この国を救った凄い人【ユリウス視点】
「陛下、[妃探しの儀]を行いたいと思います」
「これはと思う娘がいたのだな?前回は仕方がないにしても、今回は該当なしでは済まされないぞ」
レンツィが失恋したと泣いた翌朝、すぐに陛下と面会をして、レンツィを手に入れるための行動を起こすことにした。
前回、成人した年に行った[妃探しの儀]では、俺は誰も選ばなかった。
そのときは伴侶を探すよりも先に、王位継承権の放棄をアピールするのが俺にとっては重要だったからだ。
当時はまだ王太子が決まっていなくて、俺も暗殺者を仕向けられることが少なくなかった。
そんな状況で伴侶なんて作ったら、その女性までターゲットにされかねない。
それに、当時は良いなと思う女性もいなかったし。
「はい。ですから彼女が確実に参加するよう動くつもりです」
「相手は誰だ?」
「フロレンツィア・オルモス伯爵令嬢です」
陛下にレンツィの名前を告げると、微かに眉が動いた。
「オルモス…………伯爵家か。王家と縁付くには少々爵位が心許なくはないか」
「オルモス伯爵令嬢は魔術研究所第三棟に所属し多くの品を世に出しています。今や一家に一台の魔力風送機、労働者階級の必需品となった魔力目覚まし時計。菓子職人に重宝されているアイス製造機。冷えが気になる女性から野営の騎士、傭兵、旅人らの必需品になっている発熱腹巻。これは大ヒットして、靴下や手袋などシリーズ化されています。陛下が最近、お好きなアイスを毎日食べられるようになったのも彼女が開発したアイス製造機のおかげです。それに、発熱腹巻はアイスの食べ過ぎで腹が冷える陛下も愛用されていますよね?今申し上げた全て、彼女の開発した品です。魔術研究所に入所以来、たった二年で労働者階級から貴族、王族までもが彼女の開発した品を愛用している。そんな彼女なら民からの支持も得られるでしょうし、魔術師であり魔術研究所の副所長を務める私には、充分に相応しい相手と思われますが?」
「う、うむ。そうだな。そんなに才能があり、民に支持されている品を生み出しているのなら、皆も納得するであろう。しかしな、アレは大丈夫なのか?アレの機嫌を損ねるのだけは避けたい。アレが許してくれるのなら、王家として確実に手に入れたい人材だが」
「こればかりは予想がつきませんが……恐らく大丈夫かと」
「うまくやるのだぞ。相手が相手だけに絶対に失敗は許されない。アレの機嫌を損ねるようなら、認められない」
「はい。――しかし陛下。彼女を物のように仰るのはおやめいただけますようお願いいたします。彼女と結婚したとして、物や道具のように扱うのは陛下といえど許しません」
「そんなことは考えておらん。しかし、お前の相手が誰なのかは当日まで漏らさないほうがいいだろう。公爵家辺りがうるさいのでな」
「無論そのつもりです」
陛下の言う『アレ』とは、彼女の父親であるオルモス伯爵のことだ。
今は魔術研究所の所長を務め、研究バカと言われているが、この国を救った凄い人なのだ。
二十数年前までこの国は財政難で危機的状況にあった。その影響で、能力のない者に払う金はないと、城勤の者らを今の実力主義へと大きく舵を切れたのは、不幸中の幸い。
その時、国の財政難を救ったのが当時まだとある研究室の室長だったオルモス伯爵だ。
外交的資源の少ないこの国は、魔石を他国に輸出しているが、魔石を輸出している国は他にもあり、それ程高値で売れない。
魔石を掘るための費用も馬鹿にならないし、商品となる魔石の産出量に対して使えないクズ石の量が多く、処分に困っていた。
そんな時に、今まで捨てていたクズ石に特別な方法で魔力付与をすれば使えると発見したのが、オルモス伯爵だ。
処分場にも困るほど大量のクズ石が宝の山に化けた瞬間だった。
しかも、魔石といえば魔術師が使う物だったのが、庶民にも使える物に変化した。
クズ石に魔術が付与できる段階にした物を準魔石と呼び、輸出されるようになった。
準魔石は魔術師が本格的なパワーを必要とする魔術付与をするには脆くて使えないが、ちょっとした魔術の使用にとても役立った。
そのため、国内では準魔石を使った品の開発が進み、魔術研究所が大きくなった。
クズ石利用の開発をきっかけに、明らかに国が危機から救われ、更に民の仕事の効率が上がり、生活力向上による国力の引き上げまでされたのだ。
準魔石の輸出だけではく、準魔石利用の開発品も輸出されるようになった。それぞれの代金は輸出会社や製作所などに入るが、そこから税金として金が集まり、この国は財政難から脱した。
経済的に豊かになると、人の心には余裕が生まれやすくなり、この十余年で劇的に治安も良くなった。
あれもこれも全てオルモス伯爵の研究のお陰で。
しかし、クズ石を準魔石にするための魔法付与の開発・使用に関わる全ての利権はオルモス伯爵が持っている。オルモス伯爵が作り出した準魔石製造機でしか準魔石を作り出せないし、この準魔石製造機の製造の権利もオルモス伯爵が持っている。
別の方法で準魔石を作り出せないか研究しても今のところ他の方法は見つかっていない。
だから、オルモス伯爵がこれらを使わせないと言えば、今は原石となったクズ石はまた捨てるしかないクズ石に逆戻りして、再び財政難の危機に陥る可能性がある。
それに、これだけ便利な道具が増えたのに、それらが生産できなくなると混乱や反発が起こるだろう。
陛下が仰っていた『アレの機嫌を損ねるのは避けたい』の理由はそこにある。
俺がレンツィと結婚したいとオルモス伯爵に願い出て、オルモス伯爵に『娘はやらない。どうしてもと言うのなら準魔石製造機の使用を中止し、この方法でのクズ石利用法は今後使わせない。それでも良いのか?』と言われたら、レンツィを諦めざるを得ない……。
もちろん諦めるつもりはないが、交渉材料として出されたら厄介だ。
正式な継承手続きをする前に開発者が亡くなれば利権は王家に帰属することになっているが、レンツィが悲しむ方法は取りたくない――――




