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お相手選びの催し【フロレンツィア視点】

 

 あれからは日々仕事に集中して、失恋の痛みを仕事にぶつけている。

 偶然出来上がった化粧水は研究所の皆や、お城で働く侍女や女官に協力してもらってテストをしているが、概ね好評で商品化に向けた準備で忙しい。

 レッカーに行かなかった今日も以前より遅く帰ってきたが、帰宅するなりラルフが部屋にやって来た。


「来月、王城で開かれる茶会と夜会に招待されてますよ」

「え?どうして?」

「こちらが招待状です」


 ラルフから招待状を受け取ると、封筒には王家の紋章を模した透かしが入っている。

 招待状の内容を要約すると、どうやら第三王子殿下の婚約者探しのための茶会と夜会が開かれるらしい。

 招待状にはそこまで開けっ広げな書き方はされていないが、そういうことだ。


 女性の社会進出も進み、それに伴い貴族の間でも恋愛が自由になってきた。

 今は議会のメンバーも城で働く面々も実力主義で、平民でも能力があればある程度の地位に就ける。

 まだ大臣クラスに平民はいないけど、昔のように高位貴族を無条件で優遇することはない。とはいえ裕福なほうが、教育水準が高くなるので必然的に富裕層のほうが出世しやすいのが今後の課題とされている。


 時代の移り変わりと共に、家格が釣り合うかとか派閥がなんてことをうるさく言うのは貴族の中でも一部の人くらいで、昔に比べて恋愛や結婚も自由に許されやすくなった。

 もちろん今でも政略結婚のほうが多いけど。


 それでも、王族となると話は別なはず。それなりの相手と結婚することを求められる。

 だから、適齢期の王族がいるとこうしてお相手選びの催しが開かれる。

 正式には[妃選びの儀]と言うのだけど、王族一人につき一度だけ、成人した年に開催するのが慣例。


 しかし、第三王子殿下のお相手探しの催しが開かれるのはこれで二回目らしい。

 前回は三年前。慣例通りに第三王子殿下が成人された年に開催されたのに、異例なことに誰も選ばれなかった。

 私はまだ未成年で興味もなかったから覚えていないけど、当時はいろいろな憶測が飛んだと噂好きな同僚から聞いたことがある。


 第三王子殿下は魔術研究所の副所長をしつつ、魔術師団にも所属している魔術好き。第二妃の子供で既に王位継承権は放棄している……ということくらいしか私は知らない。

 自分の所属する魔術研究所の副所長ではあるが、私は大体研究室に籠っているので普段は一切お目にかかることはない。式典の際に遠くから見るくらいで、一応上司といえど遠い存在の人だ。


「えー面倒くさい」

「お嬢様、そんなことを仰っては流石に不敬です」

「行きたくない」

「お嬢様」

「どうせ公爵家のご令嬢で決まりでしょ?年齢的に釣り合いの取れる人が何人か残っているし」

「……さあ?でも、必ず参加するようにと旦那様も仰っていましたので、参加は強制です」

「え、お父様が?必ずと言うなら行かないとだめか……」

「はい。必ず参加してください」


 こういうのは普通、候補が決まっている出来レースのようなものなのだから、私が参加したところで絶対に選ばれるはずがないのに。


 予め偉い人たちが話し合って釣り合いの取れる候補が決まっているのだろうけど、予定外に殿下自身が美女を見初めることはあるかもしれない。

 中には殿下から見初められるシンデレラストーリーを期待している令嬢もいるだろう。

 だけど、ただの茶色の髪に深緑の瞳という地味中の地味な色味の令嬢なんて、どうせ華やかな令嬢を見慣れているであろう殿下の目に留まるはずがない。王子妃なんて望んでもいないけど。


 第一、この会はただ王族の伴侶選びの場ではない。独身の令嬢が集まれば当然嫁を探している独身の男性貴族もいるから、一大お見合い会場となる。

 お父様の目的はそれなんだろうけど。

 なんだかんだ娘を溺愛している人だし、そろそろ婚約者をと私の将来を心配しているんだろうな……。


 相手が第三王子殿下だけなら、殿下の前でだけにこにこしておけば良いけど、他の独身男性も来るから相手にされなくても見られている可能性を考えてにこにこしておかなければいけないなんて。

