないが、驚かせてしまって申し訳ないな。


「だよね。俺こそごめん。レンツィが茶会に来るのは分かっていたんだけど。驚かせたよね。だけど、その……これからもレッカーや二人きりの時は、今まで通りに接して欲しい。立場とか関係なく」


 折角王子として見られずにただの男として接してくれているのに、畏まられたら困る。

 それに、俺の中ではレンツィが王子妃になるのは決定しているし、すぐに夫婦になるなら一時的に畏まる必要はない。ずっと対等なままでいて欲しい。


「私はいいけど、いいの?立場が全然違うのに」

「そうして欲しいんだ。迎えってあの馬車?送るよ、近いけど」

「分かった。ありがとう」


 あっさりと受け入れてくれるレンツィの包容力と、これまでと少しも変わらない態度で接してくれることに感動した。

 こんな場所では誰が聞いているか分からないから言葉を濁して話したが、レンツィも明確な言葉を言ってはいけないと理解して言葉を曖昧にしてくれたのだろう。

 その思慮深さもいい。


 自分の中にレンツィへの想いがまたひとつ、いやドサッと降り積もった気がする。

 離れ難いけどこれから共に過ごす時間ができるはずだと信じよう。


「明日も来るよね?」

「明日?」

「夜会」

「あ。うん。めん……っ」

「めん?――面倒くさい?」

「いやっ、あ、あの、」

「クク、はははっ!レンツィらしいね」


『めん……』と言って明らかにハッ!?とした顔をしたレンツィ。

 流石に俺を前に面倒くさいはまずかったと思ったらしく、とてもばつの悪そうな顔をしていた。

 面倒くさいか……。今はまだそれでも良い。

 これから、レンツィの気持ちを俺に向けさせれば良いのだから。


 明日はいよいよレンツィに俺の気持ちを伝えることができる。

 やっと、出発点に立つことができる。


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