身近すぎて見えていなかった【パヴェル視点】
休憩のために交代をして城に戻ると、騎士団入り口の近くに目を引く華やかな女性がいた。確か、副騎士団長の娘さんだ。
若い騎士団員たちから人気だけど、父親が怖くてみんな容易に近づくことができないと言っていたな。
華やかさがどことなくショルシーナに似ている。
だから、つい見てしまうと目が合い微笑まれた。
華やかな美人ではあるけど、自信家なところが滲み出ているんだよね。と、思いつつ、好みの雰囲気の女性に微笑みかけられると嬉しくなってしまうのは男の性か……。
微笑み返すと話しかけられた。
立ち話をしていると、急にフロウのことを聞かれた。
「可愛い妹なんだ。だから大切に思ってはいるよ」
「妹?血の繋がりはありませんわよね」
「他人ではあるけど、僕にとっては妹みたいなものってことだよ。フロウも僕のことは兄だと思っているんじゃないかな」
「そうなんですの?女性として大切にされているのかと」
「大切なことにはかわりない。それはフロウも同じだと思う。フロウにとっても異性としてという意味ではないだろうけど」
「それを聞いて安心しましたわ。今度わたくしと、絵画を見に行きませんか?」
「え?いや、それは……副騎士団長に怒られそうですし」
「まぁ。お父様のことは気になさらないで。それに、特別な方はいらっしゃらないって先程仰ってましたわよね」
「確かに今はいないけど、そうなりそうな女性がいますので」
「えっ……そ、そうなんですの?それは、婚約のお話が上がっているということですの?」
「はい。まだ内々にですけど」
「まぁ…………」
フロウのことは僕なりに、本当の妹のようにずっと大切にしてきたつもりだ。
これからもそれは変わらないと思っていた。
だけど、オルモス伯爵から婿養子の話をされて以降、毎日考えている。
今までは異性として意識していなかった。
それは確かだけど、身近すぎて見えていなかっただけだったのかもしれないと思い始めた。
これからはフロウのことを女性としてもっと見ていこうと前向きに考えている。
フロウからは兄としてしか見られていなくても、少なくとも兄のように慕われているのはわかるし、少しずつ関係を変えていけばいいだろう。
オルモス伯爵は『今すぐにというわけではない』と言っていたから、今までよりももっと二人で過ごす時間を作れたらいい。
二人でゆっくりと時間をかけて変えていきたいから、まだ誰にも言うつもりはない。
夕方、街の女性たちが集まり始めて困っていたとき、遠くにフロウが歩いているのが見えた。
いつものようにフロウに声をかけて女性たちの輪から抜け出すと、いつもは僕が駆け寄るのを待っているフロウが何故か横道に向かって走り出した。
遠くても目が合ったと思ったけど、気づいていなかったか?と思って、また声をかけるが一向に止まる気配がない。
これはもしかして、気づかずどこかへ行こうとしているのではなく、逃げられている?
仮にも伯爵令嬢が街中を走るなんて。
転んだら危ないし、どうして急に僕から逃げるのか分からず再び声をかけたが、角を曲がったフロウは姿を消してしまった。
もしかして、オルモス伯爵から僕の婿養子の件について聞いた?
今のがその意思表示だったら……。
そう思うと、心の中がもやもやした。
最近まで妹としか見ていなかった筈なのに、僕との結婚が嫌なのかもしれないと思うと心がざわつく。
しかし、角を曲がったら忽然と姿を消してしまったフロウのことが心配だ。いきなり姿を消してしまうなんて。
魔術の不得意な僕には魔術使用の痕跡は見つけられないが、もしも魔術を使用されていたら事件に巻き込まれている可能性もある。
急いで確認したほうがいいな――――
「お嬢様の居場所は特定できておりますので、問題ございません」
「……そうか。ラルフが言うならそうなんだね。急に逃げるように走って行っちゃうし、いきなり姿が見えなくなったように感じたから何かあったのかと心配したんだ」
「そうでございましたか。お嬢様がご心配をおかけしまして申し訳ございません。ですか、何も問題ございません」
フロウの護衛兼侍従をしているラルフは青年のように若く見えるが、フロウが子供の頃から護衛についているベテランだ。
貴族令嬢であるフロウが、一人で自由に外出するのを許されているのも、ラルフのおかげ。
一見、フロウは一人で行動しているように見えて、オルモス伯爵家に仕える護衛が影から見守っている。
僕たちが二人で高台に行く時も、実は二人きりではない。
その護衛たちを纏めているのがラルフだ。
だから、ラルフがフロウの居場所を把握できていると言うなら、そうなのだろう。
そして、先ほどの感じからすると僕にフロウの居場所を教える気はなさそうだった。
ラルフにとって最優先はいつでもフロウだから、簡単に教えてくれないということは、僕に会わせたくない理由でもあるのだろうか……。
それでも、自分の目で無事を確かめないと落ち着かない。
どうにも気になってよく眠れなかった。こんなことは今までなかったのに。
無事を確かめるために朝一でオルモス伯爵家を訪ねた。
「フロウ!昨日はどうして?急に姿が見えなくなったし心配したよ。無事だった?」
「ごめんね。無事だよ、大丈夫。その、道を曲がってすぐ知り合いに会って。それで多分見失ったように見えたんじゃないかな」
「そうか。それなら良いんだけど。何かに巻き込まれたんじゃないかと気が気じゃなかったから」
「心配させてごめん……でもこの通り大丈夫だから安心して」
逃げられたように感じたのは気のせいだったのか?
いや、でも話しぶりからすると僕が後を追っていたことには気づいてそうだったな。
「……フロウ。オルモス伯爵からあの話は聞いた?」
「あの話?」
「失礼します。パヴェル様、お時間は大丈夫でしょうか?もしよろしければ、城まで馬車でお送りいたしますが」
「あっ。もうこんな時間か。ありがとうラルフ。でも、送らなくて良いよ、走っていくから。ごめん、フロウ。またゆっくり話そう」
「うん。今日はわざわざありがとう。いってらっしゃい」
「いってきます」
朝の見送りは初めてではないが、フロウと結婚したらこれが日常になるんだな。と、呑気に考えていた。
僕はこの時遅刻してでもフロウとちゃんと話しておけば良かったと後悔することになるとは思っていなかった。