 失恋の傷が癒えていないから今すぐの結婚は考えられないけど、いずれは考えなければいけないと思うと酷い態度は取れない。

 あー面倒くさい。


 唯一楽しみがあるとすれば、美味しいデザートやご飯かな。それしか楽しみがない。


 ◇


「まぁ!ご覧になって。ほら、あれが噂の……」

「まぁ!噂通りなのね。あんなに殿方を侍らせてはしたない……」


 第三王子殿下のお相手探しの茶会では一人の御令嬢が、女性たちの噂の的になっていた。


 レリア・ヘッレル伯爵令嬢。

 つい最近まで元踊り子の母と市井で暮らしていて、他に子供の恵まれなかった伯爵が、若い頃の恋人に産まれた子供を引き取った――という何処にでもありそうな話だ。

 ここまでは何処にでもある、頻繁にあるわけではないがこの国の貴族社会ではそれ程珍しくもない話。


 だけど、次から次へと男性と仲良くなり、レリア嬢が周りに何人もの男性を侍らせているのは珍しい。

 見た目の良い男性から条件の良い男性まで、そこそこ人気のある男性たちが周囲を取り囲んで、飲み物を差し出したり話し相手をしたりしているものだから、ご令嬢たちから白い目でみられ、非難されている。


 自由に恋愛を楽しめるようになってきたから未婚の男女でデートを楽しむことはあっても、密室で二人きりになるのは今でも良くないと言われているし、今でも貴族の女性には貞淑さが求められる。

 いくら恋愛結婚が増えても、相手を取っ替え引っ替えすると眉を顰められるし、女性に男性が群がると嫉妬と羨望からか、男性以上に悪い噂が付き纏いやすい。



 この会場にいるのは婚約者のいない未婚の男女か付き添い人なので、みんな縁作りに励んでいて、デザートや軽食が置いてあるこの端にいる人は殆どいない。

 取りに来る人はいるけど、お皿に盛ってすぐにどこかへ行ってしまう。案の定、私に話しかけてくる人はいないし、とても美味しいデザートがあるのに、もったいない。


 そんな中、私はいくつか食べた中で、こんなの食べたことない!というくらいとても気に入った美味しいデザートを頬張りながら、遠目に何気なくレリア嬢の観察をしていた。

 食事以外の楽しみと暇つぶしを見つけられて、少しだけこの場にいても苦じゃなくなったと思っていた。


 遠くから観察していると、レリア嬢が周囲にいる男性に何かを言ったと思ったら、こちらの方へ一人で歩いて来た。


「どのお菓子がお勧め?」

「え?あ、あの、俺はこれが」

「これ?じゃあ私も食べよぉっと!……ん!うん!美味しいね!」

「う、うん」


 デザートが並んでいるテーブルの端にいた男性がレリア嬢の新しいターゲットらしい。

 彼は第一騎士団長の息子で将来有望と期待されている。城下警備の一人だから知っていた。

 彼は私と同じで茶会開始からこのデザートが置いてあるテーブルの前にずっといた。

 彼も甘い物が好きなのだろう。

 いい人そうだし、話が合いそうだと思ったし、たまに目が合ったけど、騎士という時点でパヴェルが思い出されてしまうから近寄らないようにしていた。


「あなた、筋肉すっごいね!ここまで鍛えるのは大変だったでしょう?」

「うん、そうなんだ」

「やっぱり?分かるわ!この筋肉を見ればあなたの頑張りがどれほどのものだったか」

「分かってくれるの?」

「もちろん。よく頑張ったね!」

「分かってくれてありがとう。父は僕の努力を認めてくれないのに……」

「大丈夫。人一倍努力しているのは私には分かるわ。良かったらあっちでもっとお話ししましょう?」

「僕で良かったら喜んで」


 レリア嬢がローズクォーツのような愛らしい瞳で上目遣いをすると、第一騎士団の息子はポーッと頬を染めた。

 何てチョロいんだ。

 チョロすぎるだろ第一騎士団長の息子よ。


 それにしても、本心かどうかもわからないあんな適当な会話で、あんなに簡単に人の心を掴むなんてすごい……。だからたくさんの男性に囲まれているんだろうな。

 私だったら、お前に何が分かるって思われそうだと思ってしまうから初対面であんな会話できないよ。


「美味しそうに食べているね」

「え……っ!?」


 ここに来てからたまに目が合う人がいても声をかけられることはなかった。

 だからやっぱり地味中の地味な私に話しかける人なんていないと思っていたのに。


 レリア嬢と第一騎士団長の息子の行方を目で追っていたら、いつの間にか隣に人がいて、話しかけられたから驚いた。

 振り返ってもっと驚いた。


 振り返って先ず目に飛び込んできたのは、複雑に結ばれたシルバーのアスコットタイ。

 今回の茶会でこの色を使うことが許されている人と言えば、主役であるその人しかいないはず。そうでなければただのマナー違反の男だ。


 そろりと視線を上げると緩く癖のある銀髪が輝き、知的なグレーの瞳をもつ綺麗な顔があった。


「殿下…………」



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