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知らない人のように【フロレンツィア視点】

 

 突如私の前に現れた殿下は、唖然とする私と目を合わせてにこりと笑った。

 髪の色も瞳の色も鋼のような硬質な色合いを持っているのと裏腹に、なんて甘さを含んだ笑顔で笑う人なのだろうと思った。

 殿下が微笑みかけただけで誤解する令嬢が続出しそう。


「何が美味しかった?」

「……わ、私はこちらが美味しいと思いました」

「どんなところがお勧め?」

「え、えっと、これはチーズケーキなのですが、こんなに滑らかな口溶けのチーズケーキを食べたのは初めてでして……」

「うん。それで?」

「それで、チーズケーキといえばこれまでずっしりと重たいものが基本でしたが、これは口の中に入れるとふわりと溶けてなくなるような軽さがあるのです」

「へぇ、そうなんだ。美味しそうだね。それで?」

「それで、口当たりだけでなくスプーンで掬った時の軽さにも驚きました。それでいてクリーミーな濃厚さと生クリームの優しい甘さも感じられます。食べ進めると飽きがきそうですが、中にレモンピールが混ぜられている層もあって、そこは甘いだけでなく爽やかさもありますし、底にはザクザクのクッキー生地があり、いつまでも食べていられそうな素晴らしいバランスなんです。別に添えられているこのソースを掛けるとまた味が変わって、ソースの種類もベリーだけでなくオレンジや、」


 ククク……と小さく笑う声が聞こえて来て我に返った。

 気がつけば夢中でこのチーズケーキの素晴らしさを語ってしまっていた。

 このチーズケーキに出会えただけでも、この茶会に来た甲斐があったと思えるくらい好みだったし、聞き方がサイラスと似てて、途中からサイラスと話してる感覚になってしまったから、つい……。


「も、申し訳ございません」

「何で謝るの?本当に嬉しそうに語るね」

「いえ」

「でも良かった。私も好きで、食べて欲しいと思ってこのチーズケーキを追加してもらったんだ。気に入ってもらえて嬉しいよ」

「あ、は、はい」

「失礼します。殿下……」


 また甘く微笑まれてドギマギしていると、側近と思われる方が殿下に近づいて来て、こそこそと何かを話している。


 私の目の前に来た殿下の側近は、茶色の髪にブルーグレーの瞳の綺麗な顔立ちの男性。

 髪は後ろにきっちり撫でつけていて、眼鏡もべっ甲じゃなくて黒縁だから、一度だけ見た時とは少し印象は違うけど――――


「…………サイラス?」


 私の声に反応して殿下と側近が一斉にこちらを向いた。

 この茶会で殿下を見た時に、何か既視感があると思ったのは、遠目で拝見したことがあるからかと思っていた。

 だけど、違う。

 最近見たサイラスの素顔と似ているからそう思ったのだろう。

 そして、サイラスと殿下の顔が似ている。髪の色や雰囲気は全く違うけど、顔の造形が。


「あ!お邪魔を。も、申し訳ございません」

「大丈夫だよ。残念だけどもう行かないと。また話そう」

「……はい」


 つい名前を口走ってしまったけど、殿下とサイラスが話している時に口を挟んでしまった。

 怒られなかったから良かったけど、殿下が傲慢な人なら不敬だって怒られていたかもしれない。


 殿下がにこりと甘い笑みを残してサッと歩き出した。別の御令嬢のところへ行くみたいだ。


「あっ。ねぇ、サイラス」

「……何か?」

「え、あ、あれ?サイラス……じゃないの?」

「私の名前は確かにサイラスですが、どなたかとお間違えでは?」


 酷く冷たい声が耳に届いて怯んだ。

 レッカーで一度だけ見たサイラスの顔がそこにあるのに、視線も態度も冷たく、声は知らない人のように冷たかった。


 もしかして、私だって気がつかなかった?

 ううん。レッカーでは偽名を使ってるだけで特に変装はしていない。

 ドレスで着飾ったって地味さは変わらないし、特段化粧映えもしないから分からなくなるほどではないはずなのに……。



 あ。

 そうか――


 レッカーはとても美味しいご飯を出すけど、下町にある労働者階級向けのビストロだ。

 私も貴族令嬢であることを隠しているし、サイラスもいつもフードを目深に被っていたことを考えると、レッカーに出入りしていることはバレたくないのかも。

 王族の側近なら絶対に高位の貴族だし。

 知らないふりをしたほうが良かったんだ。

 どうしよう、迷惑をかけたかも。


 その後、どこかのご令嬢が「殿下の側近のサイラス様も素敵よね」と言っていた。サイラスってご令嬢方に有名なの?



 ◇


 茶会後は一旦帰宅して着替えをしてから急いでレッカーに向かって、ソワソワとサイラスが来るのを待っていた。


 カランコロン――


「!…………」

「なんだい?今日は随分と来客を気にしてるけど、もしかしてサイラスを待ってるのかい?」

「ばれた?」

「今日は来ないかもしれないよ。この前来た時に、また暫く忙しくなるかもしれないって言ってたからね」

「そうなんだ」


 でも、そうか。そうかも。

 話の端々からサイラスもきっと城で働いているんだろうなとは思っていたけど、まさか第三王子殿下の側近とは。

 急に暫く来なくなる時期があったのも納得。

 今日は第三王子殿下のお相手探しの茶会で、明日は夜会が催されるし、側近ならレッカーに来ている場合じゃないよね。

 この二日間で無事にお相手が決まったら、それはそれでまた忙しくなりそうだし。

 今日の私の迂闊な行動を謝りたかったけど、暫く会えないか――


 念の為いつもの迎えの時間まで待ってみたけど、やっぱりサイラスは来なかった。


「レンツィ!」


 けれど、カランコロンとなるドアを開けて、いつもの馬車が待っている場所へと歩いていると、後ろから呼び止められた。

 サイラスがこちらに走ってくる。走っているせいでフードが脱げかけているけど、チラッと見えた顔はやっぱり今日茶会の場で会った側近と同じ。


「サイラス!今日、来られたんだ」 

「うん、もう帰るところ?」

「うん。あの……今日はごめんなさい!」

「ん?」

「あんな所で名前を呼んだりして。隠してるんだよね?」

「あー、うん。まぁ……流石にバレたらまずいから」

「そうだよね。予想はしていたけどびっくりして、つい……ごめん」

「だよね。俺こそごめん。レンツィが茶会に来るのは分かっていたんだけど。驚かせたよね。だけど、その……これからもレッカーや二人きりの時は、今まで通りに接して欲しい。立場とか関係なく」

「私はいいけど、いいの?立場が全然違うのに」

「そうして欲しいんだ。迎えってあの馬車?送るよ、近いけど」

「分かった。ありがとう」


 ひとまず良かった。謝ることができた。

 俺こそごめんってことは、やっぱり名前呼んだのまずかったからあの態度だったってことだよね。

 よく考えたら殿下の側近と私が知り合いなんてあり得ないことだし、どうして知り合いなのかって詮索されたら困るのだろう。

 うちは伯爵位でも下っ端だし、お父様は変人で通ってるし、私が下町に行ってるのが社交界にばれてもそれほど影響はないだろうけど、サイラスって多分もっと上の爵位だよね。

 だったらバレたら困るよね。

 そう考えるとずっとフードを被ってるのも納得。

 どうせ隠すなら私みたいに偽名を使えば良いのに。


「明日も来るよね?」

「明日?」

「夜会」

「あ。うん。めん……っ」

「めん?――面倒くさい?」

「いやっ、あ、あの、」

「クク、はははっ!レンツィらしいね」

「だって……」

「大丈夫。俺も面倒くさいから。――おやすみ」

「送ってくれてありがとう。おやすみ」


 明日来るか聞かれたのって、今日みたいにいきなり会っても困らないようにするための確認かな。

 もう正体は分かったし、心配しなくても一応分別はつくからお城では話しかけないのに。


 でももう今日みたいなことは無いよね。

 私からサイラスのそばに行くことはないし、殿下の側に付き従っているサイラスが私の近くに来ることももうない。

 今日殿下が私に話しかけたのは、自分のおすすめのデザートの感想を聞くためだけだもん。

 私しか食べている人がいなかったから、私に聞いただけだよ。


 明日の夜会会場でサイラスの姿を見ることはあるかもしれないけど、それが終わったらお城では関わることのない人だ。



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